第30話 ルシファーの行動力にビックリ

「えっ、じゃあ俺はその審査基準をクリアしちゃったってことですか?」

 今、初めて知ったとルキアはビックリしている。

「みたいだな。俺様も詳しいわけじゃないけど、欲望の強さだけでなく、それに見合う努力をしているか、ってのがあるらしい」

「真面目!」

 審査基準まで真面目で普通の会社みたいと、奏汰は思わずツッコミ。

「俺、努力してましたかねえ」

 でもって、問題のルキアは自覚なし。

「いや、目に見えて努力している奴ってのは悪魔にならねえよ。こういう、無自覚に根が真面目ってのがいいらしい」

「いやいや、悪魔って」

 悪魔って何だっけ。

 奏汰は前提条件が崩れていく気がして頭を抱えてしまう。

「悪魔って案外普通ですよねえ」

 それはルキアも思ったのか、思わず自分の尻尾を弄りながらそんなことを言う。これが生えた時の衝撃をどうしてくれようという感じだ。

「それはそうだ。みんなが信じる普通や一般からずれているだけだからな。今じゃあ、キリスト教を厳密な基準にしていねえし。悪魔イコール人間に近くてより欲望に忠実くらいだぜ」

「いやいや」

 もう、どこをどうツッコめばいいわけ。奏汰はますます頭を抱える。

「だってねえ。むしろキリスト教真っ直ぐの奴の方が、今は危なかったりするだろ」

「いやもう、それ、世界情勢の話になってくるし」

 規模がでかい。ついでにデリケートな問題になってくるよと、奏汰は頭を抱えるのを諦めてコーヒーを飲み始める。

 まったく、悪魔を相手にしていると色々と困るぜ。

「何にせよ、俺は悪魔に認められるタイプの真面目だったってことっすか」

 ルキアも深刻に悩むだけ馬鹿馬鹿しいと思ったのか、残っていたワインを飲み始める。そして

「すき焼きと白ワインっていい組み合わせっすねえ」

 と話題をすき焼きに戻しやがった。

「そうそう。いきなり飲み物を日本酒にするのはハードルが高いからな。ルキアに仕入れを任せることになるけど、それはレストランの状況次第だな」

 そしてルシファーも普通にレストランの話に戻る。

「ああ、じゃあ、飲みやすい、口当たりの軽いのをいくつか置いておいて、メインはワインやビールってところですね」

 ルキアは、じゃあ獺祭がいいかなあと言い始める。

「獺祭って、ハイテクな手法でお酒を造っている」

「奏汰くん、理系だねえ。そこは美味しくて高い酒って言うべきところでしょ」

 くくっと笑うルキアに、一体何の話だとルシファーは不思議そう。

「ああ。獺祭っていう日本酒を造っているところの社長さん、職人任せにしていると生産ペースが掴めないって、何かとデータを取って品質を均一にする方法を使っているんだよ」

 というわけで、奏汰は掻い摘まんで教えてあげる。

「めっちゃ美味いんすよ。でも、高いんですよねえ。庶民からすると、たまのお楽しみですよ」

 そしてルキアがそう付け加えると

「なるほど。早速明日にでも手に入れよう。取り敢えず、百本くらい頼めばいいか」

 とお貴族様らしい発言で締めくくるルシファーだった。




 翌朝、ダイニングでは予想したとおりの光景が広がっていて、奏汰は呆れていた。

 昨日の日本酒の話からすぐにこうなるのかとビックリしてしまう。

「すんごい数の日本酒」

「ああ、奏汰。獺祭だけでなく、他にも取り寄せたら大変なことになった」

 ずらずらと並ぶ酒瓶に、さすがのルシファーもやり過ぎたかと思ったようで頭を掻いている。

 今日は日本酒祭りかというほど、ダイニングテーブルの上に隙間なく載る日本酒。十二人は座れるでかいテーブルが埋め尽くされている。

 それにルシファーは

「ラベル見てるだけで楽しくなっちゃってさ。あれこれ注文しちゃったんだよねえ」

 とネットショッピングで失敗した人みたいなことを言う。

「いや、そもそもお前のオーダー数がおかしいんだろ。マジで獺祭は百本あるし、他も二十本くらいあるじゃん」

 普通に一本ずつ注文していれば、こうはならなかったのでは。奏汰は一つずつラベルを確認して呆れてしまう。しかも、奏汰の記憶に間違いがなければ、どれもお高い部類の日本酒ばかりだ。

「サタン王やベルゼビュートに振る舞う分と、それにホストクラブで試しに出す分を考えたらこのくらいになったんだよ。そうだ、さっさと選り分けて届けちゃおう。そうすればテーブルが空く」

