最終話 私は死ぬまで変わりません


 大晦日に改めてダフネに求婚した俺は、彼女を家族に紹介することを考えていた。


 時期はやはり遠征が終わって王都に帰ってきてからがいいだろう。長男がまだ独身なのに、次男の俺がいきなり結婚したいと言って彼女を家に連れて来るのも何かと気を遣う。少しずつ手回しをすることにした。


 兄に協力を頼み、両親に俺には交際している彼女がいると吹き込んでもらうところからまず始めた。


「ジュリエン、貴方がお付き合いしているのはどちらのお嬢さまなのですか?」


 やはり母親がすぐに食いついてきた。帰省中のある日、夕食の席でそう聞かれた。


「ダフネ・ジルベール=ゴティエさんです。確か彼女の御母上をご存知なのですよね」


「まあキャロリンさんのお嬢さまなのですか?」


「と言うことは司法院のクロエ・テネーブル公爵夫人の妹さんだね?」


 とりあえず掴みはまずまずのようだ、しかしこれからが正念場だ。


「はい、彼女は王宮で料理人として勤めているのです」


 そこで両親は顔を見合わせていた。


「ジュリエン、貴方はダフネさんとどこで知り合ったのですか?」


 まずそう聞かれることは想定済みだった。フランソワとクロエさんの紹介で出会ったことにしようと俺は最初ダフネに提案したが、嘘をつくのは忍びないと却下された。執事はもちろんのこと、ポールだって料理人として働いていた時の彼女を忘れているはずはないのだ。


 両親に交際を認めてもらえなくても、俺の気持ちだけで十分だと言う愛しいダフネのためにもここは俺がしっかりしないといけない。


「テネーブル公爵の紹介で出会ったのか?」


「フランソワを介して、というのも本当ではありますが、ダフネと最初に出会ったのはうちの厨房です。彼女が我が家に料理人として勤めていた一昨年の秋です。私は去年の年初からペンクールに赴任しました。その後、私がフランソワの結婚式で一時的に帰って来た時、既にうちを辞めていた彼女と再会したのです。それで……去年の夏から正式に交際を始めました」


 腹をくくって真実を述べた。両親は再び顔を見合わせている。兄もその場に居たが、ずっと無言だった。


「確かにダフネさんががうちで働き始めた時、執事からは一応彼女の身元の報告を受けていましたわ」


「いわゆる遠距離恋愛だっだからお前はちょくちょく王都に戻ってきていたのか。なるほどね、そんなことだろうと思っていたよ」


 やっと口を開いた兄の言葉には母親が何度もうなずいている。


「それで、私が遠征を終えて王都に戻ってきたらダフネを紹介したいと思っているのですが……」


「そうだな、私たちも改めて彼女に会ってみたいね」




 そして春になり、俺は晴れて王都に帰還した。これからは王宮の近衛騎士の職に復活、恋人のダフネとも会いたい時に会えるのだ。王都での生活も落ち着いた頃、彼女を我が家に招待した。


 その日は昼前に俺が馬車でダフネを迎えに行った。彼女は珍しく着飾っていて、薄化粧もしている。


「お前のそんなドレス姿もイイな。綺麗だよ、ダフネ」


「仕事の面接よりも緊張するわ。私ちゃんと貴族の令嬢に見える?」


「もちろんだって。そう固くなることもないし、大丈夫」


「退職した時は貴方の交際相手としてこのお屋敷の門を再びくぐることになるとは思ってもみなかったわ」


 ダフネと俺は執事に出迎えられ、早速食堂に通された。執事はダフネの顔を見て彼には珍しく少し微笑み、それでも無言でうやうやしく頭を下げただけだった。

俺はダフネを両親に紹介、彼女は家族に温かく迎え入れられた。


「司法院のクロエ・テネーブルさんは優秀で気も利くし、一緒に仕事がし易い人だと評判だよ」


「まあ、お褒めにあずかって妹の私も鼻が高いですわ」


 高級文官の父は人にも自分にも厳しく、身分ではなく実力主義で人を評価するのだ。クロエさんのお陰でダフネの印象も割に良さそうである。


「キャロリンさんのご実家とは私も懇意にしていたのですよ。ジルベール男爵を亡くされて苦労されて、それでも彼女ご自身もお姉さまも良いご縁に恵まれて良かったですわね」


「二人ともそれぞれ幸せを掴んだことが私も自分のことのように嬉しいのです」


 そんな他愛ない話をしている途中にダフネに目配せをされた。


「ジュリエンさまからもお聞きでしょうが、私が以前このお屋敷で料理人としてお仕えしていたことは皆さまご存知と思います。というのも私は男爵令嬢とは名ばかりで、庶民として育ち、現在は王宮料理人として働いている、要は労働階級に属する身です。そんな私が今はこうしてジュリエンさまの交際相手としてお目にかかることについては抵抗がおありではないですか?」


