宇宙人と別れ

 あれから空は、私が何を聞いても答えてくれなくて、私は益々不安を募らせていた。昨日あれだけ派手なことをしてきたのだから、空を連れ帰るためにまた来るかもしれない。

 私はちらっと空の方を見た。初めて来たときとは違って、黙々と授業を聞いている。

 この地球での生活に馴染み始めてきたところなのに、帰っちゃうなんて寂しいよ。空のおかげで、私も毎日が楽しくなったのに。

「明片。おい、明片」

 考え事をしてぼーっとしていた私の頭に、突然先生の大声が響く。はっとして黒板を見ると、どうやら解答しなければいけないようだった。反射的に立ち上がり、

「すみません、聞いてませんでした……」

開けっぴろげに言ったら、方々から笑い声が漏れる。その笑い声は、今までの冷たいものとは違って、温度のあるものだった。

 気を取り直して黒板に向かおうとすると、窓から眩しいくらいの光が差す。手で光を遮りながら、なんとか目を凝らしてみると……あった。テレビの特集や絵でしか見たことのない、典型的なUFOが。丁度昨日の大きな穴のところに。

 しばらくすると、光が収まった。すると、突然空が立ち上がって、勢いよく窓に向かって駆け出した。窓の枠に足を乗せると、そのまま飛ぶように踏み出す。

 ここは三階だ。私は慌てて空の名を叫ぶと、空が飛び立った窓から身を乗り出した。

 宙に浮きながら前へと進んでいく空。その先にあるUFOからは、青く輝く光が3つゆらゆらと出現した。

 このまま、空は連れ去られてしまうんじゃないか……そう思ったらもう、体が勝手に動き出していた。

 私は窓枠に足をかけると、一呼吸する。後ろから赤波さんが叫ぶ。

「ちょっと、何やってんの?ここ三階だよ?遠乃は特殊だから大丈夫だったかもしんないけど、あんたは普通の人間なんだよ?」

 その怒鳴り声からは、心配しているからこその鬼気迫るものがあった。すれ違っていただけで、本当は優しい人なのかもしれない。でも、私は行かなきゃいけないんだ。

「早くしないと、空が連れて行かれちゃう……そんなのは、嫌だから」

 階段を降りる時間さえも惜しかった。もう既に空と青い光は何やら話し合っているみたいだ。

 私は前を見据えると、もう一度空の名を叫ぶと窓枠から一歩踏み出した。教室から数人の女子の悲鳴が聞こえた。

 一気に重力の波にのまれて、下に落ちていく感覚がする。急ごうと思って失念していたけれど、下はコンクリートだ。下手したらけがだけじゃ済まないかもしれない。

 自分がいかに無謀であったか悟った私は、思わず目をつぶってしまう。それなのに、しばらく経っても地面に落ちたような衝撃がこない。恐る恐る目を開けると、身体が宙に浮いている。前方に目を向けると、空がこちらに手をかざしていた。

「何やってるんだ瞳。普通の人間はそんなことしないぞ」

 そうか、空が力で助けてくれたんだ……。思わずほっと力を抜きかけたけれど、すぐに全身にぐっと力を入れる。

「私は普通じゃないもん。だって……宇宙人の、空の友達だから」

 そう叫ぶと、空中を蹴って走り出す。驚くことに、そこに地面があるように普通に前に進むことが出来た。

 そのまま空と青い光の間に立つと、青い光に向かって空を守るように両手を広げる。

「お願い、空を連れていかないで!空は私の大切な友達なんです!」

 そんな私の肩に、空は静かにぽんっと手を置くと言った。

「瞳、すまない……私はもう、帰ることに決めた」

「どうして……」

「これ以上、大切な友の場所を壊されちゃ困るからな」

 苦笑する空に、私は堰を切ったように泣き出す。涙が視界いっぱいに溢れて、空の姿が滲んで見える。

「今までありがとな。それと……あの時も、ありがとう」

 あの時……?疑問に思いながら指で涙を拭う。すると、目の前の空は、あの不思議な仮面をつけていた。あの本をくれた、大切なあの子の。

「もしかして……空だったの?」

 私の問いに、空は微笑みながら静かに頷く。

「私は、約束は絶対に守る宇宙人だからな」

 そうだ、別れを惜しむ私に、あの子は言ったんだ。「また必ず会いに来る」って。「その時は絶対に瞳と制服着て学校へ行く」とも言っていた。あの時の仮面の少女と目の前の空が重なって見えて、再び目頭が熱くなる。

「そろそろ行かないと、だな」

 空の目線を辿ると、青い光が催促するように揺れ動いていた。

 私が何か言おうとする前に空が「じゃーな」と手を振り、何かを言うように唇が動く。そして、青い光となってゆっくりと、他の青い光の下へ飛んでいってしまった。

「空……ありがとう!」

 私は精一杯の力を振り絞って叫ぶ。それに応えるように青い光となった空が微かに動いた。それを合図にするかのように、四つの青い光が一斉にUFOの中へと消える。その現実味のない機体も、昨日の爆音が嘘のように物音一つたてず空の彼方へと消えていってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る