第7話 黒船来航

-2020年 5月25日- 東京湾-


2隻の巡視艇に挟まれ東京湾にはとてもじゃないが似合わない風変わりな船が4隻入港していた。全長は70メートル、全幅は15メートル程度であった。細長い船体はタールで黒く塗られ、両脇に大きな水車にようなものを装備し、帆と煙突が甲板上に立っているいわゆる外輪船である。それらが浦賀沖に停泊していた。

所属はエーリッヒ公国、バステリア帝国に高度な自治を認められた国家の一つである。バステリア帝国より日本に近かったエーリッヒ公国は日本に自分達の技術力を見せつけバステリア帝国への従属を迫り、バステリア帝国に対し恩を売ろうと言うのだ。

突然のことであり、東京湾は蜂の巣を突いたように騒がしくなっていた。「黒船の再来」を一目見ようと浦賀には野次馬達が殺到した。テレビ局のヘリも夕方のニュースの目玉にしようと、その姿を収めに上空に群がっていた。1853年の黒船来航と違うのは、誰1人としてそれを脅威と思っていないことである。


エーリッヒ公国本国艦隊 日本遠征艦隊 旗艦ミシッピ

日本遠征艦隊の司令である シェーク代将は旗艦ミシッピの上から浦賀の街を眺めていた。シェーク代将、彼の顔は鋭い眼光と顎の下の脂肪詰まる所の二重顎が特徴の小太りの高身長の男であった。


(蛮族どもめ、この蒸気船がそんなに珍しいのか。それにしても我が盟主バステリア帝国に刃向かうなどどうゆう了見なのだろうか。)こんなことを考えていると、部下の1人から声をかけられた。

「代将、ニホン政府の役人が迎えの準備をしているからしばらく待って欲しいと言ってます。」

「そうか、まぁ突然の訪問だから仕方あるまい。しかし早くしてほしいものだ。我々を待たせる蛮族などこの世界を探してもほとんどのいないぞ。」

「全くですな。ニホンの方々には我々の土産に喜んで貰えるでしょうかね?」

「当然気に入って貰えるだろう。あれらさえ見ればお互いの技術力がどれだけ離れているかもわかるだろう。バステリアに派遣されている領事からの通信球での報告によると奴らまだ戦列艦さえ作ることができないらしい。砲をたった一門しか積んでいないみたいだ。さっきの奴らの通報艦もそうだったしな。あれは砲と言うより銃に近いがな。」

「奴らの驚く顔が見ものですな。早く見せてやりたい。」

とまぁ、2人は今後起こるであろうことを思い浮かべながら談笑しニホンの役人が来るのを待っていた。


それから数時間が経ち、ニホンが受け入れ準備ができたことを伝えてきた。

4隻の蒸気船からの300人の水兵がカッターに分乗し浦賀に上陸した。そこには数千人の観衆が一目異世界人を見ようと殺到していた。上陸したところには、何やら鉄でできた"ばす"という馬のいない乗り物の様だ。20名程度の幹部と10名程度の護衛だけが、バスに乗せられた。どうやらこの国の議会に連れていかれるらしい。"ばす"は馬車のように揺れず、大きな窓もついていてとても快適だった。

「代将、どうやらこの乗り物は内燃機関を積んでいるようですよ。」

「しかし、煙がほとんどの出ていないぞ。こんなものムー共和国でしか見たことがない。この乗り物だけではない、外の景色を見てみろ、我々の見たことがあるものがほとんどないぞ。空に突き刺さりそうなほど高い建物がいくつも立っている。少なくとも私が想像していたものとは違う」

バスは、浦賀ICからのり首都高神奈川線を通過し首都高羽田線に差し掛かった。そこから見える景色は彼らにとってこの世のものとは思えなかった。右に巨大な羽田空港が視界に入った。

「巨大な鳥のような機械が次々とあそこに降りて行くが、我が国はおろかムー共和国でも見たことがないぞ。どうやらこの国の技術力は我が国やバステリア帝国はおろかムー共和国さえ凌いでいるのかもしれないな...」シェーク代将はそう言うと専門家の意見も聞いてみようと、一行の中の情報分析官を読んだ。

「クーゲル、ここに来い。」

「はっ!お呼びでしょうか代将」

出てきたのは、30代前半くらいだろうか、細身のすらりとした体型と知性を香らせる顔立ちをした将校が出てきた。

「お隣失礼します。」

「クーゲル君、君はこの国をどう分析する?」

「正直な事を言いますと、私の持っている知識では全く理解出来ないレベルです。もしかするとバステリアはとんでも無い相手に喧嘩をふっかけてしまったのかもしれません。ニホンの軍事力がどれほどのものか分かりませんが、ここはひとつ慎重に行くべきでは無いでしょうか?」

