第31話 ムー共和国旅行記

大竹と多田は迎えの二人について行き車に乗った。


車は黒い社用車で歳が若いソフィが運転席につき運転した。当然マニュアル車だ。AT車は一部のメーカーが自動変速ギアをオプションとして販売しているが、未だに実用レベルに達していない上に高価であるため普及していない。


「改めて紹介させて頂きます」


最初に口を開いたのはベルトランだった。


ワックスで固めオールバックにした髪形が特徴だ。


「バイヤールグループは傘下にバイヤール重工、造船、航空、電子、銀行、商事その他多岐に渡る子会社を治めます。そして我々営業I課というのはそれら全ての商品の売買契約の仲介などを担う課です。ただしI課が担当するのは先進国が相手の場合のみです。今回は共和国政府とグループ取り締まり役からの直命ですので基本全ての場所に出入りが可能です。是非あなた方と長いお付き合いが出来ることを期待してます」


「我々もそうなる事を願ってます。今回我々も政府と社の上層部からの辞令でここに来ましたから、お互い責任が重いですね」


車は空港を離れハイウェイに入る。


ハイウェイは片側3車線、1車線あたり8mと言ったところか。交通量はまぁまぁ多いい。そこそこ車が普及している証拠だろう。


多田は運転席にいる同性であるソフィに話しかけてみる。


「ソフィさん、ムーで車はどのくらい普及しているんですか」


「え?何ですって?」


多田がソフィに話しかけるのが聞こえたベルトランが止めに入るが


「多田さん!運転中のソフィに話しかけては・・・」


ぐおぉぉん

エンジンが唸り異常な衝撃が車内を襲う。

3速から4速に入れるところを1速に入れてしまったのだ。

(普通はそんなミスはできない)


「あぁギア入れ間違えた!!!」


遅かった。


そのままハイウェイのど真ん中でエンストを起こしたのだった。


この時大竹と多田はAT車はまず輸出しようと思うのであった。


気をとり直して再びエンジンをかけ直しハイウェイを進む。


「それでは気をとり直して、今はムー共和国一の経済都市、東洋世界の経済の中心地であるエシユルに向かっています。まずはそこで観光でもしましょうか」


「観光ですか!いいですねー」


ハイウェイ向かう先にはエシユルの摩天楼が見える。


「まずはお昼時ですからレトランにでも入りましょう。エシユルは海に面した都市ですから勿論海産物も美味しいのですが、朝一の鉄道で農家から直送された山の幸も絶品です。という事で、海の幸と山の幸をふんだんに使った料理を堪能していただきます」


「海の幸と山の幸ですか!美味しそうですね。楽しみです」


ムーの料理は、それぞれの料理に合う濃いめのソースを使い分け料理することが特徴だ。


日本の醤油のように万能調味料が出現しなかった事がそのような食文化を形成した事の一因だろう。


窓の外から見える摩天楼も次第に近くなり、それぞれのビルディングの細部まで見えるようになってきた。


そのどれもが鉄筋コンクリート製だ。現代のビルのように奇抜な形をしていたり、壁面全てがガラスと言うことはないが100階越えの超高層ビルまでもが存在する。


ムー共和国の建築技術は既に1940年代の欧米のレベルに達しているようだ。


東洋世界の後進国が見たら度肝を抜かすだろう。


車はハイウェイを降り、一般道に入りエシユル市街地に向かって走る。


中心に近づく程建物の背が高くなり、歩道の幅も広くなり歩行者も多くなる。



交差点に信号機は無く警官が交通整理を行なっている。


竹田は歩行者の中には様々な人種が見える事に気付いた。

。肌の色や顔立ちもそうだが、獣の耳が生えたような人種や身長が小さく筋肉質の人種など様々だ。


「ベルトランさん、この街には色々な人種の方がいらっしゃるようですね。資料で知ってはいましたがこうして実際に見てみると新鮮ですね」


「外国人の多くは出稼ぎの労働者か貿易に来た商人ですね。観光客もいますが、東洋世界一物価が高いムー共和国まで船か飛行機に乗って遊びに来ることができるのは国の王族か貴族か豪商それか他世界の列強国の住人くらいですかね」


