Jitoh-11:高邁タイ!(あるいは、狭隘せし間に/狭フォーロ)


 鉄腕野郎の投球、その第一投が終わり、わかったことがいくつかある。


 ひとつはこのボッチャにおける戦略は、「いかに相手の投球を制限するか」ということ。それは物理的なことも勿論なんだが、「見た目」……例えば自分が投げようとする軌道上に相手の手球が無くとも場に配置された球は目に入っちまうから、それに否が応にも精神にバイアスを掛けさせられる……相手の意図が見えない場合には特に。それも「策」なんだろう、多分。


 局面は俺の二投目。場には真ん中やや奥面寄りの初期十字クロス位置のままの的球ジャックと、その四時方向くらいに緑球が至近距離で一球ある状況。中央からやや左寄りのボックスの俺からは一見、的球への直線軌道を遮る存在は無いように見えるし思える。


 が、


 はたしてガラ空きのその白球のどてっぱら向けて「寄せる」一投を放てばそれでいいのだろうか……ああ……なんかそれ、誘われている気がして不気味な感じがするぜ。鉄腕はさっきどうとでも出来る状況下において、ジトーへの「防御」を選択した。いや、野郎の正確な意図までは分からねえが、俺にはそう思えた。対して俺に対してはこの無防備さ……初手で精密投擲を見せた俺と、荒唐投擲をカマした相方……どちらを警戒しているかというと、読めないイレギュラーな方ってわけか……? 癪だがおそらくはそうなんだろう。そしていくら奴でも初体験(と思われる)のこの「三つ巴戦」における最適解は得てない……とそう楽観的に考えるとするが、さらに俺らを「同時」には相手は出来ないんだろう……まあそれも楽観に過ぎる考え方かもだが……


 頭の中に粘る糸で繋がれたあぶくのような思考がぷこぷこ沸いてくる。まとまりそうもないそれらを持て余しながら、ガラにも無く緊張してテンパってんのか? とか自問してみたけどそうじゃあねえよな。


 わかったことのもうひとつ……野郎のボッチャへの向き合い方が生半可なものじゃねえってこと、それに何か俺自身が引きずられている。あんな投球を見せられて何も感じ入らないほど、俺の心の前立腺は摩耗はしてなかったってことだ。


 俺らド素人が多分に諸々盛って雑念その他も含ませた、このイレギュラーなる試合においても一切手を抜く気配は無え。精密動作が出来そうな例の「機械の腕」を投擲するためには使わず、それを勾配具にして、


「……」


 万人に「平等」に与えられているとかのたまう「重力」を使って、捻じ伏せようとしてきやがってんだ。常からそう定めている方針みてえのに、阿保みてえに愚直に則って。


 ……「平等」なんてとても言えるわけのねえこの世の中でよぉ。「平等」なんて絵空事なんだってのは何よりてめえが良く分かってんじゃねえのかよ。その身体の不遇さとかよぉ……


 なんて矜持だよ、ふざけんなよ。


 負けねえ。負けたくねえ。相手を認めたゆえでの負け思考なんかを浮かばせ連鎖してる場合じゃあねえ。


 呼吸を。意識しろ。意識した連なる深い呼吸を常態に持って行き、今度はそこから意識を離す。思考は一点、やはり狙うは的球ジャック、その最至近。野郎の緑球は何の策略か余裕か分からねえが、白球とわずかながら離れている。接していない。おそらくはそうすることも可能だったはずなのに。


 それも「防御」のためなのか……? Jの者が先ほど投げ放った剛速球……当たった球を全て場外に弾き飛ばすほどの規格外の威力……


 「球同士が接していると、力が伝わりやすい」、そういうことか? 今度もまた弾き出されないようにてめえの緑球をあえて指一本、的球から離し、受け止めるっつう腹か……?


 実際そうなるかは分からないが、J から見て白球の真ん前に緑球はある。緑球にぶつけ弾くことは出来ても、その後ろの、「接してない」白球に力を伝えるのは難しいんじゃねえか? 俺の頭の中に、二本が縦に並んだピンに対し、これ以上ない真っすