第45話 未来を見据えたデート
『まだ終わりじゃない』と言った彼女に手を引かれるまま、俺は帰路についている。
奏がどういう意味でさっきのような発言したんだろう?
それが、俺にはさっぱりわからなかった。
てっきり、帰り道で何かあるのかと思っていたけど……特に何をするわけでもなく、ここまではいつものような会話をしていただけである。
けど、鼻歌まじりに上機嫌な様子で歩く彼女を見ていると……わからないことへのモヤモヤはわりとどうでもよくなってくる。
奏が楽しそうならそれでいいしね。
まぁ……考えても仕方ない。
でも、こんな状況も悪い気はしないな。
そう思えるだけ、俺には余裕があり、奏といるだけで心のゆとりは違うのかもしれない。
そんなことを考えていると、いつの間にか家の近くまで来ていた。
「奏……もう家に着くけど。なんか寄らなくてよかったのか??」
「うん! だって、帰るって言ったじゃ~ん」
にししと笑い、家の中に入る。
手洗いなどを一通り済ませた後、奏はグラスに冷えた麦茶を入れてソファーに腰掛ける俺の元へと持ってきた。
「冷蔵庫に麦茶なんて用意してたっけ?」
「来る前に用意したんだぁ。外って暑いしから、帰ってきた後に冷たい飲み物を飲んで「くぅ~!」ってやりたいでしょ??」
「ははっ! なんかおっさんみたいだな~」
「おっさんって言うなし!」
奏がぷくっと不服そうに頬をふくらませて見てくるので、俺が指で突いてその頬を破裂させてやった。
すると、奏の口からぷすっと空気が抜ける音が出て恥ずかしかったのだろう。
顔をほんのりと赤く染めて、目を伏せてしまった。
その姿がどうにも可愛らしく、俺は思わずくすりと笑ってしまった。
それを見た奏は、口を尖らせジト目で見てきた。
「し、ん、た、ろー……?」
「ハハハ……。ごめんって。でも、つい突きたくなる顔ってあるだろ?」
「やるなら優しくやってよー。急にやられて、さっきみたいに変な音が出たら恥ずかしいじゃん」
「俺的には可愛らしかったけどな」
「もぅ……ばか」
今度は拗ねたわけではなく、耳まで赤く染めてもじもじとしおらしくなってしまった。
俺もそれが気恥ずかしくて頬を掻き、天を仰いだ。
それから空気を変えようと、聞きたかった『今日はこれでよかったのか?』と切り出そうとしていると、俺が話し始めるより前に、奏が話し始めた。
「しんたろーって、デートはどういうことだと思う??」
「どういうことって、随分と抽象的だなぁ~。けど、改めて考えると難しい気が……」
「まぁまぁ~。答えがこれって決まったわけじゃないんだし、考えを聞かせてよ~」
「うーん……」
デートと言われ真っ先に思い浮かぶのは“どこかに出かける”ことだろう。
元嫁としていた“やたらと金がかかる”のもデートだし、奏と今日、過ごしたようなのんびりとしたのもデートには違いない。
でも、そんな答えを奏が言うとも思わないし……。
うん、正直わからないなぁ。
俺が頭を捻らせて考えていると、奏がじーっと見て表情を窺っているようだった。
目が合うとにこりと笑い、仕返しとばかり頬を突いてくる。
「なかなか悩んでいるみたいだね~」
「なんか在り来たりな答えしか出てこなくてさ。でも、奏のことだから達観した哲学的なことを言うと思ってね」
「アハハ! 哲学って、そんな大層なものじゃないけどね。あくまで私の持論だし」
「持論ね~。そう考えると、俺が奏をぎゃふんと言わせる言葉が出てこなさそうだなぁ……はぁ」
「ため息つかないの~。こう成長したのも、『自分のお陰だ!』で誇ってもいいんじゃない?」
「はは、それもありかもね」
昔は、俺が持論を口にして諭したり、窘めたりすることが多かったけど……。
今は無理そうだなぁ~。完璧に立場が逆転されてるよ……。
「じゃあ、私の考えを言うね……。デートはお互いが特別な意識を持って過ごすことを言うんだよッ!」
「特別な意識を持って過ごす? それが奏にとってのデートってこと??」
俺がそう聞き返すと、奏は「うんっ!」と元気よく頷いて得意気に微笑んでみせてた。
「“うん”って……。頷かれただけじゃ、何のことだかさっぱりなんだが」
「そうかな?? 割と文字通りなんだけど!」
「文字通りって。まぁ、デートってことを意識するだけで特別感があるし……つまりはそういうことか?」
「あらら。納得いかない感じ?」
「なんか釈然としないなぁー。特別感はもとよりあったし、それが家に帰るのに繋がるのがイマイチ……」
「うーん、しょうがないなぁ。じゃあ、教えてあげようっ!」
奏は主張が強い胸を張り、自分の腰を手に当てる。
それから俺にビシッと指を向けてきた。
「ズバリね極論を言ってしまうと、『二人で楽しむことをお互いデートだと思う』それが、デートなんだよッ!」
「お互い??」
「そう! 価値観の違いとかで『これはデートじゃない!』と言う人はいると思う。でもね、誰もがそうじゃないんだよ。高級感がたっぷりのをデートと言う人がいれば、ただ側にいる時間が長く取れる日をデートと言う人もいるんだよね」
「えっと。じゃあ奏は『デートは当人の心持ち次第』って言いたいのか?」
