第33話 大戦の足音①


ムー共和国の様に利害が一致し日本やアメリカと手を結ぼうとする国があればそうでない国もある。


この世界ではムー共和国のような科学技術立国は少数派だ。


魔術文明は原始的な文明から中世レベルまでの成長が途轍もなく早く、その過程で発展の遅かった魔術を持たない民族は次々と地上から消し去られたのだった。


この世界は6つの地域に分類されるがそのうち5地域の覇権を握っている国家は魔術文明国だ。


バステリア帝国が滅んでから3年が経った2023年、竹田達の様な民間企業と政府の努力により、ムー共和国をはじめとする東洋世界の科学技術文明国家と旧地球圏の国家は良好な関係を築き、東洋世界が一つの巨大な経済圏となった。


日本では、バステリア帝国との戦いを受け法改正や自衛隊の装備の改革が進んだ。

転移後のムー共和国との出会い、巨大市場の獲得、中国韓国との地球一周分の距離的な離れにより日本の産業はかつてないレベルで好景気となり1980年代の好景気以降、経済的にパッとせず防衛予算や科学技術分野への予算配分がおざなりにされてきたが防衛予算は1.5倍、科学技術研究費は2倍にまで伸びた。


多用途護衛艦いずもの固定翼機運用能力付与工事と慣熟訓練が完了し、同型艦のかがも固定翼機運用能力付与が決定し目下工事中だ。


法整備面では、やはり特筆するべきは憲法9条の改正だろう。自衛隊が明記され、集団的自衛権の保持も認められた。そしてバステリア帝国の件で国家存亡の危機を感じた政府は先制攻撃についても合法、違法をはぐらかした。そして同盟国に限定して国産兵器の輸出も容認される事となった。


ムー共和国の方もただ旧地球圏の経済圏にただただ呑み込まれた訳ではなく様々な物を輸出している。輸出品目の中で最も割合いが大きいのは航空機とその部品、そして戦艦などの大口径砲を積んだ戦闘艦だ。

安価なレシプロ機は経済規模が小さい国家で対テロ戦用の軽爆撃機として人気の売れ筋だ。もちろん、これまでの輸出用のモンキーモデルなどではなく注ぎ込める技術をありったけ注ぎ込んでいる。それでもやはりエンジンはアメリカ製かイギリス製の物を輸入し搭載している。

艦船での売れ筋は高価な戦艦ではなく、一万トン程度で高初速砲を積んだ巡洋艦だ。別に、どの国も大砲で撃ち合おうと言うのではない、地上部隊の支援用にと考えた訳だ。


2022年にはハワイ沖で開催されたリムパックに共和国海軍の主力艦隊を送り込みその中心たる戦艦群は駆逐艦が主力の現用艦たちに堂々の威容を示した。

逆に実弾訓練では米海軍と海上自衛隊の艦艇から発射されたトマホークに度肝を抜かれた。


現在ではこのように軍同士の交流も盛んである。


そして、旧バステリア帝国の首都であったバルカザロスは現在バルカザロス市国と名前を変え一国となった。現在のバルカザロスは終戦直後のように国全体が沈んでいるわけではない。

バステリアの地政学上の位置を調査した各国は、バシテリアが魔術文明の西からの進行の蓋をする重要な位置にある事を知り、大陸全体を近代化し旧地球圏の防波堤とした。


資金を注入し、今ではバルカザロスには電気が通っている。

軍隊が持っている銃は今までの様なマスケット銃ではなくアメリカ軍が大量に保管していたM16A2と近代化改修されていないM14、そして自衛隊が保管していた64式小銃だ。


第二次大戦レベルの技術を持つ魔術文明先進国の進行を撃退するべく、米軍、自衛隊が現代式の教練を行い陸軍を立て直していた。

逆に海軍は、いきなり最新鋭のシステムを搭載した艦艇を与えられても運用できない。そこで、アメリカ第七艦隊の分遣隊が常駐している。

何かあるとハワイと横須賀から続々とと増援が集まって来るという寸法だ。


更に、バルカザロス帝国との戦いで建設された新世界基地は要塞化されている。基地にはイージスアショアやICBMのサイロなどアメリカの本土防衛システム並みの装備を揃えている。


民間人はバステリア帝国から旧地球圏の国に入る為には新世界基地でトランジットする必要がある。地球圏からの便は全て新世界基地止まりになっている。

ここで入念な身体検査持ち物検査を行い工作員や化学兵器、生物兵器を持ち込ませないためだ。


そしてバルカザロスを超え、中立国カッシーム王国を越え更に西に進むとこの世界で最も栄華を極め、最も多くの領域を支配している魔術文明が存在する。


そんな魔術文明国の中でも他の追随を許さない国力を持つ神聖メルト皇国では科学文明国家群が覇権を握っている東洋世界に眠る手付かずの魔素エネルギーを獲得する計画が着々と進んでいた。


メルト皇国の貿易を担う国営企業であるFormelt貿易で魔素の新規獲得のプロジェクトが進められていた。


このformelt貿易は一応国営企業という形をとってはいるが実際のところは、社の幹部は元軍人か軍からの出向社で固められており皇国軍の傘下組織、言い換えれば手先であった。