「いや、だったら並べる前にやれよ」

 何をやっているんだよと、奏汰はますます呆れる。ああもう、朝から呆れてばかりだ。

「何を頼んだか確認してたら全部載っけてただけだよ。あと、俺様って凄いっていう確認。これ、大事。半日でこれだけ出来ちゃうって凄いでしょ。おおい、ベヘモス」

 謎の自尊心の満たし方を述べてくれるルシファーに、奏汰はもう何もツッコまなかった。

 面倒臭い奴だな。ただそれだけだ。まあ、その行動力は素直に凄いと認めよう。

「お呼びでしょうか」

 で、ベヘモスも酒瓶を並べるなんていつものこととばかりに、テーブルに目もくれないのだから、ルシファーと過ごす日常の大変さが垣間見える。

 そんな奴の伴侶になってしまった俺って。

 奏汰はまだまだ知らないことだらけだなあと、ルシファーの人となりをまだ全部知らないんだという、当たり前のことに気づかされた。

「ベヘモス。サタン王とベルゼビュートに五本ずつ、あとは五本ずつをこの屋敷に残してホストクラブに運んでおいてくれ」

「いや、全種類五本ずつと考えると結構残るな」

 ベヘモスへの指示に思わずツッコミを入れちゃう奏汰だ。

「すぐに飲み終わるよ」

 しかし、ルシファーは何を言ってんのときょとんとしている。

 そうだ、この悪魔様はワイン二百本飲んでようやく二日酔いになるという、脅威の身体の持ち主でもあった。

「馴染んだと思った俺がバカだった。まだまだだ」

 なんだかぐったりする奏汰に

「すぐにコーヒーをお持ちします」

 とベヘモスに気遣われてしまうのだった。



「でもまあ、あれだけの行動力がないと、多角経営なんて出来ないか」

「そうですね」

 さて、朝の呆れまくり事件から二時間後。奏汰はベルゼビュートが使っている事務室にいた。ルシファーが買った大量の日本酒を届けるのに同行し、そのままお喋りに興じているのだ。

 なんてったって、悪魔トップ3の中でまともな会話が出来るのは、元神様の彼くらいだ。そんな人にコーヒーとプリンを振る舞われつつ、あれこれルシファーについて語り合っている。

「ルシファーって、昔から何でもやりたがりなんですか」

 ぷるぷるの美味しいプリンに舌鼓を打ちつつ、どうなんだろうと確認。

「やりたがりですし、行動が早いのも昔からですよ。我々が魔界という場所を作り始めた当初、彼はここをしっかりした街にしようと、意気消沈する私たちを説得しましたよ。天使どもが押しつけた魔界のイメージなんてクソ食らえだと仰りましたからね。そしてどんどんヨーロッパを模した街の図面を作りました」

「ほう。意気消沈」

 まずそこが気になるんですけどと、奏汰は首を傾げる。

「我々は要するに負け組です。神と天使たちに負けた存在ですから」

「ああ」

 異教の神だったというベルゼビュートは、その異教がキリスト教に負けたから悪魔になったわけだ。ふむ、負け組か。ルシファーやサタンからは想像できないが。

「あれ、サタンさんも意気消沈してたの」

 サタンもやる気満々だったのではと奏汰は不思議に思っていると

「あの方はキリスト教の前のユダヤ教の流れを強く受けていますから、まあまあ意気消沈です。キリストを指差し、何だあのガキと仰ってました。ですから、キリストの登場でどんどんそちらの流れが強くなるのを、歯ぎしりしながら見ていました」

「・・・・・・なるほど」

 悪魔にもそれぞれの事情があるんだなあと、今更ながらそこに感心。

「ってことは、サタンさんはどちらかと言うと旧約聖書の人なんだ」

「ええ」

 ふむ、勉強になる。こういうこと、あの伴侶を名乗る悪魔は教えてくれねえからな。

「魔界ってまだまだ知らないことが多いなあ。でヨーロッパ風の町並みを作ったのはルシファーってか。そう言えば、この魔界ってよくあるイメージの真っ暗で岩肌ゴツゴツってのから遠いもんな」

 ちゃんと日が昇り、青空が広がっているしと奏汰は窓の外を見てしまう。

「ええ。その頃から衣食住に強く興味のある人ですから、そのイメージは許容できなかったんです。で、自然と商売の方へと流れていったというわけです。私とサタン王は、出来上がった街に相応しい行政を行っていこうと、そこで役割分担も決まっちゃいました」

「なるほど」

 で、ルシファーは行政事務をやりたがらないと。あれ、でも、当初はそっちにも関わっていたのでは。

「ええ。でもあの人、基本が商売人ですからね。王から支給すべきことという観点が抜けてて、まあ、大変でしたよ。その変更が大変でした」

「ああ」

 いわゆる福祉関係ですか。ってか、魔界。そんなところもちゃんとしてるのかよ。ビックリだ。

 魔界、恐るべし。

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