第8話 利用する関係
話が終わり、帰宅という段階になるとクレアもついてくるといい出した。
ここ数日まったくルイを掴まえることができなかったので、今後のこともあり家を知っておきたいということだった。
「アンタ、本当に家まで来る気なのか?」
「さっき言いましたよね? アンタではなく、名前で呼んでください。
それとご自宅には行かせていただきます。
いつまた学院に来なくなるかわかりませんし、ご家族にもご挨拶をしておかなければいけません」
家まで来なければ納得しそうもなかったので、ため息をついてルイは諦めた。
貴族の屋敷が多い東地区とは逆の西地区へ向かい、大きい通りから脇道へと入ってさらに奥へと進んでいく。
後ろをついてくるクレアはキョロキョロと周囲を見渡し、その後ろにいる執事のウィリアムは黙ってついてきていた。
さらに進んだところは、建物がギュウギュウに建っていて道も狭い。
あちこちにボロボロの破れた服を着た者が座り込んだりもしている。
その景色はほとんどが灰色か黒という感じの場所。
俗に言うスラム街だった。
「ここだ」
案内された場所は三階建ての一階部分で、玄関を開けるとすぐ左側に小さな水場。
人一人が立てるくらいの、小さなキッチンと洗面所を兼ねた水場だった。
その奥にはドアがあり、残りの設備を考えるとそこはトイレだと思われる。
玄関から部屋の奥までは四メートルくらいしかなく、その狭い空間にベッドが置かれていた。
「家の場所もわかったし、これでいいか?」
「あの、ご家族もこちらに?」
「家族はいない」
またクレアが朝みたいな感じで、機嫌が悪いように見えた。
まぁ三大貴族と呼ばれるような、メディアス家のご令嬢が来るような場所ではないのは確かだった。
「…………ウィリアム、急いでどこか住まいの用意をしてください」
「かしこまりました」
「ルイさん、明日は学院をお休みして東地区まで来てください。
専属で迎える条件に、お父様と会うことが約束になっていますので」
「……それはべつにかまわないが、俺のことは放っといてくれていい」
「そういうわけにはいきません。私に毎回ここまで来させる気ですか?
それにルイさんは、メディアス家が迎える騎士です。
他の貴族の目もありますので、これは譲れません。
では明日、九時に東地区にお願いします」
その日の夜、クレアはウィリアムから報告書を受け取っていた。
報告書の内容はルイに関すること。
そこにはルイに関する、噂と呼べるような内容が書かれていた。
「ルイさんの家を、クラウディス伯爵家が用意したのは確かですか?」
「それは間違いございません。逆に言えば、その部分しか確実な情報がございません。
ですから、クラウディス伯爵領での情報収集を進めることになりました」
クラウディス伯爵領で集まった情報は、クラウディス家の長男が黒髪の男子という噂。
だが次男が出産されるまで、外でクラウディス家の子供が目撃されることはなかったらしい。
故に、あくまで噂の域は出ない情報。
数年後、八歳前後である黒髪の少年が街に現れる。
その少年はその後、スラム街で生きていくことになった。
だが昨年、その少年は忽然といなくなったらしい。
「それがあの家のタイミングと合うということですか?」
「左様でございます。それとクラウディス家の長男が生まれた年、邪神リリスがクラウディス領に現れていることも記録として残っております」
「……わかりました。ご苦労さまでした」
わかったことは、クラウディス領に黒髪の少年がいたことだけだった。
しかし黒髪だということと、いろいろと時期が符合するところもあって信憑性は高いようにクレアは感じた。
結局あまりルイのことはわからなかったが、ここでクレアは考えることをやめた。
クレアの希望通りにことは進んではいる。
ルイとはお金の関係になってしまったが、小隊に迎えることもできた。
お金のことはあるが、ルイが小隊で戦うことで人々のためにもなるとクレアは思っている。
お互い求めるものを提供する、利用し合う関係だった。
翌日、魔法で制御されている砂時計が九時になる前に、ルイはクレアに言われた通り東地区へと向かった。
時期は一〇月で過ごしやすい気温だが、朝は少しだけひんやりとした気温でもある。
太陽が明るく街を照らし、すでに学生の姿はないが、お店を営んでいる人たちは開店の準備をしていた。
ルイは大きな通りを通って、東地区へと向かう。
東地区に近づくにつれ、植林が目につくようになる。
向こう側に見える屋敷はゆったりとした空間があり、スラム街などとは景観がまったく違っていた。
「おはようございます。ちゃんと来てくれるか、少し心配していました」
「そりゃメディアス家に迎えられるなら、誰だって来るだろ」
「そうかもしれませんね」
クレアに案内された屋敷は、今見てきた屋敷の中でも別格と言える立派な屋敷だった。
塀と門があり、私兵が警備しているところは変わらない。
だが黒い格子の門は無駄に大きく、特筆すべきなのは訓練の設備が備えられていること。
学院にもあるものだが、真剣での訓練には限界がある。
だが訓練用の設備があれば、剣戟を衝撃に変換してくれるので実践に近い訓練ができるのだ。
クレアに連れられ応接室へと入ると、そこには二人の騎士と婦人が待っていた。
騎士の一人は、メディアス家の当主だろうことはすぐ理解できる。
婦人はクレアの母だろうが、もう一人の騎士についてはわからない。
クレアはルイと同じソファーに座り、三対二という形で席についた。
「娘のクレアから話は聞いている。私はクレアの父デューン、こっちは妻のエリーだ」
「聖騎士科に在籍しているルイだ」
「こっちの騎士は来年、クレアの小隊で副隊長をしてもらうアランだ」
年齢は二〇代中頃くらいに見える。実戦経験もあるはずだ。
「アラン・コールという。コール侯爵家の者だ」
茶色の髪は刈り上げていて、前髪は長い。清潔感があり、礼儀もしっかりしている印象をルイは受けた。
だたコール侯爵家なんて言われたところで、ルイにはそのコール侯爵家がわからない。
貴族のことなど、ルイにはほとんどわからなかった。
「コール侯爵家は、代々我がメディアスに助力してくれていてな。今回もクレアの小隊に配属が決まっているので呼んだのだ」
その後はお決まりという感じの質問をデューンからルイは受けた。
魔法は神聖魔法を使うのかだとか、実戦経験がどの程度なのか。
デューンはルイの髪を視線で確認はしていたが、それについて訊いてくることはなかった。
「確かに、言葉遣いは聞いていた通りのようだ」
「わるいな。スラムでの生活がそれなりだからな。
年齢もあるから、貴族のような言葉では舐められるんだ」
「そうだな。ギルドに所属しているようだし、そういうこともあるのだろう。
最後に、私と少し模擬戦をしてもらえるかな?」
今まで穏やかに話していたデューンの目が変わった。
「クレアは才能もあり剣筋もいい。これまで地道に訓練もしてきている。
贔屓目を抜きにしても、クレアの技量は一般の騎士なら超えてくる。
そんなクレアが、ルイくんを推薦してきたのだ。どうだろう?」
「……クレア、これは受けなきゃいけないのか?」
ルイの問いかけに、クレアは戸惑っているようっだった。
デューンが模擬戦を申し込むのも意外だったようだが、それに対するルイの反応も想定外だったようだ。
「ダメだろうか? これはクレアの父として、そばに置く騎士の技量を実際に見ておきたいだけなんだ」
ルイから見たデューンの印象は、決して悪いものではなかった。
むしろ話のわかる人格者。ルイのような者の話でも情報をしっかり汲み取り、理解しようという姿勢が感じられるような人だった。
「わかった……あまり模擬戦は好きじゃないから、これっきりで頼む」
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