EP8:話しながら【食事会】

「<ごくん>……それにしても氏優くん、本当に大きくなったね。身長どれくらいなんだい?」


 ''めでたい''の鯛を飲み込みながら、お義父さんはそう切り出してきた。


「180cmくらいですかね」


 あまり身長の話をするのは好きではないけれど、僕は顔に出さず素直にそう答える。

 僕の答えを聞いて、お義父さんと幼馴染の藤堂琉依とうどうるいは目を見開く。


「今高校一年だよね?高いなあ……」

「うんうん、運動部とか入ってるの?」


 コクコクと無邪気に頷く琉依の質問に、僕は首をゆるゆると横に振る。


 「勿体ないなあ〜」と残念そうだけど、運動はそんな得意ではないし……人間関係がね。

 後者についてもあまり話したくはないし、運動神経の方で誤魔化しておくけど。


「そんなことよりも。先程はなんだか本題を渋っていましたが、何かあるのですか?」


 あまり深く掘り出したくない話題を切り、僕は微かに考えてたことを訊いてみる。

 『挨拶』としか聞いてないのだけど、何かありそうだから先に聞いておきたい。


 するとお義父さんは''邪気払い''のかぶを飲み込み、ニヒルに笑ってから口を開く。


「よく観察しているね。……が、そう重い話ではないよ。今後のことについて、詳しくね」

「……それは琉依に聞いたのですが」


 昨日一日で叩き込まれたね。

 ……色々と、危ないところまで。


 若干遠い目になってそう言うと、それに気づいたのかお義父さんは「ははは」と愉快に笑う。


「なにやら大変なことにあった目だね。まあ、琉依が説明したよりも少し具体的にだよ」

「……お父さん」


 ニコリと笑ってそう言うお義父さんに、何故だか琉依がジト目で見据える。

 「分かってるよ」とお義父さんが頷いてるけど、他に何かあるのかな?


 しかし、それが明かされることはなく。

 お義父さんは「まず、生活について」と説明を始めたのだった。


「仕送りをするとは聞いたと思うけれど、具体的にはどれくらい必要だと思う?」


 ……疑問形?


 意図がわからず、僕は首を傾げる。

 ……とりあえず、真剣に考えてちゃんと答えるべきだよね。


 ………。


「家賃や光熱費、教育費は込ですか?」

「ん?ああいや、それは抜きだよ。他の生活費や、のお小遣いで考えて欲しい」


 ──……え?『二人』?

 僕は耳を疑った。目を見開いて、お義父さんを見る。


「僕なんかにもお小遣いがあるんですか?」

「……ん?当然だろう?」


 当然なんだ……

 お義父さんの言葉に心底驚きつつも、僕は頷いて計算を始める。


二人暮しの食費 の平均が約5万円、 必需品で7000円 とかで、衣類は……


「おお〜すごく律儀。そして物知り」

「まあ、その分将来に期待ができるってことだろう?」

「……うん」



 □



「──先程の出費を抜きにするのなら、少し余裕めで15万円ってところですかね?」


 いつの間にか顎に添えてあった手を戻し、無意識に閉じていた瞼を開いてそう答える。


 ……あーでも、もしかしたらちょっと少ないかもしれないな。

 琉依が衣類や化粧品をどれだけ購入するか、予想が難しかった。


 少し不安になっていた僕だけど、お義父さんの方は満足ほうにうんうんと頷いていた。


「金銭感覚は悪くないし、琉依側の費用への配慮も完璧だ。お見事だよ」

「は、はあ……ありがとうございます」


 褒められた理由がわからず、僕は首を傾げつつも頷く。先程からなんなのだろう。

 まあとりあえず、聞いたところ琉依が使う費用の予想は当たっていたらしい。


 ……と。そういえば、あまりお節が進んでないからお腹が空いたな。

 僕は''金銀財宝''の栗きんとんを摘んで、口に放り投げた。


「とりあえず仕送りは20万円にしておくね。

 もう既に口座に今月分は入れたから、それを上手く駆使して、余ったら貯金でいいよ」


 「はい、カードね」と、お義父さんは僕にデビットカードと通帳を手渡してきた。


 ………。えーっと……。


 僕は隣で''家族縁''の筑前煮ちくぜんにを食べてる琉依に、困惑気味にその二つを掲げる。


「これ、どっちが管理するの?」


 僕の問いに、琉依は「ん?」と筑前煮を頬張ったまま振り向く。ちょっと可愛い。

 <ごくん>と琉依は筑前煮を飲み込み、「んー」と箸を顎にあてて上を向く。


「……食費と日用品とかように共同の財布作って、二人で管理するのはどうだい?」


 「家計簿も駆使してさ」と、どこから取り出したのか家計簿を掲げるお義父さん。

 ……それなら、と僕は琉依に視線を向けると、琉依も頷いていた。


 ……些か思うんだけど、これって食事の場でやるべきやり取りなのかな?

 いや、今更だけどさ。


「あと、バイトは私から禁止するよ。その分、趣味やら勉学やらに費やしなさい」


 また意図が分からなかったけど、お金は充分もらえているし僕はすぐに頷く。

 そもそも、人間関係を上手くできない僕にバイトは不向きだけどね……


 琉依も不満は無いようで、''学問成就''の伊達巻を頬張って頬を緩ませている。


「……まあ、言うてこれくらいか。……あ、でも、学校関係で一つ。成績はどんな感じ?」

「あー……ちょっと失礼しますね」


 僕は箸を置いてから席を立って、棚に入れてあっま成績表を取り出す。

 席に戻ってから、その成績表を開いてお義父さんに渡す。


「おぉ、実技とかはバラバラだけど、五教科の評点はオール5……ん?」


 成績表を確認するお義父さんは最初、感嘆の声を上げたけど……首を傾げる。


 その理由に心当たりがある僕は、背中に冷や汗を書いていた。

 お義父さんは、僕の両親があまり関心を持たない項目を目にしているのかもしれない。


「……氏優くん。君、定期テストの点数をコントロールしていないかい?」

「………」


 全くもって図星だった。確かに僕は、定期テストの点数を調整していた。

 ……具体的には、81点に調整。


 それを見たお義父さんは、胡乱な目で僕を見てきている。

 ……僕は、俯いて奥歯を噛み締める。


「……偶然ですよ。僕の運って凄いんです。

 昨日引いたおみくじだって、去年まで毎年大凶でしたからね」


 冷や汗をかきつつ、僕は笑って誤魔化す。

 あまり、これを追求されたくはない。


「……そうかい」

「──……!」


 あからさまに恍けていたのに、お義父さんはそう言ってニコリと笑う。

 「これくらいかな?」と言っている辺り……もう、探っては来ないようだね。


 と、そこで僕は咄嗟に隣を見る。

 隣の琉依は、また呑気に伊達巻を頬張っていて……僕は、安堵の息を漏らす。


 ……同時に、僕は驚いた。


 いつのまにかもう、琉依を家族判定にしていることに。

 自分のことを、自然と隠すようになっているということに。


「……そうですね」


 自分の変化のに内心苦笑しながらも、僕は笑って頷く。

 この変化は良いんだが、悪いんだか……


「はい。じゃ、これから娘をよろしく。そして頑張れ、氏優くん」

「はい、ありがとうございます」


 そして僕とお義父さんは、一緒に''見通し良き一年''のれんこんを口に放り込んだ。

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