改革と気配

 宰相や大臣と言った連中と会話して仲治は気付く。この若い魔王の中身は、とうに朽ち果て消えている事を。連中はそれを隠すために、どこからか適当に中身を見つけてきてぶち込んでいるのだと。そんな七面倒な事をするのは正当な王の血筋が絶えれば、政変が起きるかもしれないと恐れているからだと。

 だが、その恐れは仲治にとって都合が良かった。天地がひっくり返るよな価値観の反転を、あの凄まじい衝撃を味わった事がある身としては、そんな事が起きても生きて行けると知っているが、この連中は違う。


「なら、俺は魔王ヴィシャルとして振舞えば良いんだな?」

「そうだ、使用人を好きに使って良いし、何を食っても飲んでも良い」


 宰相は少しばかりほっとしたように息を吐き出してから、告げる。快楽に耽っていろと言いたいのだろうが、それでは仲治が面白くない。女を抱くより、美酒を飲むより、勝負が出来なくては。


「ほいじゃ、言わせてもらうがよ。オメェさんらだけじゃ思考が凝り固まる、臣民より人材を広く集めるって宣言しても構わねぇな?」

「な、何を言いだす! そんな事は許さん!」

「そうかい、それじゃあ俺は魔王ではなく人間だって言いふらしても構わねぇってことだよな? 中身は単なる人間じゃぁ、正当な王様って言えるのかねぇ?」

「貴様っ!」

「わりぃな、俺の人生は余禄に過ぎねぇ。何処の誰とも知られぬ地で死ぬなんてのは、割と本望だ。しかし、オメェさんらは違う。こいつの肉体が損なわれるのは困るんだろう? だったら、多少は言う事聞けよ」


 自分自身を人質にしているようで、何とも間抜けていると思いはするのだが、仲治を呼び寄せたのはこいつらだ。勝手に呼んで、思い通りに動けとはいささか虫が良すぎる。


「何処の馬の骨とも分からない輩が!」

「そんな輩に頼らなきゃ現状維持できないオメェらも、相当間抜けだぜ。で、どうするんだ? 今すぐ殺すか? さもなきゃ……」

「衛兵を呼べ! 王は乱心された! 幽閉しろ!」

「おっと、ご乱心で片づけるか? まあ、それも良いさ」


 幽閉された所で、痛くもかゆくもない。それ所か、この先どう巻き返してやろうかと闘志が燃え立つ。この貴族連中をどうにかせねば、魔族に未来はない。そこまで思考が及べば、不意にこの若い肉体が、この程度の困難など造作もないと訴えている事に気付いた。そこにおっとり刀で駆け付けた衛兵が仲治の肩に手を置き、抑え込もうとする。仲治は一瞬迷ったが、体の訴え通りに衛兵を振り払うと、抑え込んでいた数名が一気に吹き飛ばされた。


「ば、馬鹿な……なぜ王の力を振るえる!」

「そりゃ、オメェ。俺が魔王だからなんだろう?」

「ろくに修羅場も知らないような小僧が、何故……」

「テメェら、ガキをさらってやがったのか? 碌でもねぇな。生憎、俺は戦場を何故か生き残っちまった爺だよ。その所為かな? 体が訴えるのさ、こう力を振るえってな!」


 若々しい衝動に突き動かされ、石壁に向かって腕を振るえば、それだけで衝撃波が生まれて石壁が吹き飛んだ。もうもうと埃が舞い、それが落ち着けば外の陽光が差し込んでくる。


「こいつが王の力かい?」

「……全盛期の……止められる者はいない」


 そう呟いて宰相は膝から崩れ落ちた。それが、他者を使い捨ての道具扱いにしていた計画が崩れ落ちた事に対するショックか、決して勝てない力を振るう相手を生み出してしまった後悔かは不明だが。


「次善の策くらい用意しとけよ」


 仲治は呆れたように宰相に告げてから、大臣たちに向かって下知を飛ばした。


「俺は臣民より広く材を求める、そう布告しろ」


 仲治の、魔王ヴィシャルの力に恐れを抱いた大臣たちは、慌てふためいて布告の為に走り出す。ぬるま湯から冷水に投げ込まれたような無様さで。そんな中、仲治は走り遅れた大臣の一人の襟をつかんで引き寄せる。腹が出た中年の男は軽々と引き寄せられ、驚きと恐怖に顔を歪めている。そんな大臣に向けて告げた。


「おい、吹き飛ばした連中を介護してやれ」

「は、はい、わかりました!」

「後、この呆然自失の野郎をどうにかしてくれよ」

「た、ただちに!」


 それだけ告げて、手を離すと腹の出た大臣はバタバタと行動を開始したのであった。


 そして三十年の歳月が過ぎた。一地方に押し込まれていた魔族は勢力を拡大して、大陸の三分の一を傘下に収めていた。人材を広く集め、厚く遇すれば彼らはよりやる気を出して仕事に励む。交易にしろ、戦争にしろ勝ちを積み重ねていく。最初、仲治はリッテから聞いた酷い政治状況に活でも入れてやろうと言う軽い気持ちで行動したに過ぎなかったが、今では魔族の状況を改善し勢力を拡大する事が、生き残った意味だったのではないかと感じられていた。

 ただ、急速な勢力拡大は他国との軋轢を生みだしてもいた。国境を接する大国と小競り合いが生じ始めた頃、すっかり大人しくなった宰相が水晶玉を持ってきて仲治に告げた。


「この水晶玉に映る少年が、いずれ魔王様の首を取る運命にあると占いに出ました。討ち取りますか?」


 その言葉を聞いて、魔王の傍にいた文武百官は口をそろえて討つべしと告げたが、仲治は、魔王ヴィシャルはその言葉に首を左右に振った。


「神が定めた運命であろうとも、ガキを討つのは趣味じゃねぇ」


 その一言でその話題は立ち消えとなったが、宰相がひそかに笑みを浮かべた事を仲治は見逃さなかった。奴は賭けたのだ。仲治が少年を討つと言えば奴の敗け、討たぬと言えば奴の勝ち、そう言う賭けに。


「オメェさんも漸く賭け事ってのが分かって来たじゃねぇか」


 その一言に宰相はどう思ったのか知る由はない。ただ、その場で頭を下げて退出したのみだった。

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