第7話 極悪人

 ウルルスが家に帰って来たのは家を出てから六日後だった。


「ただいま、ティア」


「おかえりなさい、ご主人様。何です、その荷物」


「ウイスキーの新酒だよ」


「はぁ、なんで新酒なんですか? いつもはぶん殴ってやろうかと思うくらい高くて古いお酒を買って来るのに」


「そう言えば殴られたこともあったな。まぁ、仕事の話に関係してくるんだが、聞くか?」


「少し気になりますし、お願いします」


 ウルルスの予想通り兄妹は新しい村にいた。ウイスキーの新酒が無いか聞きながら、二人の素性を聞いてみた。町で火事を起こしてしまい再建の目途も立たない。町に居ずらくなってこの村の噂を聞いてにやって来たらしい。作り話にしては合格だなとウルルスは思った。


 ターゲットに自然に近づいて、前の職業を聞いてみた。町の汚物の処理係と答えた時は上手いこと言うなぁと思ったものだ。自分も汚物の処理をしている答えると男は明らかに狼狽した。肩に手を置き妹を犯してから惨殺されたくなかったら近くの川まで一人で来い、反撃しても構わんと告げて新酒の買い付けを許可して貰えるように村長に頼みに行った。


 その夜、川まで来た男は愛用なのであろうナイフで背後から襲ってきた。回避と同時に首筋に一撃与えて失神させた。そのまま川に投げ捨てるとしばらくして気が付いた男はパニックになってあっけなく溺れ死んだ。着衣水泳の経験が無かったのが災いした。日本では水泳の授業が必須項目になっている。過去の教訓が生かされた一つの例である。


◆◆


 これで任務完了、妹は兄を突然亡くした悲劇のヒロインとして村の男たちの同情を引いた。長居は無用だとウイスキーの新酒を三本だけ買い込み、葬式に使ってほしいと少しばかりの金を渡して、暗殺者ギルドに使い魔に連絡を入れて家路に着いた。


「……人でなしですね」

「その金で生きてるティアも大概だぞ?」

「まあ、それもそうですね。私も人でなしです。ご主人様は何故暗殺者を続けるのですか、ギャンブルで生活出来そうなものなのに」

「俺は勝てるギャンブルしかしないし、勝ちすぎてカジノからは出禁を喰らってる。そうだな、他人の人生を踏み潰して生きる人生が性に合ってるからかな」

「……極悪人ですね」

「まあ、褒められた人生でないのは自覚してる。本当の極悪人は妹を攫って凌辱した後に兄貴を呼び出して目の前で殺して悦に入って、激昂した兄貴も殺すんだけどな。それを面白可笑しく吹聴して回るような暗殺者は、一人残らず事故死に見せ掛けて殺してるけど」

「下には下が居るものですね。ご主人様、グッジョブ」

「まさか褒められるとは思わなんだ」

「極悪人、死すべし」

「それだと俺もいつか殺されるんだろうな、自業自得だ」

「その時はご一緒しますよ、私には生きていく術が他にありませんから」


 迷いなくなんでもない事の様なティアの発言に自然とウルルスはティアの頭を撫でていた。そういえば、頭を撫でるのは初めてだったかもしれない。


「そっか、留守中に変わった事はあったか?」

「そうですねぇ、武装した男たちが二回襲撃してきました。攻撃魔法の的としては

物足りなかったです。あと……」


 甘えるネコの様だったティアの雰囲気が一変する。頭を撫でてていた手を取ると胸のあたりで両手で包む。


「あと無駄にスタイルが良くて体のラインを強調するようなドレスを着た燃える様な金髪の女性が訪ねて来ました」

「ああ、情報屋のフェイだな。家は教えて無いんだが、さすがは情報屋ってとこか」

「ご主人様によろしくと言われました。その時はサービスするから、とも言ってました」

「テ、ティアさん、握ってる手が超痛いんですが」

「男ならこんな時どう言うべきか、分かりますか?」


 ダメだ笑顔だが目が笑っていない。


「フェイとはビジネス上の関係で肉体接触は一度も無いぞ?」

「本当ですか? とても信じられませんね」

「昔世話しただけだよ、フェイの師匠に頼まれたんだ」

「……。とてもそんな雰囲気じゃなかったんですけど、ですけど」

「そうだとしても、手を出す気は無いよ」

「ご主人様は極悪人ですね」

「……なんでそうなる」

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