デウス・エクス・マキナ

吉田優蘭(ユーラ)

プロローグ

 【無知な人間はいつでも自分の理解できないことを称讃する。】

  ――― チェーザレ・ロンブローゾ ―――


 なぜ人は、理解できないことから目を背けるのだろう? それは恐怖。

 自分の住む世界より遥か高い世界の言語など、意味不明、理解不能。


 されど、人の身に過ぎぬ己の解釈など”おこがましい”と、畏怖の象徴として崇め、敬うだろう。

 触らぬ神に祟りなし。我関せず。別世界の出来事。


 なぜ人は、無知であることを享受してしまうのだろう? それは驕り。

 自分とは何ら関わりの無いものに対しては無関心で無頓着。


 されど、己の見識が世界の全てだと”思い込んでいて”、自らが無知であることすら自覚していないだろう。

 全知全能の人間など、この世には存在しない。


 【それを受け入れないかぎり、何も変えることはできない。】

 【非難は解放にならず抑圧する。】

  ――― カール・グスタフ・ユング ―――


 ああ、分かっている。

 俺は無知だ。何も知らない。何も、知らなかった……。

 ただ嘆いても。ただ叫んでも。ただ、声を荒げても……。


 今更、起こってしまったことを受け入れたくなくて拒否しても、それは無意味で悲しい当て付けでしかなくて。

 それは、どうしようもなく、俺を苦しめ縛り付けただけ。


 もう、誰も居ない。俺の周りには誰一人。父さんも、母さんも……。

 広海も……ッ! 俺だけが、残ってしまった―――。


 【あなたの強さは、あなたの弱さから生まれる。】

  ――― ジークムント・フロイト ―――


 分かったよ、おっさん。ようやく、分かったんだ―――。

 俺が何をすべきなのか。俺が、やらなきゃいけないこと。

 俺にしか出来ない罪滅ぼし……。


 もう戻れないあの日。全てが始まったあの村で、一体何があったのか。

 ヤツを、暴く―――。それは単純に、犯人を見つけ出すことだけじゃない。


 どうして惨劇が起きてしまったのか?

 どうして7日間も繰り返されてしまったのか?

 どうしてヤツは、犯行を犯すことになったのか?

 村を取り巻く因習、信仰、儀式。何がこの村を、ヤツを凶行に駆り立てたのか?


 その”全て”を、暴く―――。

 その為に俺は、7年もの間を独りで生きてきたのだから。


 俺の名前は、吉田翔平。大学では心理学を専攻している。

 7年前、この村で相次ぐ失踪と殺人が起こった。俺はその渦中にいて全てを失った。

 俺は知りたい。7年前のあの日、この村で何があったのか。


 神なんて認めない。この世は人の世、全て人の犯行で証明出来るはずなんだ。

 もしも神が居たとして、俺がそいつを暴けたなら、引導をくれてやる。

 もちろん、犯人を見つけ出してもそいつは解放されない。罪は裁けても、禍根は癒せない。

 非難も当て付けも、解放には至らないからだ。


 7年前の真相。それは、全てを曝け出しこの村ごと諸悪の根源を立ち切る。

 そうでなければ、惨劇は繰り返す。それが出来なければ、俺の独りよがりで終わってしまう。

 何故なら……。俺の心はもう、壊れているから―――。



 ―――しかし、翔平には別の願いがあった。

 それは前意識の中で膨らみ、やがて二つの心を生んだ。

 意識と無意識、自覚と無自覚の狭間で翔平はどちらを選ぶのか。

 そのペルソナは、”オニガミの神隠し”へと繋がっていく……。

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