第14話 ドゥーンとレイチェルと「英雄」の到着


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 巨大魔獣が使った力は、遠目には「反射」に見えた、とのことだった。


 脚を破壊された魔獣は、その場で進撃を停止した。

 それを受けたCチームは、待機していたBチームとの協働を提案。

 すると拙速を尊んだ両チームの「虹」武装使いたちは、即刻の現場判断を下し、その場にある全獣王武装による、総攻撃を仕掛けるに至ったのだ。


 たが、その際に魔獣が張ったフィールドのようなものが、最初に放たれた遠距離系の「獣王武装」による攻撃の、ことごとくを反射した。


 それを見た近接系が、「殴れば割れるんじゃね?」として一斉に飛びかかったところ、フィールドに触れた獣王武装は、まるで全ての威力をそのまま返されたかのように、その場で砕けてしまった、とのことだった。


 獣王武装は不壊である。

 ゆえにそのうちにまた使用可能な状態に戻るものではあるのだが、それにはやはり時間がかかる。


 また、最初に遠距離攻撃を放った「獣王武装」らも、見た目には問題なかったが、のちの点検で、その多くがどういうわけか使用不可能な状態に陥っていることが判明した。


 無論、一斉攻撃に参加しなかった「獣王武装」もあったものの、部隊の撤退時に無理な運用をした結果、先の武装たちと同じように、使用不可能なまでのダメージを負ってしまうこととなる。


 B・Cチームにおいて使われていた「虹」武装のうち、未だ威力を保って使用可能なものは、たったの二本。


 必然、Aチームと合わせ、十本にも満たない数の「虹」武装で、魔獣の進撃を食い止めるべし、というのが、今の合同部隊に課せられた緊急任務ということに相なった。


 》


「いやぁ、やられたやられた」


 そう言って笑う青髪の翼人は、担架の上に横向きに寝っ転がった状態でほがらかに笑った。


 その姿は、一週間前、巨大魔獣の出現と同時、自らの内にある「天覧武装」を解放、しかし魔獣を仕留めるには至らず、魔力を使い果たして今の今まで気を失っていた、レイチェル・スターオリオンのものである。


「びっくりしたのう! だってあれ、絶対仕留められた空気だったではないか。聞いた? わらわ、『受けよ我が力!』みたいなこと叫んでなかった?『我が』ってなに? みたいな。わらわそんな変な一人称、普段は使っておらぬというのに」


「ツッコまねェぞ俺は」


 今俺とレイチェルが話しているのは、「妖狐の森」における前線と後方の間、もとは援護待機の役割にあるチームが使っていた、主を失った天幕群の中だ。


 遠くから遠雷のような音が聞こえてくるのは先と変わらないが、周囲に人の気配は皆無で、また、遠雷の正体は「虹」武装による戦闘音ではなく、巨大魔獣の足音であると思われた。


「つうか、何一週間も寝込んでンだ。人間ひとり後方に置いとくのも、ただじゃねェんだぞ」


「どうせどっかのギルドにタカったんじゃろ? 寝込んでたせいか体バッキバキじゃが、『天覧武装』使った後にしては、よい感じじゃ。褒めてつかわす」


「……おめェ、『天覧』使ったらそうなる、ってわかってたのか?」


 巨大魔獣へ向けて天覧武装を叩き込んだあと、俺たちは動けなくなったレイチェルを抱え、どうにか後方への撤退に成功した。


 巨大魔獣への即応を求められた討伐部隊は、魔獣の進撃を総力で抑えながら、この緊急事態を各地へと伝達することになる。

 その後は、撤退戦においてしんがりを務めた部隊が、どうにか魔獣の行動パターンをある程度まで絞り込み、そうして三チームによるローテーション作戦の構築が完了した、というわけだった。