この世界には数多の種族が存在する。

それは地球上の人種の比ではない。

東洋世界にも様々な種族が存在するのだ。だが、人に近いものから外見がかけ離れているもの、理性的に話し合えるもの、問答無用で飛びかかって来るものなどだ。


そこでムー共和国には次のような法がある。


-広義人種人権法-


端的に言えば、仲良くできる種族には共和国内で人権を与えるよ。


という法律だ。


東洋世界の西側、つまりバステリア帝国支配圏では人種差別が強く亜人には一切の人権を認めず間違って踏み入れでもしようものなら捕縛され農奴にされていた。


逆に人口が少ないムー共和国では安価な労働力として重宝された。


人手が常に足りていないムー共和国では成人であれば男性も女性も関係なく社会に出て働く。ソフィが大企業で働いているのも決して珍しいことではない。


そこでムー共和国では亜人などを使用人として雇うことが一般的なのだ。


日本をはじめとする各国政府は人権を認めるものとそうでないもの、害獣扱いとするものをどう区切るかに苦慮していた。



一行を乗せた車は目的のレストランにたどり着いた。


車をロータリーに入れるとドアマンが寄って来てドアを開ける


どうやらなかなかの高級店のようだ。


店の中は200席程度あり、円卓を囲んで食事をするスタイルのようだ。


内装は電装品を除けば現代のレストランと大差はない。


一行は案内された席に着き給仕に注文をする。


ムー共和国のテーブルマナーは現代の欧米のものと同じようで、苦労はしない。


席に着き一息置くと再びベルトランが話しはじめた。


「本日の予定ですが、これからこの辺りの観光地を巡りつつバイヤースグループ航空機部門の工場を目指します。最後に工場を見学して頂こうと思います。

ここからはそう遠くないのですぐ着くでしょう」


いきなり航空機か....他の国であまり航空機が発達していない事を考えると航空機の生産ラインを見せるということは


「航空機ですか、いきなりコアなところに行きますね。取引可能品目のリストに機械部品もいくつか含まれているので何かお役に立てるものがあるか楽しみです」




竹田とベルトランはその後の日程を話し合う。


数分後出てきた料理はどれも目新しいものはなく仏料理と伊料理のどちらかにある料理が多かった。


だが、さすが高級店と言ったところだろうかどの料理も味付けが繊細で材料の味を殺さずソースが材料の良いところを引き出し臭みを消していた。


地球圏であれば間違いなくミシュランに掲載され星をつけられるだろう。


一行は昼食を食べ終えると再びソフィの運転する車に乗り込み市内の観光地を巡りつつ工場を目指す。



その日一行がエシユル郊外のバイヤール航空機部門エシユル最終組み立て工場に到着したのは14時ごろであった。


工場の周りは平原でハイウェイが通っている以外他の建物は建っていない。


敷地は有刺鉄線で過去こまれ厳重に警備されている。


工場は広く巨大な棟が7つあり敷地内には飛行場が併設されている。

他には、鉄道の引き込み線もある。


7つの棟のうち5つが組み立て工場でそれぞれ別の機種を組み立てている。


残りの2つは研究、開発部門のための研究所だ。


門をくぐり抜け、7つの巨大な棟とは別の赤レンガ造りの歴史を感じる3階建ての建物で車は止まった。


「ここまでお疲れ様です。本日の目的地、エシユル最終組み立て工場です。」


車から降りると建物の玄関前には1人の工場関係者らしき人物が待っていた。


クールビズ状態の格好をした丸眼鏡をかけた40代前半と思しき男性だ。


「ご紹介しましょう」


ベルトランは彼とは知り合いらしい。


「彼はここエシユル最終組み立て工場 副工場長のポールさんです。彼、あまり工場の案内などしないのですが、お二人がニホンの商社マンという事をお話ししたら快諾して頂けました」


「そうですか、本日は我々のためにお時間を割いていただき有難うございます。私は竹田です。そしてこちらは多田です。よろしお願いします」


自己紹介をしながら名刺を差し出す。


「これは?」


初めて名刺を見たポールはその疑問を直ぐに解決しようとした。


「これは名刺と言いまして私の名前や連絡先所属部署が記入されているカードです」


「なるほど!これは便利ですね。私達にはそのような文化は有りませんから私はこれを持っていないのです」


「承知していますよ。ドレイユさん達からも聞きましたから」


「そうですか、まぁ挨拶もほどほどに周りましょうか」


「まずはこの建物から説明しましょう」

この3階建ての建物は他の巨大な7棟とは違い意匠を感じる作りとなっている。


「ここは工場事務所ですが、迎賓館も兼ねています。我が社は東洋世界の東側各国とお取引が有りますからそのお客様をお迎えする時にここを使っております」


一行は工場棟へ移動しながらポール副工場長の説明を聞く。


「他国との取引全てが輸出のお話なのですが、輸入の話というパターンは初めてですね」


「と言うことは、バイヤールさんは東洋世界の国々に航空機を販売していると言う事ですか?」


すかさず質問をする。

事前の資料にはその事について言及が無かったのだ。


「えぇ、共和国議会で承認された友好国にのみですが有償で供給していますよ。もちろん、最新型の低翼単葉の機体は輸出していませんが。1番ものでパラソル単葉の機体ですかね。そして最も多く輸出されているのは複葉全金属製のものですかね」


