第三十二話 怖いもの
仲良く“話し合い”を終えた後、一人と一羽で部屋を出て長く真っ白な廊下を歩き、数分かけてようやく広間へ
高い天井からぶら下がるシャンデリアが光を降らせて大理石の床がキラキラと輝く
そんな事を頭の
「やあやあ。ドードーちゃんを
ひどく聞き覚えのある音色に歩みを止めてゆっくりと顔を上げれば、そこにはいつの間にか白の王の姿があった。
パチパチと軽快に両手を叩き
(小心鳥ね)
突然の声に驚いたのか、
けれどそれもほんの数秒で、私が声をかけるよりも先に白の王の存在に気づいたらしい彼は途端に顔を
(仲が良いのかしら?)
そういえば……
あの人がそう言ったから、あの人は味方だから。そう、まるで──……、
(……まるで、何?)
ああ、おかしい。どうして今“私と同じ”だなんて考えを
白の王が誰にでも平等に優しいということは揺るがない事実であり、信頼に
(そうよ。彼が私やドードーさんに付け入るはずがない)
一瞬でも違和感を覚えてしまった自分自身が腹立たしいわ。
(……自己嫌悪したのなんて、生まれて初めてかもしれない)
「う〜ん。アリスくんならもしかすると、ドードーちゃんの『怖いもの』を
私の思考を
ドードー鳥の怖いもの。その意味をわざわざ私が問うより先に白の王は二度大きく頷いて、右手の人差し指を立てるとゆらゆらと上下に動かし、リズミカルに空中をなぞりながら口を開いた。
「ドードー鳥は火で
「──!!」
(……?)
てっきり理由を説明してくれる流れだとばかり思っていたのだが、広間に流れ始めたのは聞き覚えのない歌だった。
しかし、歌詞に名前の出たドードーさん本人……いいえ、本鳥にとっては『聞き覚えのない歌』ではないらしく、背後でコンと大理石の床を蹴る音がする。
「ドードー鳥は
「ややっ、やめ、やっ、やめて……っ!!」
羽根も無いというのに
「あはは〜ごめんごめん〜」
爽やかに笑ってなすがままになる白の王は、どう見てもドードーさんの反応を楽しんでいる。鳥頭さんがご自慢のサバイバルナイフで腹を狙わない様子から察するに、ジョークを言い合える間柄なのだろう。
たいそう仲良さげに
すると
「アリスくんもごめんね、話が逸れちゃった〜」
「いいのよ、気にしないで。それよりも、」
「うんうん、ドードーちゃんが何を怖がってるかって事だよね〜! あのね〜、この子は──……」
***
「ほん、ほほ、本当なんだろうな……!?」
「ええ、大好きな貴方に嘘をついたりしないわ。だからちゃんと案内してちょうだい」
白の王の口から出た“怖いものの名前”を聞いて、私の中に『会いに行かない』という選択肢は存在しなかった。
曰く、それは限り無く赤の王側に近い立ち位置──つまり白色ではなく赤色の駒だが、赤の王の味方と言うわけではないらしい。ならば『アリス』の味方に加えるしかないだろう。持ち駒は多ければ多いほど便利だもの。
居場所はドードーさんがよく知っているので彼に案内役を任せるのが適任だろうという白の王の判断のもと鳥を引き連れてきたは良いものの、足を進めている間「僕は絶対に一緒に行かない」「あんな奴に会いたいなんて気が触れたのか?」だの「建物が見えたらそこでお別れだ」「今からでも遅くない、やめた方がいい」だのとうるさくて仕方がない。
「そんなに嫌なら案内なんて引き受けなければ良かったじゃない」
「……だ、だって……ぼぼ、ぼ、僕のことが好きなんだろ……?」
クソ鳥さんは血色の悪い頬を朱に染めてそう主張する。
「……ええ、そうね」
ああ、呆れた。
しかしそうこうしている間に目的地が見えてしまったようで、ドードーさんはオーバーなほどに震える指先で一軒の建物を指差して「引き返すなら今のうちだぞ!!」と悲鳴に似た声で鳴く。
「さっきも言ったけれど、今さら引き返したりしないわよ。貴方の“怖いもの”と仲良くなってきてあげる」
「……っ、……っ! 馬鹿!!」
幼児のような捨て台詞を吐いたクソ鳥さんは、どんな手法を使ったのか一瞬で姿を消してしまった。
溜息を吐いて眉間を揉んだ私は、先ほど彼が教えてくれた建物に向かって足を踏み出す。
「ン〜、ンン〜、ンンッ、ン〜」
チリン、チリン。
風に乗り耳をくすぐった誰かの歌声に混ざって、鈴の鳴る音がした。
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