第7話 補給しないとね

 私の魔力で満腹したらしい魔狼ベネデクと別れて、私達は最寄りの村へ向かっている。


 クレールはしばらくぷんぷんしていたけど、ベネデクから解放された私を、今度は前の方からぎゅっと抱き締めて、


「シャルロット様……これで許してあげます」


 上目遣いでこんなこと言うの。う~ん、可愛いわあ、萌えるわあ。


 ベネデクとクレールにさんざん魔力を吸い取ってもらったので、私はますます絶好調だ。今日の体調だったら休まず夜まで歩いても平気な気分……とはいえ、二時間も歩くと、目指す村に着いちゃうわけなのよね。


「おお、聖女様! 護衛の騎士も連れずにこんなところまで、よく来なすった」


 私に気付いてくれたのは、立派なもみ上げが印象的な中年の農夫。確かお名前はエタンさん、だったかな。


「まったく、貴女様のおかげで、畑は荒らされないし子供が妖魔にさらわれることもないし、ありがたいこってす。村長もお礼を申し上げたいと常々……」


「あれは、私のお仕事ですからね。今日は卵と野菜を分けてもらいに来たんですけど……」


「そんなもんなら、村長と話している間にすぐ用意させますだ。おおい村長!」


「何じゃエタン、ん? 聖女様が何でこんな田舎の村に? 聖女様の仰せ通りに魔獣と仲良くやっていて、何も問題はないのですがな……?」


 白髪の村長がいぶかしげに私達を見る。そう、聖女は多忙なんだよね。広い担当地域で魔物に襲われる村は多く、年中あっちこっち飛び回らないといけないんだから。トラブルが片付いたあとの村などを訪れる暇はないはず。あくまで、普通の場合ならば。


「それなんですが……実は私、聖女をクビになりまして」


「なんとっ?」


「人間と魔獣の間を取り持って共生をお勧めする私のやり方が、どうも異端と認定されたようなのですよ。なので、国外追放になりまして……東の国境に向かう途中なんです」


 ここは取り繕っても仕方ない。遅かれ早かれ、悪い情報は田舎にも伝わるだろう。


「うむむ、異端認定と……。確かに我々も、聖女様が魔獣と盟約を結ぶことを勧めてこられた時は、神をも恐れぬ振る舞いと思ったが……。実際に魔獣と共生を始めてみれば、じつに平和で豊かな生活。さすがは聖女様の知恵であると、みな感心して居ったのじゃが……なあエタンよ」


「そうじゃとも。わずかの供物を捧げるだけで、妖魔も害獣も村にやって来なくなっただ。あんなに魔獣が俺達の暮らしを守ることに尽くしてくれるとは思わなかった。ようやく安らかで幸せな暮らしが手に入ったと思っていただ」


「そう思ってくれているのなら……お願い。出来る限り、今の盟約を守り続けて欲しいの。こちらが約束を守っている限り、魔獣は決して裏切らないから」


「それは、勿論じゃが……」


 村長の表情が陰る。まあ、何を考えているかは、わかるけれど。


「もちろん、村に教会の者が乗りこんできて、魔獣との関係を断つように命ずる可能性もあるわね。そしたら、盟約を続けられないのは仕方ないわ。でも、魔獣をだまし討ちにするようなことは絶対しないで。彼らは裏切りを決して許さないから」


できるだけ血みどろの争いは、して欲しくないわ。私は、無駄かも知れないけど心の底から、村長に訴えた。きっと私の眼は、ウルウルしていただろう。


「わかりました聖女様。教会が乗り込んで来たりしない限り、我々は魔獣たちとの盟約を守りましょう」


「ありがとう。もう聖女じゃ、なくなっちゃいましたけどね……」


「いえ、教会が異端と言おうが何と言おうが、貴女がこの村を救ってくれたことは、まぎれもない事実。だからうちの村にとって貴女は、今でも聖女様ですな」


 やばい、嬉しくて涙出そう。こうやって理解してくれる人は、ちゃんといるんだ。上を向いてにかっと笑い、涙をこらえたとこで振り返ると、クレールが私より先に、思いっきりぼろぼろ泣いていた。まったくこの娘はっ!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 食料を仕入れたらすぐに、私達は村を後にした。


 村長もエタンさんも、村に一晩泊まるようにと引き留めてくれた。もちろん、その言葉に甘えたら旅の疲れも取れるとこなんだろうけど……あとで教会や騎士団に滞在がバレて、異端者を匿ったとか何とか、村の人が責められるのはマズいからね。


「あの村は大丈夫そうね。ベネデク達と仲良くやっていけるでしょう」


「シャルロット様が心配されていたように、教会の連中が異端狩りに乗り込んでこなければ、ですけどね」


「まあ、後任の聖女もそんなに暇じゃないだろうし。トラブルさえ起こらなければ……ようは人間の側が裏切らなければ……わざわざ来ないんじゃないかと思うなあ」


「あの村長さんなら、うまくやってくれそうですね」


「うん。でも、久しぶりにベッドで眠るチャンスを逃がしたのは残念だったかな?」


「ふふふ、今晩も私が、添い寝で癒して差し上げますわ」


 クレールがちらっと八重歯をのぞかせて、意味ありげに笑った。


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