「できるだけ早く通信球で本国と連絡を取り、この件は慎重に扱うよう具申するべきだな。しかし問題は...」ちらりと後ろの方の座席の方に目を向けた。その視線の先にはバステリア帝国から派遣されている艦隊との連絡役も兼ねた監督官がいた。今はエーリッヒ公国軍の軍服に身を包み紛れているが、明らかに態度がでかく、エーリッヒ人とは違う雰囲気を醸し出している。

「あのバステリア人が何かしでかさなければ良いのですが、多分やらかしますね」

この乗り物に乗って1時間ほど過ぎた頃だろうか、黄土色の煉瓦で作られた大きな建物の前にその乗り物は止まり降ろされた。

1人の黒い服に身を包んだ男が現れた。

「ようこそニホンへ、今回あなた方のお世話を仰せつかれた外務省の菅野です。まずは、中でこの国についてご紹介しましょう。」

その時会話に割り込むものがいた。

「そんな事はいい、これを見てこの国を滅ぼすかどうか決めろ」バステリアの監督官である。そう言うと、一枚の蝋で封印をされた文書を取り出した。エーリッヒ公国からのバステリアへの降伏を勧める文書である。それを見ながらリシュー代将は苦い表示を隠しきれずにいた。(早速やってしまった...)

「蛮族、これは最後の勧告だ。あと10日もすればバステリア帝国の軍勢50万がここを火の海にするだろう。これはエーリッヒ公国が与えるこの国を救う唯一の決断だ」

「はぁ....」

これを聞いた菅野は戸惑った。(バステリア帝国は艦隊が壊滅した事を隠しているのか?)

「なんだその反応は、貴様の国が滅ぶんだぞいいのか?」

「はぁ....」

呆れて何も言えないと言うのが本当だ。

怒鳴り散らしているバステリア人の後ろで本当のエーリッヒ人は、顔を真っ青にしてたっていた。

菅野はしょうが無いので携帯を取り出し電話の向こうの誰かと相談しているようだ。数分後話し合いは終わり、

「わかりました。ではまずある物を見ていただいてもよろしいでしょうか、ご案内いたしますのでこちらの方へどうぞ」と言って菅野が喚いていた人物の方を向くと、硬直していた。

「? どうかなしましたか?」

「いや、なんでも無い。早く案内しろ。」

なんでも無いわけでは無い、持ってきた土産の中に通信球が入っていたのだが、こうもあっさりと目の前で同じ機能を持った物を当たり前の様に使っているのめせつけられ動揺しているのだ。通信球とは高価で大きさもボーリング球ほどあり、とてもじゃないが個人が携帯できるものでは無いのだ。

心の中に湧き出す不安な気持ちを抑えつけながら、菅野の後をついて行く。一つの大きな部屋に案内された。案内された部屋の中には真ん中に大きな長方形の黒く薄い物体が置かれていた。

「みなさんにこれから見て頂くものは、三週間ほど前に記録された映像です。多少不快なものが写っているかもしれませんがご了承下さい。」

その物体の中に、海の映像が現れた。船の上から撮ったものの様だ。そして遠くに焦点が合わされた。そこには夥しい数のバステリア帝国艦隊が写りだされた。そして次の瞬間、戦列艦の一隻が火柱をあげて爆沈した。その後も次々と戦列艦達が火柱上げ続けた。

これを見たエーリッヒ人達は、心臓を握られた様な心地であった。盟主バステリア帝国の戦列艦が宛もただの標的かのように沈められていくのだ。その映像は、輸送船全てのマストを折り終わるまで続いた。

「嘘だ!こんな物で我々を騙してどうするんだ!我が帝国の艦隊が敗北したなど聞いていないぞ」

我を忘れ自分がバステリア人である事を明かしてしまった。

「あなたはバステリアの方でしたか。それはきっと、敗北を隠蔽しているのでしょう。漂流している輸送船団の助けを呼べる様旗艦には無傷でいて貰ったのに。今頃、その輸送船達は帝都の近くに漂着している頃でしょうからきっと貴国は今大変な事になっていますよ。」

「今から本国に問い合わせてやる、嘘だったらその時は覚えておけよ」

通信球を持ち、本国にコンタクトを試みた。菅野はその道具に驚いた。だが残念だが詳しく聞ける状況では無いので聞くことは諦めた。

「それは本当ですか?!!そんな事に?私はどう出ればいいのですか? ...はい、そうですか。わかりました。」

そして、バステリア人は菅野の方を向き

「貴様の言った事は本当だった様だ。しかし、貴国が戦った艦隊は我が帝国の正規軍ではない。我が精強なる本国軍があの木屑同然の艦隊を海の底に沈めるだろう。本国軍がこの国に着いた暁にはこの国の人間老若男女全て容赦なく殺戮するだろう。それが嫌ならばこの国の元首の首を持って今ここで謝罪すれば、奴隷の身に落とすだけで許してやろう。」

