第12話 色々と複雑な気持ち

「サタン王に頭突きできるとは、さすが奏汰だ」

「うるせえよ」

 頭突きによってサタンが絶叫! ようやく目覚めたルシファーは、よくやったと称賛してくる。それに奏汰は黙れと睨んでおいた。そのルシファーはまだベッドの中で寛いでいる。

 そもそもとして、ルシファーが奏汰のズボンを剥ぎ取ったことによって起こった事件だ。それに関してルシファーは

「だって奏汰のすべすべ太ももを堪能したかったんだもん」

 と寝ている間にセクハラした事実を明らかにした。奏汰は漏れなく持っていたクッションを投げつける。

「なにセクハラしてんだ!」

「ふん。いずれ奏汰の総ては俺様のものになるんだ。太ももくらい先に触らせろ」

 絶叫する奏汰に対してルシファーは一切悪びれない。痛む顎を擦っていたサタンは、なるほどこのくらい強引でないと駄目かと納得。

「いずれって、くう、外堀から埋められていく」

 一方、奏汰は逃げ道がないようと項垂れて頭を抱える。

 くそっ、魔界トップ3に目を付けられているものだから、そもそも魔界から逃げられないんですけど。

「奏汰様、お風呂が沸きましたよ」

「はっ」

 そこに救いの声、ベヘモス。さっきから大騒ぎしていた奏汰たちの様子からあれこれ察し、お風呂を沸かしておいてくれたらしい。奏汰はベッドから発掘したズボンを穿くと、飛ぶように寝室から脱出していた。

「くくっ、可愛いねえ。おかげでついついちょっかいをかけてしまうよ」

 そんな後ろ姿をサタンはにまにま。

「可愛いのは認めますが、奏汰は俺様のものです。たとえサタン王が恋敵になろうと、譲るつもりは毛頭ありませんから」

 同じくにまにま笑っていたルシファーだが、しっかり釘を刺すのを忘れない。

「ふん。まあ、釣り合いが取れていることは認めよう」

 そんなルシファーに対し、まだまだ攻める余裕はあるもんねえとサタンは余裕の上から目線。

「これから先、奏汰はもっともっと俺様に惚れるんです」

 それに対してルシファー、絶対に負けないもんと張り合う。

 子どものケンカだな。

 それを見ていたベヘモスは、奏汰を取り合う二人を見てそう結論づけるのだった。



「で、サタンは仕事はいいのかよ?」

 風呂上がり。ベヘモスが用意してくれたフルーツシャーベットを食べつつ、目の前で優雅にコーヒーを飲むサタンに質問。

 昼間は働いているのでは。それは当然の疑問で、社長業を営むルシファーもそうだと手を打つ。しかし、サタンは問題ないとにんまりだ。

「それは問題ない。というより、昨日奏汰に教えてもらった経理ソフトをベルゼビュートが早速入手してあれこれ試していてな。集中できないから奏汰のところに行けと追い出されてしまった」

「は?」

「・・・・・・サタン王。ベルゼビュートにセクハラするの、未だに好きなんですね」

 サタンの言葉に呆気に取られる奏汰とは違い、ルシファーはとんでもないことを言う。

「ふん。俺に跪いておきながら身体を差し出さないあいつが悪い」

 そしてサタン、なんかとんでもない返しをしている。

「ええっと、サタンってベルゼビュートのことが」

「ノンノン。ルシファーの言い方は語弊がある。好きって感情とは違うんだよ。完璧なものを壊したい、そんな悪魔の本能さ」

 唖然とする奏汰に、サタンはさらにとんでもないことを言ってくれるのだった。



 サタンとベルゼビュートが複雑な関係?

 そんな情報に奏汰は俄然食いついてしまった。

「それって、どういう感情なの?」

 好きとは違って、完璧なものを壊したい。それって結局ベルゼビュートとどうなりたいんだ。

「そりゃあ、あれだよ。俺の手によって乱れよがる姿を堪能したい」

 サタン、コーヒー片手ににやり。それにルシファーはおおっと興奮。一方、奏汰はぞぞっと鳥肌が立った。それってあれだ、陵辱したいってことか!

「な、なっ」

 奏汰は驚きすぎて言葉が出て来ない。

「まあ、一度ヤったんだけどな。いやあ、ベッドの中のあいつは可愛かったよ。でも、その後のベルゼビュートは平然としたもんだよ。むしろ、俺の身体、すごいだろって感じムンムンでさあ」

 サタン、見た目と違うんだぞと力説。それに興奮するのはもちろんルシファー。奏汰は――意外だなと唖然とする。

 しかし、この悪魔二人と対等な関係にある悪魔だ。それなりに濃いキャラクターなのは間違いないだろう。

 ただ、予想に反して紳士のイメージから大幅にずれるだけで。

「悔しいんだよ。俺に溺れろよ!」

 が、次のサタンの台詞で呆れる羽目になる。いやいや、あなたはベルゼビュートをどうしたいんですか?

