第2話 マジかぁ

 結局は家が異空間になってしまった事実を受け入れるしかなく、奏汰は食事の席に着いた。

「くそぅ。今日こそ限定のカップ麺を食べる予定だったのに」

 目の前に広がる豪華な食事に対し、奏汰はこんなもの食べていいのかとドン引き。おかげで口から出て来たのは今日食べる予定だったカップ麺への未練だった。

「カップ麺とは何だ?」

 が、その単語にルシファーが反応。めちゃ興味津々の顔で見てくる。

 あれ、日本語は完璧なのに、そういうのは知らないのか。

「こういうやつだよ」

 意外な気がして、奏汰はスマホでカップ麺の写真を検索して見せてあげる。さすがは元々自分の家。異空間に繋がっていようと、Wi-Fiは生きているようだ。

「ほう。これがカップ麺か。どんな味がするのだ?」

 ルシファー、さらに食いついてくる。どんな味って言われても困るんだけど。

「醤油、塩、とんこつ、みそが王道かなあ。うどんになるとカレーもあるよ」

「な、色々とあるのか」

「それはもう無限に近いぐらいに」

「ほほう」

 ルシファー、食べてみたいなと羽をパタパタとさせる。

 その姿に不覚にもきゅんとしてしまった奏汰だ。

 なんだ、意外と可愛げがあるじゃん。俺様イケイケキャラかと思えば、そういう反応も出来るんじゃん。

「明日、学校の帰りに買ってこようか?」

「ほ、本当か。ならば金は俺様が出そう。ベヘモス、換金しておいたお金を奏汰に渡してやれ」

「了解しました。それよりもお食事をどうぞ。その間にご用意いたします」

「ああ、そうだな。奏汰、一応はお前が好きそうなものを用意したんだ。どんどん食べるがいい」

 ルシファーはそう言って丸焼きチキンを指差す。

 うわぉ、ドラマや映画でしか見たことないものが目の前にあるよ。さっきから見えていたけど、改めて指摘されると驚くぜ。

「す、好きかどうか解んないけど、チキンは食べるね」

「よかった。そこら辺を飛んでいた七面鳥だがな。味は保証しよう」

「はあ!? 七面鳥がそこら辺に」

「歩いてるよ。庭によくな」

「・・・・・・」

 庭にいた七面鳥が食卓に。ここはアメリカか。奏汰は思わず額を押える。まあ、ともかく食える代物であるらしい。

「あっ、美味い」

 ベヘモスの代わりに給仕にやって来たボーイが切り分けてくれたお肉は、照り焼き味で美味しかった。まさかの日本の味付けだ。

「それは良かった。おい、料理長のニスロクに上出来だと伝えろ」

「畏まりました」

 ボーイはぺこりと頭を下げて出て行く。

 今気づいたが、ボーイの背中にはコウモリのような羽があった。ちなみにルシファーに生えているのはふかふかなやつだ。天使の白い羽がそのまま真っ黒になったやつ。

「ここ、本当に魔界なんだ」

「当たり前だろ。サタンやベルゼビュートもこの近所に住んでいるぜ」

「マジで」

 ご近所さんも有名人かよ。

 奏汰は美味しいチキンを食べつつ、凄い場所に来ちゃったもんだと焦ったのだった。




「はあ。本当に魔界にいるんだな」

 たらふく豪華な晩ご飯を食べ終え、奏汰はルシファーとともに庭へと出ていた。そう、七面鳥が歩いているという庭だ。そこにはバラ園があって、色とりどりの綺麗なバラが咲き乱れている。その先に見える景色は、どう考えても異世界だった。

 何だろう、中世ヨーロッパ的な?

 しかも奥にこのルシファーの城より大きな城がそびえている。あれが、ご近所だというサタンかベルゼビュートの屋敷か。

「何を今更そんなことを言っているんだ。当たり前だろ。お前は現実を受け入れるのに時間が掛かりすぎる」

「・・・・・・」

 非難してくるルシファーに、こんな現実をそうホイホイと受け入れられるかと奏汰は睨んだ。

 考えてみなさいよ。起きたら横にルシファー。帰ってきたら家は魔界に接続。そんな非現実を現実とすぐに受け入れられほど、人間の脳みそは柔軟に出来ていない。

「なんでだ。俺様が読んだ本の主人公はみんなあっさり受け入れていたぞ」

「おい、何を読んだ? いや、何となく察しているが、何を読んだ?」

 奏汰は思わずルシファーに掴み掛かってしまう。すると、ルシファーがめっちゃ嬉しそうに笑った。

 いや、スキンシップを図ってるんじゃないんだよ。奏汰はさらに睨む。

「可愛いなあ」

「おい」

「ああ。読んだ本な。リゼロってやつとゲートだっけ? 自衛隊のやつ。あと色々。スライムに転生するやつもあったな」

「・・・・・・」

 うん、何となく解っていたけど、今はっきり転生って言ったな。要するに転生ネタばかり読んでいたな、この野郎。

 奏汰は思わずルシファーの着ている高級そうなスーツをぎゅっと握り締めてしまう。

「あ、逆にサタンが現代に転生ってのがあって、俺様も試してみようって思ったんだよね」

「それ、働く魔王のやつだろ」

「そうそう」

 解ってるじゃんとルシファーは嬉しそうだが、現状、オタクな会話しかなされていない。ってか、やっぱりそうか。って、なんで気軽に俺もやってみようになるんだ、このバカ!

