第35話その後
「うわっ。
カエにスマホ返すの忘れてた」
カエは巽の車で、犯人達は平野の運転で撤収済みだ。
「はい、イチ。明日学校で返しておいてよ」
「何で俺なんだよ。」
ズボンのポケットから出したスマホを食卓テーブルの向かいに座る、あからさまに嫌そうな顔をしたイチに差し出した。
「イチさぁあ」
ジィとジュニアが探るような瞳を向けてくる。
「カエとぉ……」
「っ! ちょっと待て」
思わず待ったをかけ、顔を伏せたまま固まった。
(と、盗聴器?
イヤ、カマかけ)
この時点でもう引っかかっているのだが、焦った頭は思考が回りきらない。
「よろしくね」
笑顔でスマホを押し付けられる。
(深く考えた事無かったけど。この部屋、試作品の盗聴器とかあっても全然不思議じゃない)
帰りがけのカエの様子に違和感があった事からの引っ掛けだったのだが、ジュニアも何があったのかまでは把握しているわけではない。
(カエからかうのより、イチからかった方が面白いかも)
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「風邪?」
「ん。ちょっと……顔面強打?」
「なにそれ……」
ホームルーム前のざわざわした教室で、マスク姿のあたしの周りにはいつもの顔が揃っている。
「間宮」
廊下側から2列目。席から視線を上げると、廊下からイチが手招きをしてきた。
「おはよ」
深雪達の視線を感じつつ廊下に出る。
「マスクって事は、やっぱりアザになった?」
「まぁね。
帰りにドクターのとこ寄ったらアバラもヒビ入ってるだろうって。
今日も身体中痛いし」
イチの頬にも絆創膏が貼ってある。
んー。ガキ大将みたい。
「それくらいで済んだならいい方か。
つぅか、休めよ今日くらい……。
スマホ。ジュニアが返しそびれたってさ」
見慣れたケースを差し出される。
「おおっ。無いと思ったんだよねぇ」
スマホを受け取りにこりと笑う。
「軽いな」
「イチとジュニアに見られて困るもんなんて入ってないし。
むしろ深雪達の手に渡る方が困る」
LINEや写真は仕事関係。
もちろん友達との写真も多いけど、正直女子高生のスマホじゃない。
「そうだ、昨日話してた6月4日のデータ、USBに移してきたから昼休みに生徒会室開けてもらおう。
と、次の日曜、俺たち師範のとこに顔出すんだけど、行くか?」
「ううぅわあぁぁぁ。
でも、組手出来る場所って限られてるんだよねぇ。……い、行く」
「いやいやだな。
じゃ、とりあえず昼休みに」
「はーい」
手を振って廊下を戻るイチの背中を見送った。
師範の所、中3の夏に合宿させられたのが最後だなぁ。
1年近く顔だしてないや。
「鳥羽くんなんだって?」
「うん。なんかいろいろ。と、お昼生徒会のお手伝いに行ってくるね」
コト。
手に持っていたスマホを机に置く。
「……。香絵、スマホ?」
愛梨の一言に、
「あれあれ?」
「なんで鳥羽くんが香絵のスマホ持ってたのぉ?」
深雪と夏美が続く。
「え」
机のスマホに視線を落とした。
「説明」
「してもらいましょう」
ずずずいっと、深雪と夏美がせまってくる。
「あー」
貸したのはジュニアだったのに、なんでイチが返しに来たかって事じゃなく、うー。
なんか答え方によって物凄い誤解を生む気がするのは、さすがにあたしでもわかるぞっ。
「香絵。諦めて白状しなさいよ。
彼氏なんでしょ?」
にやにやと楽しそうな夏美があたしの肩にポンと手を置く。
「彼氏って言うか……。彼氏か? な。うん」
「香絵。そこかなり重要。今後の為にもちゃんと確認しておきなさい」
ちょっと心配顔をされる。
まぁ、いろいろあったけど……。
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離れていく唇の柔らかな感触に、一瞬ショートした脳の回路がゆっくり動き出す。
瞳に映るイチの、ちょっと気まずそうなスネたような顔。
「ちょっとぉぉぉ」
はしっ。とイチのシャツの裾を掴む。
(ったく。俺もおんなじだよ、ジュニアが言ってたヘコんで弱ってるのにつけ込んで……だ)
イチが小さく息を吐く。
「自分が、こんなに我慢出来ないヤツだと思わなかった……」
(カエが落ち込んだ顔が、見たくなくて。
昼間の件も結局言わないままだ)
「カエが、好きだ」
まっすぐに言葉が入ってくる。
わかる。付き合い長いから。
お互い、こういう空気苦手。
多分、気持ち気付いてて誤魔化したこと数回あり。
でも、ちゃんと言ってもらうの。すごく。
「嬉しい。ありがと」
耳まで真っ赤なイチがパシッと自分の顔を覆う。
「きっと何にも変わらないよ。今まで通り。
あ。でも、たまにはちゃんと言ってもらいたいな。今のセリフ」
覗き込むあたしの顔にチラリと目を向ける。
「次はきっと
「楽しみに待っとくよん」
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