「ははん。結局のところ、ベルゼビュートが一枚上手だったというわけですか。で、サタンの方が溺れさせられたと」

 ルシファー、にやにやと笑ってサタンの苦悩を楽しんでいる。ホント、悪魔だな。

「ふん。お前だっていずれ奏汰に溺れるんだ。いや、すでに溺れているだろ。その一挙手一投足が気になって仕方がなく、生活の中心が奏汰になっているくせに!」

 サタン、悔しいからってとんでもないことを言っちゃってるよ。

 それってあなたの生活はベルゼビュート中心に回っていると言っているようなものですけれど!

「望むところです」

 が、そっちに気を取られている場合ではなかった。にやっと笑ったルシファーは、奏汰の横にくると肩に手を回して引き寄せてくる。

「ちょっ」

「俺様は奏汰に総てを捧げるって決めているんです。そりゃあ、奏汰の邪魔をして無視されたり殴られたりしましたけど、それでも、傍にいてほしいんです」

「!!」

 真正面からの大告白だ。奏汰は一瞬フリーズした後、顔が真っ赤になってしまう。

「なっ、あっ」

 別の意味で言葉が出てこなくなる。

 そ、そこまで思ってるんだ。何度も言ってたけどマジなんだ。

「ほう。そいつは凄いな。まあ、奏汰も受け入れているところがあるもんな」

「な、なっ」

「そりゃあそうですよ。まあ、家を乗っ取ったんで、ここにいるしかないんですが。それでも、奏汰は俺様を嫌いになったりしないです」

「・・・・・・」

 言われるまで気づいていなかったことだと、奏汰は軽くショックを受ける。ついでに顔が限界まで赤くなっていく。

「おやおや。奏汰、まさか自分の恋心に気づいていなかったのか」

「ええっ!? これだけ好きだとアピールして受け入れてくれていたのに!?」

 サタンとルシファーの非難が聞こえないほど、奏汰は混乱してしまっていた。

 確かに流され続けて今、魔界にいることさえ受け入れちゃっているけど、俺ってルシファーのことが好きなのか?

 根本的な問題を突きつけられて、奏汰は唖然としてしまった。

「奏汰~。大丈夫か~」

 完全にフリーズしてしまった奏汰に、ルシファーは顔の前で手を振ってみせる。が、もちろん反応なし。

「凄いな。そもそも俺たち魔族が傍にいて普通という時点で、ルシファーや俺の伴侶になる資格があるというのに、それさえ気づいていなかったのか」

 フリーズした奏汰に、サタンは面白いとくすくす笑ってしまう。

「無自覚なんですよね。って、まさか好きかどうかも無自覚なんて」

 ルシファー、そこは気づいてよと奏汰を揺すってみる。

「俺」

「おっ、奏汰。大丈夫か」

「お、俺は全部をこの男に奪われたから、ここにいるだけだ~!」

 認められるか!

 奏汰はなけなしの自制心を持って叫んだ。するとルシファーもサタンも頑張るなあと呆れる。

「俺は、俺は普通に、普通に生きたいんだよ」

 奏汰はルシファーの手を振り払って立ち上がった。

 どれだけ好きだって言われても、一方的じゃないか。それなのに、いつの間にか受け入れちゃって、いつの間にか気持ちまでこいつを好きになっただと!?

 認められん。っていうか認めてなるか!

 奏汰はそのまま駆け出していた。少しでもルシファーから離れたくて、それはもうでたらめに走っていた。しかし、町の中心にやって来たところで虚しくなった。

 右を見ても左を見ても知らない景色。羽や角のある悪魔たちばかり。普通に生活している様子はまるで外国だけれども、ここはやっぱり魔界なんだ。

「俺、嫌だよ」

 ルシファーを好きになってしまいそうな、そして今まで無自覚にあっさりと受け入れていた自分が怖い。出来ればこのままどこかに行ってしまいたい。

 でも、ここは魔界で自分の居場所はルシファーの屋敷しかない。

 お金もなければ、今着ている服だってルシファーがくれたもので・・・・・・

 不当に奪われたけど、それでもいいやと思っていた自分が情けない。夢だって、悪魔の影響で無理だって解った瞬間に諦めてしまった自分が情けない。

「何なんだよ」

「おい、あれって人間じゃないか?」

「っつ」

 頭を抱えていたが、何だか不穏な声がして振り返った。すると、いつの間にか自分の周囲に悪魔が集まっている。

「本当だ、人間だ」

「しかもまあ、なんと美味しそうな匂いがするんだ」

「ああ」

「ここに迷い込んだお前が悪い」

「っつ」

 誰もが自分を食い物として見てる!?

 その事実に、奏汰は足が竦んだ。しかし、立ち止まっていては食われると、闇雲に走り出した。

「待て」

「逃げるな。大丈夫、痛くないって」

「そうそう、何なら気持ちいいかもよ」

 口々に勝手なことを言いながら悪魔たちが追い掛けてくる。

 ヤバい、マジでヤバい。

「あっ」

 どてっと、奏汰は石ころに躓いて転んでしまった。すると、わらわらと襲いかかってくる悪魔たち。

「――」

 あっ、俺、こんなところで死んじゃうんだ。

 ルシファーを拒否したらバッドエンドだって。そんなのないよ。

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