Scene of carnage

 三人は、本来いるはずのない羚衣優の姿を見て少なからず驚いたようだった。特に杏咲と玲希の二人は目をまん丸にして驚きをあらわにしている。


「おやおやこれはこれは……」


 沙樹がそう口にしたことでやっと皆の硬直が解けたらしい。まずは姿勢を正した羚衣優がぺこりと会釈をした。それに慌てて杏咲が会釈を返す。


「も、もしかして……新しい生徒会メンバーって羚衣優先輩のことですか?」

「そうだけど?」


 どうしてそんなことを聞くの? とでも言いたげに、すまし顔でそう口にする綾愛。

 杏咲は呆けたように口を半開きにして固まってしまった。彼女にとってもやはり羚衣優は憧れの先輩であり、同時に恋敵でもある。



「た、タマは反対! 今まで生徒会に関係なかった三年生をいきなりメンバーに入れるなんて!」


 ドンッと机に両手をつきながら主張したのは玲希だった。頭の上でピンと立ったアホ毛が彼女の必死さを表している。茉莉は一瞬「可愛いな」と思ってしまった。するとすかさず何かを感じたのか、隣の羚衣優が茉莉の袖をギュッと掴んできて、茉莉は瞬時に正気に戻った。


「あら? やる気のある生徒を生徒会は拒めないのよ? それに、役員になるわけでもないんだから経験は問わなくてもいいでしょう?」

「む……それは、そうだけど……」


 綾愛に窘められた玲希はなおも納得いかない様子で、羚衣優の身体を眺め回しながらもごもごと口の中で呟いていた。視線を感じた羚衣優が玲希の方を向いて首を傾げてみせる。すると玲希は「……で、でもっ」と口を開いた。


「せ、生徒会室でそ、その……イチャイチャされたら困るよ!」

「んー? れいちゃん? あなた生徒会室でイチャイチャするの?」

「しません」

「だそうよー?」


 しかし玲希は茉莉の右腕にしっかりと抱きついて離すまいとしている羚衣優を指さしながら声を荒らげた。


「してるじゃん! 何その手は! づきちゃんから離れて! そんなドスケベな身体でうちのづきちゃんを汚さないで!」

「たまちゃん先輩、それは言いすぎです……」


 必死に訴える玲希をもっと見ていたい気もしたが、このままだと羚衣優がどう反応するか分かったものでは無いので、さすがに茉莉も玲希を宥めることにした。だが、反発は予想外のところから来た。


「ううん、私も反対。だいたいづきちゃんの隣のその席は私の席なんです! どいてください神乃先輩!」

「あっ……」


 硬直が解除された杏咲が、無理やり茉莉と羚衣優を引き離しにかかったのだ。素早く二人の間に割り込んできた杏咲と羚衣優が一瞬睨み合い、激しく火花が散る。しかし、先に目を逸らしたのはなんと羚衣優だった。

 茉莉の隣の席から追いやられた羚衣優はフラフラと二三歩後退しながら窓際の地面に座り込んでしまった。見かねた綾愛が声を上げる。


「こら、みんなれいちゃんをいじめないの!」

「いじめてませんよ!」


 その時、今まで事態を傍観していた沙樹が落ち込む羚衣優にスタスタと歩み寄って右手を差し出した。


「うちの若いのがすまなかったね。──立てるかな?」

「あ、ありがとう……ございます」

「タメなんだからタメ口でいいよ。──そうだ、づきちゃんの左が空いてるよ?」


 羚衣優を助け起こした沙樹は使っていない椅子を茉莉の左隣に置く。すると羚衣優はパァァッと顔を輝かせた。すぐさま椅子に座って茉莉の左腕に抱きつく。両腕に柔らかく温かい感覚を感じながら茉莉は嘆息した。


「いや、これじゃあ仕事できないんだけどな……」


 これみよがしに呟いてみたものの、杏咲も羚衣優も聞こえないふりをしていた。まあ悪い気はしなかったし、無理やり引き離すとあとで面倒くさそうなのでいいか……と茉莉は諦めた。


「両手に花じゃん、羨ましいなぁ……」

「あはは、づきちゃんはみんなに愛されているからなぁ」

「ハレンチです……ハレンチです……」


 綾愛、沙樹、玲希の三年生トリオは口々にそんなことを呟いていたので、茉莉は更に居心地が悪くなってしまった。ひとまず話題を変えようと、茉莉は口を開いた。



「あの、羚衣優せんぱいには書記の手伝いをやっていただくのはどうでしょうか?」


 その言葉に、両腕の羚衣優と杏咲がビクッと反応する。


「書記? あずにゃんのサポートってこと?」

「あー、たしかにあずにゃんは字が汚いからなぁ……」

「ちょっと! 片寄先輩! 字は読めればいいんだってこの前言ってくれたじゃないですか!」


 すかさず杏咲が沙樹に抗議する。


「でも綺麗ならそれにこしたことはないとは思うね」

「むぅ……」


「で、どうだろう? 今日の議事録を試しに二人にとってもらって、綺麗な方に次から議事録を頼むことにしては?」

「あーそれいいわね! れいちゃんもなにも仕事ないのは可哀想だし!」

「議事録の仕事取られたら私の仕事が無くなるんですが!」



 杏咲が悲痛な叫びを上げたが、もはや突き進み始めた綾愛と沙樹を止められるわけがなく、結局その日の議事録は杏咲と羚衣優でとることになったため、茉莉は二人のホールドから解放されたのだった。


 ちなみに、羚衣優は議事録を女の子らしい小さな可愛らしい文字で書いたが、杏咲よりも読みやすく綺麗だと判断されて、議事録担当は次から羚衣優になった。が、まだ内容面で不足している部分もあるので、しばらくは杏咲も並行して議事録をとりながら羚衣優に書記の仕事を教えることになった。


 ──修羅場の予感がする


 恋愛経験の少ない茉莉にもそんな予感がひしひしと感じられたが、それを止めるべき三年生たちが全く止める気配がないので、結果的に茉莉は激しく頭を悩ませる結果になってしまった。

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