9話 頬を小説でぶん殴る

 いつだったか部室でKさんが、


「私は誰かを殺したい」


 と言っていた。むろん小説で。「誰か」とは「読者」のことだ。


 話は変わるが、ぼく自身人にキャラクターを押し付ける癖があって、Kさんには「文章の才能があるやつ」そこから派生して「天才」というキャラ付けをしている。しかしぼくが思う天才は、絶望も負けも知らない。やみくもに進んでいたら自然と勝つ、そんな存在。本人も誰かを尊敬することはあっても、強い絶望も負けも感じない。少なくともその天才が得意なジャンルに関しては。


 Kさんの話に戻る。誰かを小説で殺したいと思うのは、誰かに小説で殺された経験があるからだ。Kさんは、誰かの小説に絶望的な感銘を受けて文章を紡いでいるのだと勝手に想像する。すると、ぼくが思う天才像からは外れていって、向こうの岸に転がって見えなくなって、この頃からは「文章が上手いやつ」という認識になっていく。


 さて、ぼくは多田くんに語る。


「Kさんは殺したいと言っていたけれど、ぼくは殺したいまではないけれど、殴りたいくらいは思うなぁ」


 多田くんはぼんやりと肯定した。「インパクトは残したいよね」


 むろんぼくは日々Twitterのフォロワーやらプロの作家に単に殺されるどころか、猟奇的な殺人ショーを繰り返されているので、読者を殺したい気持ちは痛いくらいわかった。


 図書館内の作戦会議室でぼくらは、秋祭用の小説について、「ぶん殴られたようなインパクトあるもの」と「自由に面白く書く」ということを念頭に置いて書くことを決めた。後者は、いつもの批評に対する小さなデモ活動のようなものだ。


「ぼくは今回の大まかなプロットは決まってるよ」


 と自慢げに話すと、おお、と多田くんは興味を示した。


「今回もミステリー?」


「いや、今回はミステリーじゃない」


 幅広く、色んなジャンルに挑戦したい。という気持ちで、いわゆる雰囲気モノのプロットを練っていた。面白さは設定からでも作り出せるという仮説から、孤島、海、ロボットの三要素から感動的なプロットを構想中であった。これらの設定を多田くんに説明した後、夏休み使ってゆっくり書くよと言ったきり、9月の中旬までは大学がないので会わなかった。








 そして残暑はびこる9月。


 ぼくらは後期開始直後から土俵際に立たされている。


 なぜって……




 …… 締め切り間に合いそう?




 のLINEが応酬していた。秋祭の小説締め切りはもう目前に迫っていて(というか夏休みまでの締め切りを延ばしてもらっている)ぼくらは切羽詰まっていた。


 結局ぼくは面白さの理由を詳細に明確に把握しないと書けないみたいで、夏ごろに書いたプロットは、面白さが曖昧で書けるはずもなく、9月に入っていそいそと日常ミステリーの構想を練り上げていた。


 また、K大学文藝部の見学以来、あるべき批評の姿がより輪郭をあらわしてきた。しかしうちの文芸部では小説が面白くないと意見が通らないだろう。少なくとも一個上の連中よりも面白い小説を書く必要があった。

 これがいわゆるぼく的「小説で誰かをぶん殴る」ということだろうか。


 小説が上手いやつが正しい。


 なんだかおかしな話だ。真実に嘘をまぜて書くのが小説なのに。

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