EP5:受け入れる【変化】

 初詣に行くことになった僕は、パーカーの上からピーコートを羽織った。

 僕はそこまで冷え性でも無いため、これだけで防寒対策は大丈夫。


 そんな僕に対して、一緒に行くことになった幼馴染の藤堂琉依とうどうるいはというと。


「じゃ〜ん!」


 腕を横に広げてそうニコリと笑う琉依。

 その姿は、まさかの晴れ着姿だった。


 桜色の下地に、ピンクや赤の様々な花の模様がが散りばめられ、防寒のための白いファーも含め派手で可愛らしい。

 そこに黒い帯という、大胆なコントラストも絶妙でとても似合っていた。


 プラスして、セミロングの茶髪は高い位置で纏められており、着物と同じく赤い花のついたかんざしが刺されている。

 琉依の整った顔も相まったあどけなさと、普段見ない新鮮さはとてつもないね。


 まあ、どこから出したのかは少し疑問ではあるんだけど。


「似合ってるね」


 脳内で感想をだしつつも、僕はシンプルに褒めた。すると、琉依はにへらと笑う。


「ありがと。良かったらだけど、氏優くんも振袖着る?」


 あるんだ、とは思ったものの、僕は首を横に振った。


「遠慮しとくよ」

「そっか、残念。じゃ、いこ?」


 理由を訊くことはせずに、琉依は僕に手を差し伸べてきた。

 どういう事だろう?僕が首を傾げると、琉依が微かに眉を寄せて僕の右手を取った。


「え?」

「いこ!」


 どういう訳かわからず首を傾げたままになっていると、手を引っ張られる。

 ……この疑問、本格的に気にしないようにした方がいいかもね。


 そう考えながら、僕は琉依のなすがままに神社へと連れていかれた。

 あ、マスクは忘れずに、ね。



 □



 何故か琉依に手を握られたまま、近所の神社についた。


「多いね〜」

「………」


 ………。


 ……外まで伸びる列を見て、琉依が少し驚いてそう言った。


 その列の人たちも、晴れ着姿の琉依が晴れ着姿が目立つのかこちらを見ている。

 それとも、マスクで隠れていない部分でも琉依の美少女さがわかるのかな?


 そんなことを考えつつも神社の中の様子を見て、僕は小さく口を開く。


「去年よりは驚くほど少ないけどね」

「あ〜やっぱり?」


 僕は頷いた。まあ、例の流行ウイルスがあるしね。

 そして、二人でその最後列に並ぶ。


 ……そういえば、琉依が看病しに来た時ってマスクしてなかったけど、なんでだろ。


「あ、看病の時マスクしてなかったのは氏優くんに思い出してもらいたかったからだよ」

「え?……そ、そう……」


 心を読まれた……!?

 琉依の言葉に目を見開いてく僕を他所に、琉依は頬を膨らませ唇を尖らせる。


「結局、思い出して貰えなかったけどね」

「……さすがに10年越しだと分からないよ」


 それほど琉依は綺麗になっていた。

 でも、雰囲気は少し覚えがあったけどね。


「あはは、わかる。私もパッと見じゃわからなかった」


 ……いや、瑠衣もわからなかったのかい。

 思わずすっ転びそうになった。


 そうこう話している内に、僕達はあっという間に賽銭箱前についた。


「氏優くんは何円入れるの?」

「10円」


 瑠衣の問いに手を離してから手袋を外し、五円玉を二つ取り出しながら答える。

 すると、琉依に首を傾げられた。


「僕にも琉依にも、ご縁がありますように」


 ……僕にはいらないと思うけどね。

 そう思いながら答えると、琉依の顔が赤らんでいるのに気づいた。……寒いのかな?


「……手袋いる?」

「え?あ、ありがと……」


 迷惑かな、と遠慮がちにコートから予備の手袋を取り出して瑠衣に差し出すと、素っ頓狂な声を上げて瑠衣は受け取ってくれた。


 僕は瑠衣が手袋をつけるのを後目に、二つの五円玉を賽銭箱に投げ入れる。

 瑠衣は付けた手袋を外し、五円玉を慌てて二つ取り出してそれを賽銭箱に落とした。


 僕の分もかな。そう思ったら、無意識に頬が緩んだ。


「………」

「………」


 僕達は二礼二拍手一礼をする。

 僕は、これから変化する僕たちの平和と幸運を願った。


「ふ〜……氏優くんは何をお願いした?」

「……別に言ってもいいけど、わざわざ言ったら叶わないって言わない?」


 瑠衣は天を仰いで考えた様子を見せると、何故か勢いよく首を横に振った。


「そ、それもそうだね!」

「うん」


 なんだかまた琉依の顔が赤くなってるけど、大丈夫なのかな?


「氏優くん、おみくじひこ!」


 そんなことを考えていると、近くにあるおみくじ販売店を見て琉依がそう言った。

 「わかった」と頷き、百円玉を取り出しながら販売店の方へと向かう。


 巫女服の店員にお金を払って、おみくじの紙を二つ貰う。

 去年までは筒を振るものだったんだけど、ウイルスの対策なのかそれはなかった。


 僕達は邪魔にならないよう販売店から少し離れてから、おみくじを開く……あれ?