バステリアの監督官が狼狽する後ろで当のエーリッヒ人達はコソコソと、通信球で本国と連絡を取っていた。

菅野もよくここまで、偉そうにしていられるものだと、呆れるを通り越して感心していた。

そして数分後に、エーリッヒ人達は連絡を取り終えた様だ。

「菅野殿、エーリッヒ公国はこの件は慎重に扱う様に決めた。情報を集めるように言われたのだが。ニホンの事を色々教えていただけるかな?」

エーリッヒ公国がとりあえず敵では無くなった事に安心した。しかし納得しないものがいた。

「エーリッヒ公国は正気かっ?バステリア帝国を敵に回すつもりか?」

「まぁまぁ、監督官殿この国の事を知ってからでも遅くは無いのでは無いだろうか?」

納得できない様子ではあったが、とりあえず聞いてみる事にした様だ。

「では、準備をいたしますのでお食事でもなされてお待ちください。」

議員食堂から、幹部達にはコースの料理が、護衛達には仕出し弁当が配られた。(議員食堂の仕出し弁当はあまり美味しく無いのだが....)

その間に菅野は各省に問い合わせて紹介用DVDと公開可能な範囲を調べていた。

1時間後、菅野が部屋に戻るとお腹を満たした彼らが待っていた。船旅の後であった事もあってとても美味しく感じたのだろう。明らかに満足しきった様子であった。

「お待たせ致しました。それでは紹介用の映像をご覧いただきます。」

画面には、まず東京の様子が映り、高々とそびえ立つビル群、線路の上をひっきりなしに行ったり来たりする電車を映し出した。そして、人口、GDPなどが読み上げあれた。そして、日本の産業についての紹介、観光地、自然の紹介と続いた。

部屋の中は何度もどよめきに包まれた。

「そして、次にご覧いただくのは皆さんが最も気になっているであろう資料です」

『日本国 自衛隊』というタイトルのDVDが流れ始めた。海の上を悠々と航行する護衛艦群に始まり、高速で空を飛ぶ戦闘機群、そして、スローラム射撃を行う戦車群といった具合だ。その後にも、他の兵種の映像が流された。

映像が流れ終わった頃には、部屋の中は静まりかえっていた。シェーク代将とクーゲルは冷や汗を全身びっしょりかいていた。そして、さっきまで威勢の良かったバステリア人はプライドをへし折られ黙っていた。

「この後、我が国の議員の数名との会談となりますがよろしいでしょうか?」

もう、お願いするしかなかった。

「是非、そうさせて下さい」

「他に何か希望が有りましたらお申し付け下さい。何かございませんか?」

菅野は見渡したが特に何もないようだった。さっきとはうって変わって静かなものだ。

そこで思い出したように代将が声を発した。

「我々は明日にでも本国に帰ってこの国について詳しく説明しなければならない。水と食料の補給を頼めまいか?」

「分かりました。ではそのようにしておきましょう」


その後の議員達との会談は当初の予定では自分たちの技術力をみせつけ降伏文書にサインをさせるはずだったのだが、あたりさわりの無い話をするにとどまった。


菅野が国会議事堂から送り出す時、

「カンノ殿、貴殿はどこでバステ語を習得したのだ?この国の言葉とも違うようであるし、貴殿の発音も少しおかしい」

「我々の世界では、この言語を『英語』と呼んでおります。エーリッヒ公国の言葉は少しアメリカ訛りで、バステリアの言葉はイギリス訛りですね。どちらもこの世界の国の名前です」

「そうか、奇妙なものだな」


翌日、エーリッヒ公国からの使者は何もする事なく日本を立ち、一行はエーリッヒ公国に向けて帰路に着いた。

ところで、バステリア人だが、見たことを通信球で本国に報告したのだが、嘘だと一喝されその上向こう一年の帰国禁止をくらった。どうやらバステリア帝国はバルカザロス沖での敗戦を隠し通すようだ。


ちなみに今回のエーリッヒ公国が持って来た土産は"通信球"と"蒸気機関車の模型"だ。しかし、あの映像を見た後ではこれらを出す事は出来なかった。蒸気機関の技術はエーリッヒ公国のもので有り、バステリア帝国にはまだ無いものである。

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