第25話 やっぱり騒がしくなる

 平和だなぁ。もう少し浸かっていたいなぁ。

 そんな奏汰の平和な時間は

「俺様も交ぜろ~!」

 というルシファーの絶叫により、呆気なく終了した。

「あっ、はっ?」

 ただ温泉に浸かってるだけだぞ。奏汰は目を白黒させる。

「あ、あれ? お楽しみ中じゃあ」

 突撃したルシファーも、すでに絡み合っている最中だと思っていたので、二人揃って大人しく温泉に浸かっている状態にビックリ。

「なあんだ。ベルゼビュートが男の本性剥き出しで奏汰を襲っているのかと思ったのに~」

 その後ろからサタンは外れたなぁとにやにや。

 こいつ、絡み合ってないと確信してたな!

 ベルゼビュートはやれやれと額を押える。ルシファーを煽れば自分も堂々とこっち側の風呂に入れると企んでのことだったのだ。

「そこは百合的な感じじゃないんですか~? あら、奏汰のここの締まり、素敵~みたいな」

 で、より困った妄想をしていたのはルキアだ。

 何を言ってるんだ、あいつ。

 奏汰は呆れを通り越して馬鹿なのかという目で見てしまう。

「ま、まあ、その」

 ルシファー、同じように侮蔑の目を向けられては拙いと、ゴホゴホと咳払い。そして、そそくさと温泉に浸かった。そしてするすると奏汰の横に行く。

「何だよ」

「心配だった」

「は?」

「寂しかった」

 結果、正直に自分の気持ちを告げ、しゅんとするルシファーだ。

 その様子に奏汰はきゅんとしちゃうわけだが、これ、ルシファーって計算してやってるのか。という疑問も同時に過ぎる。

 しかし、ルシファーは奏汰に嫌われたくないという気持ちが大きいので、大人しく奏汰の横に収まったままだ。

「まあ、みんなで入りましょう。サタン様、身体が冷えてしまいます。ルキア君もどうぞ」

 ベルゼビュート、諦めて二人も招き入れる。すると、二人揃ってやったーとダイブしてくる。

 どぼ~んと凄い音がして、しゅんとしていたルシファーは、頭からもろにお湯を被る。

「ぐはっ、な、何やってるんですか?」

 ルシファー、よくもやってくれたなとサタンにお湯を掛ける。

「ははっ、一人でいい子やってるからだ、元天使長」

 サタン、負けじとお湯をばしゃばしゃ掛ける。

「何ですか。あんただって熾天使だっただろうが」

「そんな昔のことは忘れた!」

「俺様だって」

「子どものケンカかよ」

 ぎゃいぎゃい言いながらお湯を掛け合い、さらには追いかけっこを始めるルシファーとサタンに、奏汰は呆れてしまう。

「いつものことです」

 二千年以上やってますよと、見慣れているベルゼビュートは放置の姿勢。

「やっぱ温泉っていいよね~♪」

 で、最終的にルキアも日本人らしさを発揮して温泉を楽しみ始め、ぎゃあぎゃあ騒がしいながらもみんなで露天風呂を堪能したのだった。



「めっちゃ疲れた~」

「温泉で暴れると体力使うな」

「いや、人間だったらとっくの昔にのぼせて立ち上がれないぞ」

 バタバタと団扇をベヘモスに扇いでもらうルシファーとサタンに、悪魔は限界値が違うんだなぁと、奏汰は別のところで感心。

 あれから一時間は追いかけっこをしていた二人は、お湯で疲れたと文句を言っている。が、普通なら倒れている。

 リビングでベヘモスが用意してくれたトロピカルドリンクを飲みながら、何かが違うんだよなあと奏汰は呆れていた。

「悪魔って体力バカ?」

「まあ、これで今夜は大人しくしてるでしょう」

 ベルゼビュート、今夜はゆっくり眠れるなと、サタンをフォローする気なしだ。この人は悪魔なのにどこか人間臭い。パジャマ姿でまったりモードだから余計にだ。

「サタン様、これから何かするんですか?」

 そしてもう一人、体力バカがいた。元人間なのに一番悪魔らしい男、ルキアだ。

「そうだな。夕方から庭でバーベキューをやろう」

 サタン、まだまだ楽しむぜとにんまり。こうやってルシファーたちの旅行にくっついてやって来ることで、ようやく得た休暇だ。とことん楽しんでやる。

「おっ、いいですね。じゃあ、肉と海鮮をたんまり用意してください、奏汰のためにも!」

 それにルシファーはちゃっかりオーダー。

 おい、人の名前を勝手に使うんじゃないと文句を言いたいが、腹は減っているので期待しちゃう奏汰だ。

「またA5ランクの肉が食えるかなあ」

 おかげで欲求が口からダダ漏れだった。

「ああ、和牛か。おい、ベヘモス、用意してやってくれ」

「畏まりました。って、サタン様の執事は?」

