第3話 道化師の悪魔は
私はバスに乗り、教えられた病院へと向かっている。窓枠に肘をつき、外を見る。
どうやら梅雨が明けたようだ。
だけど、私の心は晴れてはいない。
私の隣に住む大親友が襲われた。
――ちょうどタイムリープの最中だった。
重傷とはいえ、命に別状はないのが救いだった。しかし、犯人が分からないのが私の心の曇りである。
まず、不可解な点が三つある。
一つ目は、彼に恨みを持つ人間がいないことだ。
警察の調べでは、彼の人間関係は極めて良好であり、動機が分からないそうだ。
私自身も、彼の明るい性格に嫌悪感を抱く人間はいないと考えている。
二つ目は、犯行現場が彼の部屋の玄関であることだ。
一つ目の理由から、犯人は通り魔で赤の他人である可能性が高い。
このマンション付近で、不審者の報告が何件かあったのを思い出す。
なのに、彼は犯人を招き入れた――これは不思議である。
警察の事情聴取に彼はこう答えたそうだ。
「確か夜頃に、誰かが部屋のドアをノックしてきたんですよ。誰や、って聞いたら俺の知り合いやって。でドア開けたら、知らん奴がいて、いきなり突き飛ばされて玄関先の革靴でタコ殴りですよ。そこからは気絶して覚えてないっす。犯人の顔は忘れた」と。
これが三つ目だ。彼はなぜか嘘をついている。
――犯人は彼の知人かもしれない。
彼はいつもチェーンロックをしている。
犯人が赤の他人だったら、ロックを外しはしないだろう。
……ということはだ。彼に恨みを持つ知人がいた可能性がある。しかも彼の住所を知っている。
……それなら、犯人は彼の隣人だろう。彼に何かしら恨みがあったのかも。
私はマンションの隣人の顔を一人ずつ思い浮かべた。
「犯人が彼の隣人としても、変である」これが一番の問題だ。
――彼は犯人を守ろうとしている。嘘をついてるし、犯人についてあまり語らない。
全く訳が分からない。彼は犯人に弱みでも握られているのだろうか……混乱してきた。
もし私の仮説が正しければ、と考えてみる。悪寒が背中をゾクゾクと這いずり回った。
――「あのマンションには悪魔がいる」
それも、私の平穏な日常を壊すほどの。
誰だ、誰なのだ。
私の隣人は彼も含めて皆いい人だ。その中に『道化師』がいるというのか。
道化師の悪魔がいるなら――お前は巧妙である。私の大親友を手玉に取り、嘘をつかせたのだから。彼の弱みも握っているはずだ。
お前は私達を知っている。
だが、私はお前を知らないのだ。今日も良き隣人を演じ続けていることだろう。私もまた、お前の手玉にすぎないのだ。
――バスが目的の停留所に着く。降りる。彼がいる病院を見る。決意を固める。
聞け、いるかも分からない道化師の悪魔よ。
「私は決して怯えない」
そう呟いた私は、足早に彼の病床へと向かった。
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