第49話車内捜索

 本庁の地下駐車場。

 黒バンのスモークを貼った後部窓から、あたしは庁内に入れる入り口を見つめ続けている。

 結局リカコさんが折れて、全員が学校をサボった上でここに押し込まれているんだけど。


「結局中には入れてもらえなぁいっ!」

「そんなものよ。

 取り調べは見せてくれるって言っていたし、連絡が入るのを待ちましょう」


 むぅ。


 リカコさんはいつもの丸イスに座り、何も置かれていないデスクで頬杖ほおづえを付いている。

 男子組もそれぞれ暇つぶしに余念がないし。


「そう言えばさ、この車は6月4日の爆弾の運び入れに使われたんでしょう?

 あたし、それ聞いてから乗るの初めてだな」

 向かい合うイチとジュニアの間を通って、運転席へのカーテンを開ける。


「指紋の採取とかしたのかな?

 後部からは確実にあたし達の指紋出たよね」


「運転席からは真影さんと、第3者の指紋。

 ……出たのかしら?

 手袋くらいしてたかもしれないし。


 葵ちゃん、ここの帳場に入ってたわね。

 私達の指紋はなんて出たのかしら。

 該当なし? アクセス制限?

 聞いてみようか」

 リカコさんがちょっと楽しそうにスマホを取り出すのを見て、あたしは運転席に移る。


「鑑識入ってたら何にも残ってないか」

 サンバイザーの裏、フロントボックス、ドリンクホルダーなどなどなど。

 片っ端からひらける所をけていく。


「なんにもないなぁ」

 灰皿か。

 開けた瞬間匂い立つニコチン臭にすぐさま元に押し込んだ。


「タバコくさぁいっ。

 退避退避」

 後部座席に逃げ戻る。


「カエ。狭いんだからうろちょろすんな」

「ごめーん」

 イチの背後を抜け様に、ぽすぽすっと頭に手を乗せていく。


 カタカタカタカタッ。


 リカコさんのスマホがデスクの上で自己主張。

「葵ちゃんから返信だわ」

 手にしたスマホに目を走らせるリカコさんの表情が、徐々に険しくなっていく。


「リカコさん?」

 デスクに近づいてリカコさんを覗き込むと

「この車、鑑識は入ってないんですって。

 製薬会社の防犯カメラにはしっかり映っていたはずなのに。

 上からの指示で調査除外……」


「何それ? 大人ってヤダね」

 ジュニアが、眉間にシワを寄せる。


「葵ちゃんも相当納得いかないみたい。

 上……。

 調べられたくない人間がいる。

 最初から、この車に鑑識が入らないってわかっていたら、わざわざ指紋を拭き取ったり証拠を持ち去ったりしないかもね」


 リカコさんの指が唇に触れる。


「葵ちゃんに指紋取ってもらう?」

「葵ちゃんに?

 表向き高校生の僕たちが個人的に指紋の採取は頼めないよ。

 綿棒1本だって税金だし、上からストップがかかっている以上、葵ちゃんにも迷惑かけちゃう」

 あたしの意見はジュニアに却下される。


「そうね。

 昨日は私も助手席に触っているから、車内での指紋の採取は避けたいわ」

 遺留品。タバコ。


「ねぇっ。真影さんってタバコ吸わないよね?

 運転席の灰皿に入ってる吸い殻。

 誰のだろう?」

 みんなの視線があたしに集中する。


「爆弾の搬入犯の物かもってこと?

 待って。そもそも吸い殻がいつから入っているものかも分からないし、この車は不特定多数が使うわ」


「真影さんに聞いてみようか。

 たまに車の掃除してるって言ってたし」

 今度はジュニアがスマホを手にする。


「榎本……。

 カエちゃんが想像した通り、榎本が爆弾の運び入れを拒否する為に6月4日の強盗殺人の現場に出ていたんだとしたら、代わりを務めた人間がいるはずよね」


「榎本は横流しの件で〈公安の一部の人間〉に弱みを握られていたんだろ?

 でも、東田本人が車を運転して運び入れをしたとは考えにくい」

 リカコさんの言葉をカイリが繋ぐ。


「やっぱりこの件も東田絡みと考えるべきかしらね。

 タバコに車の運転。

 一昨日の廃工場。あそこで工藤がタバコを投げ捨てているわ。

 真影さんの返答にもよるけど、灰皿のタバコと照合してもらいましょうか。

 これくらいなら巽さんにこっそりお願い出来るわ」


「DNA鑑定?

 タバコのフィルターに着いた唾液じゃ鑑定には不足だよ」

 スマホから顔を上げたジュニアが口を挟む。


「指紋よ。紙に着いた指紋は2、3年は消えないわ。

 工場のタバコは工藤の物に間違い無いんだから、それと合致すれば灰皿のタバコを吸った人物は特定出来る。

 ただ、搬入犯の確証が取れないのよね」


「後で当日の防犯カメラの映像をもう一度解析してみよう」

 ジュニアのスマホが、怪獣の咆哮ほうこうのような着信音を出した。


「真影さんが最後に掃除したのは5月末日だってさ。

 その時灰皿は空だったって。

 いつも空だから、入っていたら覚えてるはずだし……。


 へえぇ。

 掃除をしてから僕たちを乗せた6月5日までに、誰かが車を使っているけど、その後は今日までは誰も使ってないって。

 いつも使っていると、他人が乗ったのは必ずわかるんだってさ」

 ジュニアがあたし達を見回す。


「人の感覚ってすごいわね。

 でも、物証でない以上真影さんの感覚は証拠にはならないわ。

 タバコの吸い殻の件、実行に移しましょう。

 防犯カメラに何かヒントがあればいいけど」

 リカコさんが映像を思い出すように斜め上を見上げた。


 パアアァァァンッ!

 遠くから、微かに響いた破裂音に全員が顔を見合わせる。

 今のって。


「銃声っ!」

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