「転生したら、っていうか人間界に行ったら悪魔じゃなくて日本人になっちゃうのかと戦々恐々としたものだが、普通だったな。おかげで話はスムーズだ」

「まったくスムーズじゃねえし、なんで俺に目を付けてるんだ」

「え? 一目惚れ」

「っつ」

 服を握り締めている至近距離で、一目惚れとにこっと笑って言われて、不覚にも奏汰はキュンとなってしまった。

 なんでだよ。俺は男は射程外だぞと首をぶんぶん横に振る。きっとこの悪魔の呪いだ。じゃなきゃ、キュンとかしねえ。

 しかし、そんな一人悶える姿にルシファーがキュンとしちゃう。

「可愛いな、奏汰。照れた」

「照れてない」

「またまた」

 ぐりぐりと頭を撫でられて逃げようとする奏汰と、逃がすかとぐりぐり撫でるルシファー。

 そんな姿を屋敷の中から見守っていた執事のベヘモスは

「お幸せそうですなあ」

 とずれた感想を述べていたのだった。




 家を乗っ取られてしまったので、当然ながら寝るのもルシファーの城の中だった。本人曰く屋敷らしいが、日本人から見ればどう考えても城の中。その一角に奏汰の部屋が用意されていた。

「今日からここがお前の部屋だ」

「マジかあ」

 部屋に案内され、奏汰は遠い目をする。部屋の真ん中にどんっと置かれた天蓋付きベッド、高級そうな家具の数々。

 もう、この空間にいるだけで疲れてくる。そんなところで今日から生活しろというのか。

「そうそう。ベヘモスが細々したものは使い慣れた物がいいはずだと、ここに繋ぐ前にお前の荷物をこの部屋に運んでくれていたぞ」

「マジで」

 それには助かったとテンションが上がる奏汰だ。どこにあるんだと訊くと、ルシファーは面白くなさそうにクローゼットの中と教えてくれた。

「うわあ。俺の部屋にあったものが全部このクローゼット一個に収まっちゃうんだ」

 クローゼットを確認した奏汰は、自分の一人暮らしの部屋よりも広そうな空間にびっくり。そこに整理整頓されて総てが収まっていた。なぜかテレビまで収納されている。

 有り難いけど、魔界で繋がるんかいな。

「総て俺様がプレゼントするから要らないだろうって言ったのに」

 しかし、そんな悩みをルシファーが後ろから悔しがる声が掻き消す。なんだって?

「だから、奏汰は俺様が用意したものだけで満足すれば良いのだと言っているんだ。なんでそんなしみったれた」

「しみったれてて悪かったな」

「せめて服は俺様が用意したのを着ろ」

「いや、それは何を用意したかによるぞ」

 取り敢えずと、奏汰は大学の教科書や必要なものが無くなっていないかチェック。

 それにしてもルシファー、自分が用意したものだけで満足しろって、総て買い与える気だったのか。いやまあ、可能なんだろうけど、それって複雑だあ。

「さっきもカップ麺代として一万円渡してきたもんな。危ねえ」

 このまま俺ってここで飼い殺しにされるんだろうか。

 そんな可能性に気づき、思わずルシファーの方を振り返る。するとルシファー

「寝る時はこれを着るといい」

 キラッキラの笑顔で透け透けの服を差し出してきた。

 何それ、着る意味あるの? そう訊きたくなる。紗と呼ばれる黒地の生地で出来た服は、どう考えても肌が透ける。一応はパジャマだが、透ける。

「当たり前だろ。俺様のものになったんだ。その肌は俺様に見せるためにあるんだぞ」

「・・・・・・」

 飼い殺しという言葉が一気に現実味を帯びる発言だ。いや、すでに住居を奪われているのだから、それは実行されつつあることか。

「どうした? 奏汰。俺様の魅力に気づいたのか?」

 ヤバいとドン引きしていたらそんなことを言うルシファーだ。どこまでも平行線だ。

「はあ、マジか」

 俺、さっきからマジって言葉を上手く活用しているなあ。

 奏汰はげんなりとしつつ、どうやら逃げられないらしいと軽く絶望感を味わっていた。

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