 承るのはいいけれども、どうして自分がサタンの命令まで聞いているんだろう。ベヘモスはふと疑問に思って訊ねる。サタンにもちゃんと執事がいたはずだが。

「ああ。レオナールならば腰と尻を痛めて今、療養中だ。一緒に来るかと訊いたんだが、ベルゼビュートがいるならば勘弁してくれと言われてなあ」

 あっさりと答えているサタンだが、全員がおいおいとツッコんだのは無理もない。

 そこを痛めているってことは・・・・・・そしてベルゼビュートがいるならばと言い訳するってことは・・・・・・

「だって、ベルゼビュートは毎日相手をしてくれないんだぞ。こっちは欲求不満状態だ。それを慰めるのも執事の役目だろう」

「断じて違いますが」

 とんでもない勘違いを蔓延させないでくれ。

 ベヘモスは笑顔が引き攣っている。

 執事を何だと思っているんだと、執事の仕事にプライドを持つベヘモスからすれば、サタンの暴言は許せないだろう。しかし、主の上司とあっては強く言えない。

「じゃあ、そのレオナールさんも美形なんだ」

 そんな混沌としてくる場に、奏汰は呆れつつもベルゼビュートの顔を見てしまう。

 この人、他とは違う美形だもんなあ。色気と落ち着きがあるっていうか。

 そんな感想からだ。

「そうですね。基本、悪魔はみんな美形ですよ」

 しかし、そのベルゼビュートからは基準がおかしいと、妙なところを指摘されるのだった。



 夕方から始まったバーベキューは、当然ながら豪華なものだった。別荘の庭で、きらきらと夕日を受けて光る海を眺めながらのバーベキューだ。

「うまっ! このエビうまっ!!」

 奏汰は肉が焼けるのを待つ間に食べたエビが美味しくて目を剥く。

「車エビですよ」

 ベヘモス、どうぞともう一つ渡しながら教えてくれる。

「車エビかぁ。人間界ではお高いエビ」

「そうだよねぇ。俺もナンバーワンホストになるまで食ったことないよ」

 奏汰の呟きに、うんうんと同じく車エビを頬張りながらルキアが同意する。感覚が庶民だ。それにちょっと安心する。

「ルキアさんって、色々とぶっ飛んでるけど、普通の部分もあるよなあ」

「ひどっ。今、奏汰くんの本音を聞いちゃった」

 しみじみと呟く奏汰に、酷いなあと言いつつルキアは笑っている。悪魔って基本的に底抜けに明るい気がするのだが、それはここに集まっている奴らだけの特徴なのだろうか。ルキアの元々の性格だろうか。

「ルキアさんって何歳の時に悪魔になったんですか?」

 ふと疑問に思い、奏汰は質問してみる。

 ルシファー・サタン・ベルゼビュートはいわずもがな二千年以上の時を生きているわけだが、ルキアは元人間だ。ということは、まだ年齢が近い。

「二十五の時」

 ルキア、次にカニを食べつつあっさり答えてくれる。

「そこから魔界で過ごした年月は?」

「ああ。正確に数えていないけど、十年くらいかなあ」

「じゃあ、今、人間だったら三十五」

「そんくらいかな」

 でも、悪魔になると見た目変わらなくなるからねえとルキアは笑う。確かにルキアは見た目二十代後半だ。

「そういうものなんだ。って、年齢が近いと思うはずだ。見た目が二十五だもん」

「ははっ、実際は十以上離れているけどね。奏汰くんって大学生でしょ」

「ええ、はい。卒業することなく、このまま退学になるでしょうけど」

 悪魔と関わっているせいで人間界では浮いてしまう。奏汰はもう二度と向こうに行けないのかと溜め息。

 大学での反応はルシファーのせいで過剰なものだったらしいが、それでも、普通の人とは違う印象を与えてしまうのだと、ベルゼビュートから聞いている。ということは、やっぱり人間界に行かない方がいいのだろう。

「まあ、そこは仕方ないって割り切れば」

「そんなあっさり」

「何か人間界に未練あるの?」

 ルキアに問われ、未練かと奏汰は考えてみる。

 友達・・・・・・は違うという印象を与えるのならば、自然消滅するのは目に見えている。じゃあ、両親かなと思うが、別に親子仲は良くないので、心配はするだろうが、こちらからわざわざ状況を教える必要もないかと思う。

 まあ、捜索願を出されないように連絡はしなきゃ、だろうけど。

「あれ、未練って言われると困るなあ。大学の卒業って目的が消えると、何もないかも」

 意外と魔界でやっていける気がしている自分に気づき、奏汰自身、ビックリしてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る