 レイチェルが言う。


「まあ、そうじゃな。あれほどの出力をカマしたのは初めてじゃったが、おおよそ『こう』なるであろうことは、予見しておった」


「だったら気軽に使うな。そもそも俺は……」


「今回は使う気がなかった、じゃろ?」


 レイチェルが、俺の言葉を見透かしたかのように笑う。


「は、日和りおって。だからこそわらわは、わらわの目的をお主にすら隠しておったのじゃ。名声を得るには、多少の無茶は必須であると思っておったからな」


 レイチェルの目的。

 つまりは、「スターオリオン」における、己が名声の復権だ。

 それは、当初レイチェルが話していた「『天覧武装』という大戦力を開拓に役立てる」という目的とは、いささかゴール地点が異なるものだった。


 要は、「貢献」という手段こそがレイチェルの目的だったのだ。

 ゆえに、一時撤退を選ぼうとした俺と「名声」を欲したレイチェルの行動は相いれず、あの場での「天覧」の強制解放へと至った。


「大体、お前が王族であることも、『それ』もってることも、バレたらまずいからこそ本名も翼も隠してたんじゃねェのか。それを自分からぶっ放してりゃァ世話ねェや」


「ま、バレたらバレたじゃ。あそこで魔獣を消し飛ばせていたのなら、その場で大々的に公表するつもりじゃたし」


「具体的にはなんて?」


「『たった今魔獣を打ち倒したわらわの名は、レイチェル・スターオリオン! かのスターオリオン家の正当なる嫡子にして、天覧武装をこの身に宿すものである! 平伏せよ! 感嘆せよ! なおわらわの出自と天覧武装の詳細、また今後の戦力としての運用と貸し出しについては我らがギルドマスターが詳しいのでそちらに問い合わせを、あー、だめですだめです、取材はマスターを通してくださいサインは可ー』」


「手間ばかり増える展開で結構だ」


 実際問題として現状、レイチェルが「天覧武装」を宿すことは、誰にも露見していない。

 

 割と派手にぶっ放してはいたが、実際の魔獣へのダメージが皆無だったこと、皆それどころじゃなかったこともあって、あの『光』は魔獣による攻撃行動の一種だと認識されていたのだ。