この企業は魔導文明圏の中で最も技術を持ったConjure Craft Workers 通称“CCW”社のグループ企業でもあった。


かのバステリア帝国が使っていた魔導具、通信球にはメルト皇国の諜報部門に通信データを自動的に送信する魔導回路が埋め込まれているという噂もある。

この真偽について問い合わせても

「怪しいと思うなら買わなければいい」

という回答が返って来るだけだ。


そんなメルト皇国のformelt貿易に皇国軍戦略情報局から出向しているクレイグ ガスター少佐、今は営業13部部長が科学文明圏からの魔素の獲得を担当していた。


クレイグ少佐....もとい、クレイグ部長の外見からは軍人だとは気付かないだろう。どちらかと言うと、眉間の皺が多めのビジネスマンに見えるだろう。人相は決して良くない。いや、むしろ悪いと言うべきだろうが殺気を帯びているわけではない。ただ、何か腹の中で企んでいそうなお腹真っ黒系おじさんに見える。


そんな彼は今魔素獲得の為に決断を迫られていた。


少し前までアメリカとかブラジルという東の新興国と魔素採掘の契約が取れそうだった。


しかし、ある話をした途端手のひらを返したようにこの契約を白紙に戻したばかりか魔法文明国出身者の渡航制限を課してきた。


その話というのは、魔術を使える生き物はその対価を支払っているというものだ。


魔術を使えない生き物の死に方には老衰なる物という穏やかな終わり方があるらしい。

しかし我々のように魔術を使い生きる物はその対価を死の苦しみで支払う。

一般にメルト皇国の市民は50歳から80歳の間にその生を終える。そして長く生きれば生きるほど死は苦しいものとなる。


主な死因は、まずは動脈破裂。これは50代くらいで死ぬ者の多くの死因だ。これは残りの寿命を対価に死の苦しみを和らげたと言われる最も苦しみの少ない死に方だ。


次に癌、これは60代で死ぬ者の主な死因だ。


そして白血病、これは70代の死因。


そして80代以降が呪いと言われている。この呪いというのはある日突然発症する。口内や鼻、腸から出血を起こし、頭髪が全て抜ける。発症したものは苦しみなが10日〜20日のうちに死亡する。


そして魔力が高く長生きしたものは、ある日突然体の内側から臓器が溶け出し究極の痛みを味わいながら死ぬと言われているがその症例が最後に確認されたのは100年以上前の事だ。


ただ、これら全ては魔力を持つものが魔術を行使した場合だ。


魔術もない未開の地で魔力を持つ民族が魔力を使わずに生活していたが、そこでは魔力を持たないものと同様の死に方だった。


一体何がいけなかったのかわからないが、不本意ながら武力による魔素獲得に動かなければならなくなった事は間違いない。


まずは開戦にまで持っていくまでの前準備をしなければならない。


東方の魔術を持たない猿を相手にするのに最初からメルト皇国の正規軍が出張って行くのはなんと言うか、格好がつかない。


皇国の同盟国に型落ちの兵器を与え、どの程度の強さなのかを図る。


どの国も皇国製の兵器を与えると喜んで戦いに行った。


相手が非魔術文明の猿ならば尚更だ。


今まで魔術文明国家の進軍を跳ね返したのはムー共和国の主力軍だけだ。


今回は手始めにバステリアだった国の1つで最東端に位置する島を標的にしよう。

もし噂の新興国が出てくれば戦力評価をすれば良い。

出て来なければ、占領して魔力のない猿は奴隷商にでも売り払って、植民地にすれば良い。


そのためにはまず、武器を供与する国、供与する武器の選定をして軍に話を通さなければならない。


そのような裏の仕事をするときは情報局のデスクで行う。そこでなら安心して機密を扱うことが出来る上に資料も揃っている。


情報局の建物は12階建で全面魔硬材製の上窓がない。外から覗かれることを防止するためだ。


入ったばかりの頃は窓のないオフィスに圧迫感を感じたが、今では安心できる場所になっている。


そんな無機質な古巣に入る。


正面玄関を入るとすぐにゲートがあり憲兵が身分証の提示を求めてくるが、佐官ともなると顔を見せただけで敬礼し通してくれる。


ゲートの奥にあるエレベーターに乗り込み私のオフィスがある7階に行くと係員に伝える。


「クレイグ少佐ではありませんか」


声の主は部下の アルフレッド アーロン 少尉だ。


「アルフレッド少尉ではないか。元気だったか?」


「はっ! 少佐のチーム β班総員共に作戦に備え心身ともに万全の体勢であります」


β班は設立から6年になるがなかなか頼もしいチームだ。


私は彼らの事を信頼している。そして彼らも私を信頼してくれているようだ。


「そうか、それは頼もしい限りだ」


エレベータが7階に到着しドアが開く。


「それでは行こうか」


エレベータホールから突き当たりを右に行った所がβ班のオフィスだ。


木製の重厚な扉を開けると部下たちが揃っていた。


「久しぶりだな諸君!」


私に気づくと、直立し敬礼をする。


部下の練度の高さが伺える。戦闘部隊ではないが規律正しい集団はよい働きをする。自慢の部下達だ。


そんな部下に敬意を払いつつ私も答礼をする。


「元気そうで何よりだ。それでは諸君、仕事の時間だ」


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