第17話 アルフォンスの追憶(1)

◆ここから四話ほど、王子様の独白になります◆



 長くつややかなストレートの黒髪に、印象的な大きい眼と、色濃い褐色の瞳。決して派手な美しさはないけど、神秘的な雰囲気を漂わせた、小さく可愛い黒猫のような美少女。それがシャルロットの第一印象だった。


 僕はロワール王国の第二王子。


 三つ年上の第一王子が健在だから、僕が国王になることはない。早いところ臣籍に下って、空いてる公爵家か侯爵家の、できるだけ王都から離れた地方領をもらって、のんびり愛する家族と暮らすのが人生の最終目的だった……はずだった。


 僕が十七歳のとき、兄上が婚約した。相手は聖女の一人だそうで、近いうちに首席聖女間違いなしというすごい能力の女性だそうだけど、僕には関係ない話だ。僕に言わせれば、そんなに優秀でバリバリ働く聖女なら、王太子妃だとか王妃などに祭り上げるよりも、現在のポジションでずっと働いてもらった方が、国民のためになると思うんだが……父上と兄上は、聖女の持つ強い力を受け継いだ子供が、欲しくてしようがないらしい。そんなことしても何か役に立つのかな。古代には魔法使いだの超能力者だのという特殊な能力を持つ者が選ばれて王になった時代もあるようだが、これだけきちんと行政のしくみが出来上がったこの時代、王の資質は魔法を使えるかどうかじゃなく、もっと人間的なものだと思うんだけどな。


 兄上の婚約披露は、それは華やかなものだった。こんなことにカネを使うんだったら、国防や治水に使ったらどうだと思わなくもないが、これも王家の威信を内外に示すためと言われれば、あえて反対する理由もない。そもそも、兄上に関わるあれこれに対し、僕が何か批判的な意見を述べようものなら、すぐ王位への野心ありと誤解されるもとになるわけで、それは絶対避けねばならない。古来、絶対君主国が弱体化する最大の原因は、お家騒動と相場が決まっているのだから。


 兄上の婚約者は、確かにまれにみる美人だった……派手過ぎる容貌で、僕の好みではないけれども。あれで、ロワール国随一の神聖魔法使いだというから、天は二物を与えたんだろう。まあ、あの癇癪持ちで疑い深くて嗜虐傾向のある兄上がお相手では、結婚後に相当苦労しそうだけどな。だが所詮は他人事……ぼぅっとしていると、父王に呼ばれた。


「どうだアルフォンス、お前も結婚相手をそろそろ決めぬか」


「いやいや、兄上と違って私は世継ぎを早くもうけねばならない立場ではありません。もう少し一人でいたいのですよ」


「まあそう言うな。王としての資質は、お前の方が高いと儂は思っている。場合によっては……」


「父上。国を乱す元を、決して陛下自ら作ってはいけません」


 のらりくらりがモットーの僕だけど、ここに関してだけは真剣に諫言した。まあ、僕が国王になりたくないのが一番の理由だったけど。


「む。秩序を重んじるお前の姿勢、是としよう。それはそうと、やはり伴侶は早く選んだ方がよいぞ。それもできるだけ相手が若いうちにじゃ。やはり少女の頃よりあれこれ仕込んで自分好みの色に染めるというのが男としての……」


 父上、少々特殊な趣味をお持ちのようで……。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局父王には逆らえず、僕だけのために「集団お見合い」が何回も催された。


 最初は公爵や侯爵といった高位貴族の令嬢達と、お茶会という名のお見合いを何度かしたけれど、さっぱりピンと来るものがなかった。確かに彼女たちは美しく、ドレスの着こなしも素晴らしくて、マナーも完璧、そしてダンスも上手だった。だけど、おつむの中が、僕の求めているものと違ったんだ。


 王都で流行りの演劇や音楽、詩歌の話題などを押さえておけば無難に会話はできるけど、それだけ。僕は価値観を共有して何でも相談できて、一緒に田舎の領地で領民と交わって、そして一緒に齢をとってくれるパートナーを探しているのであって、地方領に行っても演劇だ音楽だと騒ぐ貴婦人は、不要なのだから。


「父上、やはり大貴族の令嬢は私には合いません。しばらく見合いの件は保留で……」


「うむ、やはりアルフォンスには、遊興や芸術好きな婦人よりも、真剣に仕事に勤しむ女性のほうが向いているようじゃの。そうなれば、やっぱり『聖女』見合いじゃな。聖女を抱くのはなかなか……背徳感がたまらんぞよ。ナンバーワン聖女はフランソワとくっついてしもうたが、まだ魅力的な娘がおるぞ……」


 父王は、僕の話なんか聞かずに、いそいそと次の……聖女達との集団見合いをセットするのだった。ああ、フランソワってのが、第一王子たる兄上の名前さ。 


 仕方ない、今回だけは父王の言うことをおとなしく聞いておこうと、あきらめて聖女見合いを受けることにした。一度でも彼女達と会えば父王に顔が立つし、あとは放置しようと心に決めて。


 その時集められた四人の聖女達の中に、シャルロットがいたんだ。


 最初は、神秘的で可愛いけど若干地味な、特別美しいというほどでもない容貌の少女だな、としか思わなかった。しつこいようだけど、僕は見た目がきれいな女性はたくさん見ているから、それでビビっと来たりはしない。容姿だけなら、他の聖女の方が、余程派手で目立っていたし。


 でも……彼女は内面が、他の聖女たちと違っていたんだ。

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