第2話 聖女として

 この国……ロワール王国には、「聖女」が八人いる。いや、私がクビになっちゃったから、たった今は七人になっちゃったのかな。


 「聖女」は、しかるべき身分の少女から潜在魔力や信仰の篤さを考慮して、教会に選ばれるわけ。そして高位聖職者の方に祝福を頂いて、「力」を使えるようになる。


 聖女の「力」は、要するに神聖魔法だ。神の力を借りて起こす「奇跡」であると言われていて、主な効果はケガや病気の治癒と、光系統の攻撃魔法なのだ。そして聖女の務めは、この「力」を使って魔獣や妖魔の襲来に苦しむ民衆を救うことだ、と言い聞かせられてきた……教会の高位聖職者たちからは。


 私の家……リモージュ伯爵家は、世間から「聖女の血脈」と呼ばれている。この三代で五人の聖女を輩出しているからね。そのうち二人は……当代の私と、レイモンド姉様だ。


 レイモンド姉様は子供の時から、普通の人と明らかに違う聖なるオーラを纏っている人だった。少し魔力が感じられる人なら、姉様の周囲にまるで後光のようにあふれ出る、澄んだ青いオーラがはっきり見えるのだもの。七歳のときから教会にその資質を見出されて選ばれ英才教育を施され、十一歳で聖女に、そして十五歳で首席聖女となった。そして、聖女の力をその血統に取り込まんとする王家の意向で、第一王子フランソワ殿下と婚約して……来年ご結婚されるわ。つまり将来は、王妃様ってことよね。


 まさに黄金のように色濃く輝く豪華な金髪に、一点の曇りもなく澄んだ、サファイアのような青い瞳。強い意志を感じさせる細いけど濃い眉に、すっと高い鼻梁、燃えるような紅の唇……首席聖女の肩書なんかなくったって、お妃様にふさわしい目立つ容姿なのよね。お父様お母様が溺愛なさるのも、無理のないことね。


 それに比べると二歳年下の私は、いろいろ残念なことばかり。


 リモージュ伯爵家の一族はみんな美しい金髪が自慢なのに、なぜか私だけ黒髪……ブルネットでもなく真っ黒なのね。お陰で私が生まれた後、両親の夫婦関係がぎくしゃくしたそうなのだけど・・それは私のせいとは言えないわよね。遠くの国から来られていろいろ不思議な能力をお持ちだったという、ひいおばあ様が黒髪だったという記録が残っているから、何かのいたずらでその血が現れたのかしら。


 傍らの鏡を見れば、お姉様とは似ても似つかぬ大人しい……オブラートに包まずに言えば地味な……容貌が、そこに映し出されている。眼は大きいけど、瞳は深いこげ茶色。鼻の形はバランスよくて綺麗だと思うのだけど、姉様みたいにキュッと高くはない。唇は姉様より小さいし、色も薄くてせいぜい桜色と言うところ。普通の娘として見ればかなり可愛い方じゃないかと自分でも思うんだけど、派手系超絶美人の姉様を見た後で私を見たら「なあんだ、ほんとに姉妹?」となるって寸法よね。


 私が姉様に優っているとこといったらただ一つ、魔力の量くらいだ。七歳のとき初めて魔力測定したら、その結果に周りの大人達が仰天した。何しろ魔力測定秤が振り切れて、壊れちゃったんだから。姉様に続いての上級聖女候補として教会は沸き立った……あくまで、その時だけは。


 だけど、十三歳でようやっと聖女に任ぜられた私は、極めて平凡な聖女だった。あり余る魔力は、聖女の操る神聖魔法とは相性の良くない力だったみたいで、聖女としての能力を開花させることには、なんの役にも立たなかった。姉様は百体以上の妖魔を一瞬で浄化したり、兵士の失われた腕を再生させちゃったり、まさに「聖女の奇跡」とでも言うべき驚きの業を現出できた。一方、私に倒せる妖魔はせいぜい一度に数体くらい、治癒の力だって腹痛や骨折を治すことくらい。格が違う、ってのはこういうことを言うのよね。


 そんな私だけど、聖女に任ぜられた以上、その職責は等しく負わされた。国土を六分し、そのうち東地区の担当とされて、その地域の住民を魔の眷属から守れということなの。まともな聖女だったら神聖魔法を駆使して妖魔や魔獣を倒さんとして立ち向かい、そして何回かに一回くらいは不覚を取って、死んだり再起不能になったりする……聖女って、殉職率が異常に高い職業なのよ。だけど私は、赤の他人を守るために自分を犠牲に……なんて美談は嫌いだし、とにかく痛いのはいやだし死にたくもなかった。なので、姉様も他の聖女も持っていない秘密の能力を使って「ズル」をすることにしたの……魔獣と話す力を使って。


