第37話午後の抜け駆け

「そう言えば、昨日カエちゃんを襲撃してきた奴らの正体は不明のまま?」


 お弁当を広げる生徒会室でリカコさんがあたしに目を向けた。

 マスクを取った口元は青黒く腫れている。

「あら、ひどいわね」


「でしょ?

 しばらく友達の前ではマスク取れないよ」

 こんな会話がちょっと普通のテンションでされているってだけで、充分普通じゃないよね。


「あ。その件、巽さんから朝早く連絡来たよ」

 コーヒー牛乳のパックを片手にジュニアが会話に入ってくる。


「データベースで指紋照合したら、アクセス拒否されたんだってさ。

 該当なし。とかならまだしも『裏あります』って言われてるようなもんじゃんね」


「アクセス拒否?

 巽さんが入れないって事はもっと上の方が抑えてるって事になるわね」

 リカコさんが口元に指を当てて思考をめぐらせる。


「どうにかアクセス出来ないかって聞かれたんだけど、サイバーセキュリティ対策本部がいい感じのブロック立ててて。

 朝ご飯までに突破できなかったから、またうちに帰ってからリトライかな」

 心なしか楽しそうなジュニア。

 ん。実際楽しそう。


 ###


 お昼休みを終えた午後の授業はこれまた睡魔との戦い。

 6時間目の授業を残して大きく伸びをする。


「間宮」

 聞き慣れた声に視線を移すと、廊下から顔を覗かせるイチの姿。

 なんか朝も同じような光景を見たぞ。


「どしたの?」

 廊下に出たあたしになんとも複雑な顔をした。


「昨日、噴水の所で助けた親子覚えてるだろ?」

「うん」

 ギュギュッと詰まった数日だけど、忘れちゃうほどボケてない。


「学校に来てる」

「はぁっ?」

 自分の大声に口を塞ぐ。


「なんで?」

「知らん」


 まぁ、そうだよね。


「授業中外見てたらたまたま通りがかって、俺たち昨日は制服だったからな。

 面倒だな」


「イチ」

 振り返るとジュニアが歩いてくる。


「2人とも後1時間だけだしサボっちゃえば?

 下手に学校に残ってると見つかるよ」


 イチと顔を見合わせた。

「逃げるか」

「んだね」

「じゃあ、カバン持って西門」


 あたしは教室に戻り、イチとジュニアも背中を向けて廊下を戻っていく。


「1時間誰も帰ってこないからって、寮でエッチな事しちゃダメだからねー」

 サラリと口にしたジュニアが、固まるイチを置いてスルリと教室に入って行った。



 ###


 正門とは逆方向、校庭の隅から校外に出られる西門を乗り越えて脱出する。

「昨日のショッピングモールにチャリを置きっぱなんだよな」

「ん。帰りはタクシーで送ってもらっちゃったもんね。

 じゃあ取りに行こうか」

 あたしたちは駅方向へ歩き出した。




 回収した自転車を押してショッピングモールを後にする。

「乗れよ」


 実はあたし、自転車のニケツが苦手なのですよ。

 でももう歩くのが面倒なのも本音。


 んー。まっ、いいか。


 スポバを自転車の前カゴに押し込んで荷台に腰を下ろした。

「いいよー」


 前回は掴まりどころがわからずにあたふたしちゃったけど、荷台の端に手を添えて、もう片手はイチのワイシャツの裾を掴む。


 ペダルを漕ぎ出す揺れにもどうにか耐えて、今歩いて来た道を風を切りながら進んで行く。


 うん。イチが慣れれば大丈夫って言ってたのがなんかわかった気がする。

 初夏の風が心地いい。


 学校をサボっちゃった、ちょっとした罪悪感も吹き飛ばしてくれるみたい。



 無駄話をする余裕も出来て、寮までの道はほぼ快適。

「到着っ!」

 駐輪場の入り口で荷台を降りると前カゴから2人分のカバンを引っ張り出した。


(授業終わるまで30分無いな)

 イチがズボンのポケットから出したスマホの時計に目を走らせる。


(……。そういうつもりじゃない。

 ジュニアが変なこと言い出すから)

 自転車を隙間に押し込み、振り返るイチの姿が視界の隅に入った。

 そしてその奥。


「イチ! 後ろっ!」

 振り返りながら放ったあたしの口調の鋭さに、後方を確認もせずにイチが回し蹴りを放つっ!


 チャキッ。


 背中の冷たい銃身の感覚に、振り抜く事なく足が止まった。

「そのまま進め」

(この声は、昨日の?)


 軽く両手を上げ、あたしの方へとイチが進んで来る。

 あたしと向かい合わせに立つのは筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大柄な男。

 こっちに右手を覆った茶色い紙袋を向けている。

 さっき、ちらりと見せた紙袋の中には、拳銃が鈍く死んだ光を反射させていた。


 こういうのって、絶対持ち主の性格を反映させちゃうんだよ。

 リカコさんのテイザーガンは、ピカピカしてていつも綺麗だもん。


 チラリと目配せし、抵抗しない意思を確認する。

 住人用の駐車場の一角に停車していたシルバーのバンがゆっくりと動き出し、歩を止めたあたし達の前でスライドドアを開いた。


 昨日とは違う車種。

 あたしが先に乗るように促され、続いてイチと痩せ男が乗り込んでくる。


 2人とも今日は素顔を晒しているけど、印象も含めて間違いなく昨日の襲撃犯。


 巽さんのところにいるはずなのにっ!

「昨日もこうしておけば、余計な手間ががかからなかったのにな。

 携帯を出せ」

 イチがズボンのポケットからスマホを出す。


「あたしはカバンの中なんだけど」

 抱えたままの2人分のカバン。

「携帯を出して、カバンも渡せ」


 あたし達の前に2つの手錠が投げられた。

「お互いに付けてもらおうか」

 動き出す車内でスマホを探す素振りをしながら、ブラウスの袖の中にインカムを忍び込ませた。


 イチに手錠をはめ、その手があたしに手錠をはめる。

 拳銃を見ていたイチの目が見開かれた。


 なんだろう。

 その視線の先に映るのは。


 えっ! M360J。〈SAKURA〉


 警察関係者の配給仕用拳銃だっ。

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