「ん?なぜ金属製のもののみなのですか?」


「木製機体はレーダーに写りにくいのでレーダーが実用化されてからは金属製に限定されているのですよ」


この話からわかることはムー共和国とムー共和国から兵器を輸入する国では兵器の質が隔絶しているといことだ。


「なるほど、ではその複葉機も過去共和国軍で正式採用された機体のモンキーモデルということですか?」


「もちろんそうですよ。ただし、対魔術サイド用の欺瞞/防御装置だけは最新型を搭載していますがね」


「欺瞞/防御装置?」


「はい、10年ほど前に魔術サイドの重工大手の1つCCW(Conjure Craft Workers)が開発した魔素自律判断回路を搭載した兵器に対抗する為の装置です」


国連側も敵性勢力の文明基盤が科学技術ではなく魔術なるものを使うという事は認識しているのだが、それがどの程度脅威なのか、どの様な技術なのかがイマイチよく理解出来ていないのだ。


「具体的にはどの様な兵器なのですか?」


「例えば、対空物理砲。彼らの言う物理砲とは通常の砲の事です。これは砲弾が目標に一定距離以上近づくと信管が作動し炸裂すると言うものです」


VT信管に近いものだ。竹田はムー共和国の工業レベルがWWⅡ後期に近い事を思い出した。


「それに近い物を共和国軍はお持ちなのでは?」


ポールは知っていたのかと微妙に関心した表情を見せた。


「えぇ、ありますよ。ただ、仕掛けはトップシークレットですが」


ポールはそれを聞いた竹田が一瞬困惑した表情を見せたところを見逃さなかったが何も気付いていないように続けた。


「1番厄介なのが航空用爆弾に魔素自律判断装置が搭載された事です。貴方の軍が持つ誘導弾程の戦場の在り方が覆るような性能では無いのですが、水平爆撃後人工物に向かって軌道を自動で修正するという機能が付与されました」


「なるほど、水平爆撃の命中率が跳ね上がったと」


「その通りです、そして魔素自律判断回路に対抗する為の欺瞞装置は数少ない我が社が貴社に売り込めるものと考えております」


「確かに魔術に関する知識が無い我々には必要なものですね」


長話をしているうちに一同は巨大な棟の前に着いた。


「さぁ着きましたよ、この棟では国内向けの最新機種R112の最終組み立てを行っています。」


棟の外側にある鉄製の階段を登ったところにある扉から中に入る。見学者用の通路である。


見学用の通路からは組み立てのラインを見下ろすことができた。


中には組み立て中の機体が並んでいる。それぞれの機体の周り工員が数名おり天井から吊り下げられたクレーンを使って大型の部品を取り付けたりボルトで固定したりしているのがよく見える。


「現在ここでは30機の組み立てが行われています。このR112戦闘機は二世代前のR97シリーズとの置き換えが進められています。もし紛争が勃発し更なる戦力の増強が必要となった時は同時に60機の組み立てまでが同時に行える容量となっています」


実際に棟内にはまだまだ余裕があるように見える。


「そしてこのR112ですが、科学サイドでは勿論、世界で最も高性能ともいえる機体でした。エンジンには2300馬力の出力を誇る水冷式ヤクルスエンジンを採用しています」


ポールは機体への組み込みを待つエンジンと細長い水冷式独特の機首を指差す。


「これにより、最高速度670km毎時を達成しました。

普段ならここで驚かれるお客様が多いんですけどね、ははは」


そう言いながらバツが悪そうに後頭部に手をやる。


「まぁ、そうですね....」

竹田としても下手なフォローを入れないほうがいい事は理解していた。


こちらがムー共和国のことを下調べしてからここに来たように当然彼もある程度下調べをしてきた事は想像に易いからだ。


「そちらの国々が持っているジェット機というのはどうにもレシプロエンジンでは超えられない壁の向こうにあるようですからな。ですがこちらのR112の良いところも聞いてやって下さい」


今度はまだ機体に取り付けられていない翼を指した。


「このR112の凄さは速力だけでなく圧倒的攻撃力です。翼内には21mm機銃を4挺、8mm機銃を2挺、機首には21mm機銃を4挺という超重装備を施してあります」


ポールの顔はこればかりは凄いだろうという顔だ。


実際にかなり強力だ。これなら対地攻撃にもかなりの効果を示すだろう。


「陸軍造兵廠にいる友人から聞いたのですが、どうやら今回バステリア帝国が倒れた事で仮想敵国が変わり戦略戦術軍編成の一切の見直しが図られるようで陸戦兵器の生産が全てストップしたようです」


「かなりのご迷惑をかけてるようですね....」


竹田はバステリア戦がこんなところまで影響があったとは思ってもいなかった。



一行の工場見学はまだまだ続く。






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