 それ自体はそれでいい。

 レイチェルの『天覧武装』は、しかるべき場所、しかるべきシチュエーションで明かされるべきなのだから。

 しかし、


「現状、そうのんきなこと言ってもいられなくなってきたぞ」


「ぬ? 何かあったのか」


 横になったまま、レイチェルが怪訝そうに眉をひそめる。


「前線が負けた。残りの『虹』武装が、十本を切っている」


 具体的には、Aチームの七本とB・Cチームの残り二本、計九本だが、後者の二本も万全の状態とは言いがたい。

 一応、各地ギルドからの増援を要請しているところだが、「虹等級」という貴重な戦力は、本来であればそうそう動かすべきものではないのだ。


 必然、俺たちは万全な状態にある七本の「虹」武装を使い、戦略を組み立てることになる。


 だが、そこにレイチェルの「天覧」が加わったならば、できることの幅は途端に増大することになる。

 これを申告するかどうかで、この戦場、ひいては大陸の運命をも左右することになりかねないのだ。


「ううむ、それは悩みどころじゃのう。もしもこの場を、『天覧』使わず切り抜けたとしても……」


「後で公表した時、『早く言えよ!』とバッシング受ける羽目になる。まァ俺はそれでも別にいいんだが……」


「だめじゃだめじゃ、わらわはともかく母上に迷惑がかかることになる。なれば……致し方なし、かのう」


 そう言ってレイチェルは、担架の上で、よいしょ、と上半身を起こした。


「動けンのか」


「動けんが、動こう。『これ』を公表する以上、目的を達するためには、わらわが誰よりも戦果をあげる必要があるゆえに、な」


 と、その時だった。


「あぁああアアアアァァ………………」


 遠く、森の木々をかき分けるようにして、何か動物の叫び声じみたものが響いてきた。


 無論、ノエルである。いや「無論」という言葉をこの場この状況で妹に使うのは兄的にどうなのかとは思うが、ともかくノエルであった。


「ニキぃーーーーーーーーーーーー!」


 木々の隙間、夜闇に包まれて数メートル先さえ不確かな中から、まるで湧くようにしてノエルの姿が現れた。


 ポーズで言えば走り幅跳びのそれで、速度で言えば攻撃行動のそれで、角度で言うなら、およそ仰角22度。


 要は、俺へと向けて人間の形をした砲弾が撃ち込まれてきた形である。


「ふ」


 俺は、もはや叫びですらない呼気の声をその場に残し、ノエルと共に夜の森をバウンドしながら転がっていった。


 》


 森の地面に仰向けで転がった俺の腹上、そこに馬乗り状態になったノエルが、テンション高く聞いてきた。


「アニキ! 急いできたよ! えらい!?」


「えらいぞ、あァ、えらい。だが一応預金口座と遺言状の入った貸金庫の暗証番号を聞いてくれっか」


「三桁以上は覚えらんないけど」


「大丈夫だ、お前なら剣一本あれば開けられる」


「それ、銀行強盗って言うんじゃないかのう」


 それはそうだ、と思ったので、俺はノエルをどかして立ち上がる。

 俺は完全に森の地面にしゃがみ込んでしまっているが、一方のノエルは膝立ちになってこちらの言葉を待っていたため、目線の高さは合っていた。


「で、どうだ? ルルドの様子は」


「嵐の前の静けさ、って感じ。お店とかはまだやってたけど、何かひとつきっかけあったら、皆一斉に逃げ出しちゃうんじゃないかな」


 ルルド、とは街道沿いにある、この辺りでは一番大きな集落の名前だ。


 そこそこの気候の中、そこそこの平地に位置し、そこそこ人が集まってそこそこ街道からのアクセスがいいため、そこそこ宿場町としての需要がある。

 また、何気にこの辺りの「討伐」が完全完了したのはここ数年のことであるため、常駐している衛兵や開拓者の練度が高く、治安が飛び抜けていいのも、この町の特徴のひとつであった。


「増援は?」


「多分だめ、かなー。はっきりとは言えないけど、やっぱ住民の混乱を抑えるのに精一杯、って感じで」


 俺は、B・Cチームが敗走した、という連絡を受けてすぐ、ノエルをルルドへと送り、その様子を報告してくれるように頼んでいた。


 ノエルの戦種は武具闘術師だ。

 それは、素の体力であれば闘気法使いの次に信頼がおけるものであるし、夜の行軍であっても、速度は転移門以外の移動手段を凌駕する。


 ゆえに俺は、ルルド、ひいては大陸各地からの援軍が、もしかしたら近くまで来ていないだろうか、ということを──希望的観測であることは重々承知の上で──ノエルに確認しにいってもらっていたのだ。


 とは言え、


 ……あながち希望的観測でもねェんだが、な。


 そうだ。「来ていない」はずがない。


 最初は不思議に思った。

 なぜこんな美味しい戦場に、「お前」が来ていないのかと。


 マティーファは、「あの方は忙しいのよぉ」と訳知り顔で言っていたが、あれはおそらくマティーファも、なにも聞いてはいないということなのだろう。


 だが、ことここにいたり、「大陸未曾有の危機」なんていう絶好のシチュエーションが揃い、お前がこの場所へと顔を出さないはずがない。


 ノエルが言った。


「ただ」


 ただ、


「猟師のおっちゃんがボヤいてた。ルルドの北側、なんかでっけー河があるらしいんだけど」


「メグー川」


「そう、そんなん。そこの魚がね、今朝から全然獲れなくなっちゃった、って」


 それは、普通に考えたなら、あの大魔獣が原因だろう。

 環境を変え、あらゆる生物を脅かし、食物連鎖の頂点に立つのではなく、その「連鎖」自体に介入し、破壊し尽くしてしまうのが魔獣という生き物だ。


 あの大魔獣の討伐自体は極秘任務であったが、出現の兆候は二週間以上前から観測されていたのだという。


 その影響が今朝になって、唐突な不漁として現れた、というのは、なにも不自然なことではない。


 だが、俺たちには。「あの男」と誰よりも深く関わってきた俺たちには、その現象を、より明確に、より論理立てて説明することができた。


「これ、来てる、よね?」


「……あァ。間違いなく、な」


 最新の英雄。

 黄昏の勇者。

 虹の武装を持ち、それ一本で己がギルドを大陸第四位まで押し上げた、俺たちとは比べるべくもない、真なる英雄が。


 こちらへと、向かってきている。

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