 そう。なぜだか私は、生まれつき魔獣と話すことができた。黒髪のひいおばあさまも同じような能力をお持ちだったと聞いているから、これも血のなせる業なのかしら。


 話す……といっても、声を使ってじゃないのよね。念話とでも言うのかしら、頭の中に直接、魔獣の意思が響いてくるという感じで。どういう理屈なのかは、私自身わからない。でも、この能力を知った幼い頃の家庭教師は、青くなって私を諭した。


「お嬢様、決して人前でこの力を使ってはなりませんよ。さもないと異端者として、教会に火あぶりにされてしまいます」


 姉様にも同じことを言われて、私は震え上がってそれに従った。そして聖女になるまでの七〜八年間はその言いつけを守り、この力を使わずに済んだ。だけど、並の聖女である私が魔獣や妖魔に囲まれながら確実に生き残るには、やはりズルをしないと無理だった。


 魔獣って、身体は熊とか猪といった獣の姿をとっているけれど、人間以上の知性と、飛び抜けた能力をもつ存在なの。私は魔獣の知性に訴えて、人間族と敵対するのではなく、共存してゆく利益を説いたわけね。


 まずは、普段行動するエリアを人間と魔獣で分けて、お互いのテリトリーを侵さないことを約束する。そして、相互に利益をもたらすような限定された交流をする。限定交流っていうのは、例えば人間は魔獣たちが喜ぶ食べ物や工芸品を定期的に提供して、その代わり魔獣は人間の村を守ってあげる、とかね。


 これが、思った以上にうまくいったのよね。実は魔獣って、甘いものとかが大好きなの。角砂糖やお菓子なんかをあげたらもう大喜びで。ハムやソーセージといった加工肉も大人気だったわ。そして、人間にとってはちょっとした贅沢といった程度のそういった食物でも魔獣達はきちんと恩に感じて、ゲイザーとかスライムといった妖魔や、猪や鹿なんかの害獣が彼らの村を荒らさないよう、しっかりと守護してくれたのよね。そして最初は懐疑的だった人間たちも、魔獣と共生するメリットを理解していったの。


 そうやってここ三年の間、私は自分の担当地区に、人間と魔獣の小さなコミュニティを百近く作っていったのよ。魔獣を説得すること自体はあまり難しくなかった。彼らは人間より知性が高くて、私が理を尽くして人間と協調するメリットを説けば、たいがい穏やかに話をきいてくれたから。むしろ苦労したのは、人間側の説得ね。


「アンタは聖女なんだろ、『奇跡』を行って魔獣を倒すのが仕事じゃねえのか? さっさと倒してきてくれれば、共存なんて考えなくても、いいんじゃないのか?」


 こういう突っ込みを毎回受けて、それでも耐えて耐えて共存共生の利を説いていったのよね、結構苦しかったわ。でもその甲斐あって、私の担当地区で人間が魔獣や妖魔に襲われる事件は、他の聖女が担当する地区に比べて、ほぼ四分の一になった。我ながら、地区の平和な生活に、かなり貢献していたんじゃないかと思うのよね。


 その平和を壊したのも、やっぱり魔獣じゃなくて人間だった。私が魔獣の立場を重んじることに不満な者達が、東地区の聖女が異端の業を行っていると王都教会に訴えたの。そして、一部の貴族がこれを大きく取り上げて騒ぎ立て、異端審問を開けと教主様に迫った。異端審問で私が有罪と判断され……まあ、出来レースだったのでしょうけど、今日の追放となったわけなのよね。


 私を異端告発した貴族は、第一王子と第二王子の婚約者がいずれもリモージュ家から出たことで、お父様が宮廷で力を持つであろうことを快く思わない連中だったと聞いているわ、真偽は分からないけど。それに気付いているのかいないのか、お父様は私をまったく守ってくれようとはしなかった。ひょっとしてそれを知った上で、せめてレイモンド姉様だけは守り抜くためにと、あえて私を切り捨てた可能性もあるけど……あの態度を見ている限り、対立貴族達の思惑になんか、気付いていないんでしょうね。


「お嬢様? どうなさいましたか?」


 物思いに沈んでいる私を、クレールが不思議そうに見ている。


「大丈夫、なんでもないわ」


 そうだ、もう、なんでもない。私はもう聖女じゃないし、リモージュ伯爵令嬢でもないんだ。何にも縛られずクレールと二人、自由な世界に飛び出すのだわ。

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