「うんっ! だから私がデートと思って、しんたろーも今日過ごした時間に満足して、デートだと思えば間違いなくデートなの」
「なるほどなぁ」
「あくまで持論だけどねっ。けど、案外重要なことなんだよ? 価値観の違いとか、そういうのが浮き彫りになるのもこういった部分だし。付き合ったから、デートだから 『こうしないといけない』っていうのは、ただの固定観念だよ」
「なんか身に覚えがありすぎてグサッときたわ …… 」
「でしょー? 一番重要なのは互いに楽しむ時間を共有することだからねっ!」
奏での言う通り、確かにそれが重要なのかもしれない。
今までどんなに金をかけても、不機嫌そうにされ ……。
デートの度に「大丈夫かな?」という不安で一杯だった。
そういうところからすでに価値観があってなかったんだろうなぁ ……。
結婚したから、社会人になったからって背伸びしてたんだ。
本来、デートは楽しいもののはずだから。
俺がため息をつくと、奏が慰めるように頭を撫でてきた。
目が合うと屈託のない笑みを向けてくれて、それには思わず苦笑する。
「だから、その考えからいくと家に戻ってもデートは進行中なんだよ。それに、ほら“お家デート”とかってあるじゃない?」
「確かに“休日の彼女と過ごし方”みたいなので昔読んだかも……?」
「でしょでしょ~? だからね。今日一日が終わるまでがデートなんだよ。これで終わりって思うまでがデートなんだぁ」
「終わるまでがデートね~。だけど、奏的には今日のデートプランだと元気が有り余ってるんじゃないか?」
「アハハ! まぁーそうかもね。でも、私は外ではしゃぎまくっても元気一杯だと思うよっ」
「だったら、夜まで外にいてでもよかったのに」
「だ~め。それじゃ意味ないのー」
指をクロスさせて×マークを作る。
それから奏と一瞬、目と目で見つめ合う。
すると、奏は少し切なげな優しい顔でにこりとしてみせた。
「だってさ。私はまだ学生だけど……しんたろーは違うでしょ?」
「まぁそうだけど。デートには関係ないような …… ?」
「そんなことないよ! だって一日遊びまくって疲れたから、『明日は自主休講にして休んじゃえ!』みたいなこと出来ないじゃん」
「いや、学生でも自主休講は使うなよ」
「喩えだって! 私は真面目に講義に出席してるし」
不服そうに頬を膨らませた。
まぁ確かに奏って見た目はギャルだけど、かなり真面目だもんな。
授業態度も妹と違ってかなり良かったし。
俺がそんなことを思い出していると、奏が何か言いたげにじーっと見てくるので、咳ばらいをしてから向き直った。
「私はデートの在り方や考えって、学生と社会人だと大きく変わると思うんだ」
「確かに金の使い道とか荒くなるな……」
「たしかに、学生の時と違ってお金は多くあるかもだしねー。だけど、私が言いたいのはお金のことじゃないよ」
「そうなのか?」
「うん」
奏は頷き、一呼吸おくとゆっくりと話し始める。
「どこかに出かけても『明日、仕事なんだよな』とか『仕事に支障をきたさないように……』とか、どうしても考えちゃうと私は思うんだぁ。しんたろーも心当たりがあるんじゃない?」
「……ある」
「でしょー? 私はまだその立場になっていないから、その感覚は本当の意味ではわからないけど……でも、しんたろーといるなら、理解しなきゃいけないことだと思うんだよね」
「だから今回はのんびりデートにしたのか」
「そうだよ。私は、しんたろーと気兼ねなく楽しみたいし過ごしたいし。それに一緒にいる時間がもっと増えて……一緒に過ごすことになった時を、少しでも体感して欲しかったんだよね。気が休まるデートってこういうのもあるのを……」
「ありがとな、奏。いつも考えてくれて」
「ううん。これは私が好きでやっていることだから。寧ろ、いろいろと付き合ってくれてありがと」
彼女は微笑むと、天を仰いだ。
「今日のデートは本当によかったよ。明日からの仕事も頑張れそうだ」
「そう? なら、よかったかなぁ~」
「……また行こうな。勿論、無理のない範囲で」
「うん……でも、なんか照れるね。改まってこういうこと言うのは……」
「お、おう……」
「と、とりあえず! 私の考えていたことが少しでも伝わってくれれば嬉しいかな!! ってことで、夕食を作るねっ」
そう言って、奏はキッチンに小走りで向かってしまった。
俺は声を掛けようと奏に視線を移すと、顔が赤く耳まで真っ赤に色づいていた。。
そんな彼女と目が合うと途端にしゃがみ込んでしまい、「こっち見るの禁止! テレビでも見といてよっ」と声だけが俺の耳に届く。
その様子に思わず苦笑してしまった。
ただデートをするだけじゃなくて、未来を想像させてくれたのか……。
敵わないなぁ、本当に。
……こんなにも考えてくれているなんて。
俺は天を仰ぎ、ふぅと息を吐いた。
それから彼女に言われた通りテレビをつける。
バレないように横目で見た彼女の姿。
……華奢な身体なのにやけに頼もしく見えた気がした。
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