「氏優くんは何だった?」

「末吉……」

「えっと、微妙なところ引いたね……」


 「え?」と僕は首を傾げる。


「僕これまで大凶しか引かなかったし、かなり良い方だと思うよ?」


 琉依はそれを聞いて「え!?」と驚く。

 それから、肩に手を置かれて「ドンマイ」と何故か励まされた。


 首を傾げながらも、「琉依は?」と訊く。


「大吉!去年小吉だったから大幅アップ!」

「おめでとう」

「ありがと!……あ、そういえば小吉と末吉ってどっちの方が上なの?」


 忙しいな、と思いつつも「小吉」とまず僕は答えた。

 口を開きながら、脳に詰め込まれた知識を思い出していく。


「たしかに、この二つは分かりにくいところはあるけど''末''は最後って意味だしね。


 余談なんだけど、[中吉]と[吉]の順。中吉は吉の半分って意味だから、吉が上。

 場所によっては中吉が上らしいけど、この神社だと吉が上と聞いてる」


 そう説明すると、琉依は「ほへ〜」と感嘆の声を上げた。


「ものしりだね〜」

「僕は勉強くらいしかできないから。……ごめん、少し話しすぎたね」


 「大丈夫」と、琉依はニコリと笑った。


「ありがとう」


 人生で一番良い結果だったので、僕達はおみくじ結ばずに神社を後にした。

 ……列に並ぶ前に目が合った男、たしかクラスメイトだったな、と思いながら。



 □



 ……さて。


 家に帰ってから手洗いうがい、そして歯磨きを終わらせたのはいいのだけど。


「……本当に一緒に寝るの?」

「う、うん……」


 ベッドを前にして恐る恐る聞くと、琉依は顔に真っ赤にして頷いた。


「……わかったけど、瑠衣は大丈夫?」

「……うん、大丈夫……」


 異性と二人で寝ることに対して心配で訊くと、琉依はやはり顔を真っ赤にしている。


 あまり大丈夫には見えないけど、それならと僕は布団に腰を下ろす。

 すると、琉依も反対側に座った。


「……ベッド、思ったより広いね……」


 琉依との距離を見て、僕はそう呟いた。


 ベッドは所謂クイーンサイズだった。

 部屋の広さにはまだ余裕はあるけど、琉依の家は本当にお金持ちだなあ……


 琉依は「そうだね……」と弱々しく相槌をうち、そのまま掛け布団の中に潜った。

 それを見て、僕も琉依に背を向けて掛け布団に潜る。


「おやすみ……」

「……うん、おやすみ」


 静かにそう交わして……たちは意識を宇宙へと委ねる。


 寝る時くらい、素でもいいだろ?


 ……あーでも、なんだか寝にくいな。


 瞼に込み上げてくるものというのもあるが、琉依の息遣いが聞こえてくるんだよな。

 クイーンサイズといっても、二人で寝る分には近いには近いし。


 別に、それがうるさいという訳では無いんだが、なんだか寝にくかった。

 ……まあ、理由はわかりきっている。これもさっきみたいな''困惑''と一緒だ。


 これを積み重ねて、望まない感情にならないよう気をつけなければな。



 □



すぅ…… すぅ……


 ……数分すると、琉依は眠りについたのか安らかな寝息が背後から聞こえてきた。


 俺と同じく、緊張していただろうに。それほど疲労もあったと予想できる。

 あんなに元気に笑っていたのに、無理をしていたのだろうかね?

 ……まあ、そんな琉依を労う余裕など今の俺には持ち合わせていない。

 琉依が寝たことを認識した俺は、いつまでたっても止まることのしらない涙を流していた。


「──ぅ……くっそ……」


 ははっ、クイーンサイズに合わせられたせっかくのシーツが濡れてしまうな……

 が、止められない。止めることができない。思ったよりも、ダメージを受けていた。


「……──!?」


 しかし背後から視線を感じて、俺は切羽詰まった顔で勢いよく振り向いた。

 ……が、見えたのは仰向けで安らかに眠っている瑠衣の顔だけだった。


 色々と噂にされ過ぎたせいで視線には敏感になってしまったが、気の所為も多いのかもしれない。

 こういう境遇から抜け出すのを諦めている自分が、なんだかバカバカしくもなる。


「……はあ」


 ……涙のことは別として、生活の変化というものは中々疲れるものだよな。

 瑠衣の寝顔を見て、俺はそう思った。


 ……別に、嫌ではない。琉依の存在は既に掛け替えのないものになっている。

 ……そのおかげで、俺は自殺をしそこねていたりするしな。


 それでも、やはりお父さんとお母さんが居ないというのは実感してしまう。

 ……なんで、俺だけが生きてたんだ。


 ……はあ、やめよ。琉依がいるから、[死ぬ]という選択肢はもうなくなっているだろ。


 俺、楠葉氏優くずはしゆうは、[変化]を受け入れるために考えるのをやめ、眠りについた。

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