EP11:お寝坊さんな【眠り姫】

「………」

すぅ…… すぅ……」


 現在は朝の十一時。この一週間で、昼夜の感覚がおかしくなった少女がここに一人。

 未だに掛け布団の中で身を丸くしている藤堂瑠依とうどうるいを見て、僕はため息を吐いた。


 瑠依は、課題のない冬休みなのをいいことに先週からゲーム三昧の日々を送り始めた。

 瑠依がゲーム好きなのは少し意外に思ったし、それもまさかこうなるまでとは、ね。


 別に、僕には人の好きな物を貶す趣味はない。寧ろ尊重してやるべきだと思う。

 これは反面教師、という言葉が似合う方法で身についた思考だけど、それはまあいいや。


 でも、だからといってそれとこれとは話は別。あと冬休みは二日で終わるというのに、この状態は頭を抱えたくなってくるね。

 今日、明日で無理矢理治さなければならないため、現状時間が経たぬ内に起こそう。


「瑠依、あ──もう昼になるよ、起きて」


 クイーンサイズのベッドの縁に座り、僕はそう言いながら瑠依の肩を遠慮がちに叩く。

 朝、といいかけたけど、あと一時間で変わるのにそれは適切ではない。本当にこの子はどれだけ寝るんだろうか。


 そんなことを考えながらも「瑠依、瑠依」と覚醒を促そうと僕は肩叩き?に励む。


「んんぅ〜…… すぅ……」


 しかし、一度唸ったものの瑠依はすぐに小さな寝息を立て始め、安心しきった顔を浮かべる。

 眠りはそこまで深くはないようだけど、とても幸せな気持ちでいるようだ。


「………」


 最近だと悪夢しか見ない僕に対してこの態度……少し、こめかみに来るものがある。


 ……いや、まあ、自分でも完全に八つ当たりだってことは分かってるよ。瑠依はそんなこと、知るよしもないんだしね。

 だけど、それでも無意識に身体や心が反応してしまうのが人間のサガなんだ……


 というわけで、安らかに眠っている瑠依に何かイタズラをしてみようか、と思う。

 さっきは遠慮がちに瑠依の肩を叩いてたけど、もういい加減これは克服しておこう。


 しかし、まだ案は何も出ていない。

 何か良さそうなイタズラの案は無いか、と、僕は瑠依の顔を見て意識を脳に預けた。


「………」


 ……綺麗な寝顔だ、と思った。


 相変わらず綺麗な肌に、気づきにくいけどほんのりと桃色に染まる健康的な頬。

 触り心地が良さそうで、頬に関しては柔らかそうだ。指でつついてみたくなる。


 アーモンドアイの目が閉じて強調される長いまつ毛。つん、とした小さい鼻。

 鼻は可愛らしくて他のパーツを綺麗に見せてて、長い前髪が少しかかっているまつ毛はえも言われぬ良さがある。

 

 ……そして一番目が吸い寄せられるのは、幸せそうに弧を描くぷっくりとたわむ唇。

 その唇を見るだけでこちらも幸せな気持ちになるし、なにより、おいし──


「はぁ〜……すぅ〜……」


 反射的に片手で両目を塞ぎ、汚れた心を浄化しようと深呼吸を繰り返す。

 ここでどうでもいい雑学だけど、深呼吸する時は吐いてから吸う方がいいらしいよ。


「………」


 ……何をやっているのだろう、僕は。

 先程遠慮がちだったけれど、こんな心があるなら更に強化した方がいいのかもしれない。


 まあ、待とう。まだ僕は何もしていない。理性をフル稼働させるんだ。


「はぁ〜……すぅ〜……」


 ……正直、ここで引かない時点で僕はどうかしているのだろう、と後々思いそうだ。

 だけど、今の僕は止まりはしない。こめかみの気持ちを、無駄にするわけには……


 再度深呼吸をして、僕は瑠依の寝顔に意識を吸い込まれないよう対策を済ませる。


 再度、僕は瑠依の寝顔を視認する。

 イタズラは……先程の、ソフトなものだけを採用しよう。まず、一つ目のもの。


 僕は瑠依を見ながら、右手の人差し指を立てて体の前に構える。

 しかし、欲望理性が働いてるのか右腕はこれでもかと震えていた。僕は右腕を左手で掴む。


 やるんだ。瑠依の頬を、この人差し指で。


「………」


 ゆっくり、ゆっくりと。そして確実に、その頬へ人差し指を近づけていく。


すぅ…… すぅ……」


<ぷにっ>


 ……つついた。この健康的で柔らかそうな頬に今、僕の人差し指が沈んでいる。

 柔らかかった。そのまま、何度も何度も指を押し込みたかった。それほど柔らかい。


 ただそれでも、瑠依の寝顔はその綺麗さを失わない。寧ろ、まぬけっぽくなり可愛さを引き立たされたまである。

 特に、頬と同じく変化したところがなんとも絶妙なバランスを取っていた。


 目はパチクリと開いたり閉じたり繰り返されており、それがこれまたまぬ──


「………」

「………」


 そのまままつげ……だったはずの方へ視線を移すと、目が合った。

 誰なのか、と訊かれれば、まあ……一人しかいない。


「氏優くん、えっと……なにしてるの?」


 瑠依は、困惑を隠しきれない様子でそう尋ねてきた。頬は、僕の指が沈んだまま。

 僕は、頬に人差し指を沈めたままフリーズしてしまう。状況に追いつけない。


「……ん?おーい、氏優く〜ん?」


 僕の異変に気がついたのか、瑠依が僕の顔に手を掲げて左右に振る。

 僕はそれで正気に戻り、瑠依の頬から人差し指を離し、そのまま後ろに下がって直立。


「すみませんでしたっ……!」


 そして、勢いよく頭を下げたのだった。

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