 ダフネはド直球で来た。


「最初はジュリエンが主家の息子という立場を盾に取って、使用人の貴女に言い寄ったのですか?」


 母がそれを真っ向から打ち返し、父は唖然としている。


「それは違います。確かにそれとなくジュリエンさまに声を掛けられたことが切っ掛けでしたが、無理矢理ではなく、誘ったのは私の方でございます」


「ブハッ!」


 父が盛大にむせている。どうしてダフネがそんなことを言いだしたのか、すぐに分かった。両親に交際や結婚を反対されると思っている彼女は自分を悪者にして潔く身を引くつもりなのだ。


「違うだろ、ダフネ! 最初強引に関係を迫ったのは俺だったじゃないか! 父上、母上、私は他の誰でもなく、こちらのダフネ・ジルベール=ゴティエさんとの結婚を考えております。未熟な私達の仲をお認め下さい」


「独身の大人の恋愛ですから、私たちはとやかく言うつもりはありません!」


「とにかく、そうなのだよ。それにしても、フィリップより先にお前が結婚相手を見つけるとは私たちも思ってもいなかったよ」


「私もですわ。性格的にもフィリップの方が先に身を固めるのだろうとばかり」


「えっと……」


「ありがとうございます! 幸せになろうな、ダフネ」


 俺はテーブルの下で彼女の手をしっかりと握った。


「よろしくお願いいたします」


 そして俺達の婚約は晴れて成立した。結婚式は次の年の春に決まった。双方の実家はどちらも王都南区にある。俺達の愛の巣となる新居も同じ地区に決めた。




 御義母さんはダフネに結婚祝いとしてドレスとエプロンを縫ってくれていた。その贈り物をダフネが開けた時、俺は思わずそのエプロンを手に取っていた。俺が目の色を変えたのを見て、ダフネからは絶対にその場で余計なことを言うなという厳しい視線を送られた。


 エプロンはジルベール家の領地伝統の花模様の刺繍がなされているもので、全然実用的でない絹地だった。何とも手触りが滑らかで、ダフネが柔肌に直接それをまとった姿を想像するだけで大いにソソられた。


「流石ですね、御義母上の裁縫の腕は。なんて素晴らしいエプロンなのでしょう」


「ダフネ自身よりもクイヤールさまにそこまで喜んでもらえて褒めて頂けるなんて……」


 俺はそこでダフネに思いっきりテーブルの下で足を蹴られたのだった。


「いや、まあ、それはその、私はダフネさんが厨房で料理をしている姿が一番美しいと思っていますから……」




 もう一つの嬉しい贈り物は結婚式後の晩餐会で各人の席に置かれていた。それはクイヤール家の料理長ポール特製のマドレーヌだったのだ。プレーンとチョコレート味のマドレーヌが一つずつ綺麗に包まれたものが出席者全員に配られた。


「もし俺達が子宝に恵まれて、女の子が生まれたら名前は決まっているよな」


「イヤよ、マドレーヌなんて古臭い名前、今時流行らないわ。私そう呼ばれるの、お婆さんみたいで本当は嫌だったのだから!」


 確かにマドレーヌは俺達の祖母の年代に多い名前だ。


「だったら最初から本名教えてくれたら良かったのによ! 俺がお前を見つけるためにどんなに苦労したと思ってんの?」


 二人でいつものように言い合っていたら早速、双方の両親に聞かれていた。


「何をギャンギャンと言っているのです? 貴方たちはもう夫婦喧嘩をしているのですか?」


「まあ君達らしいと言えばそうなのだけれど……」


「ダフネ、結婚生活に不満があったら私達のところへいつでも……」


「クリスチャン、今日はおめでたい日なのですから忌み言葉はやめて下さい」



 まあ、俺達は夫婦になってもいつもこんな感じで相変わらずだった。それでも、お互いを思いやる気持ちは常に忘れず、ラブラブ度では誰にも負けないし、これからもずっと変わらない。




 ――― ダフネ編 完 ―――




***ひとこと***

皆さまをヤキモキさせたダフネ編も完結です。最後までお読み下さってありがとうございました。この後はお馴染みの座談会の予定です。


私は死ぬまで変わりません ゲッケイジュ(葉)

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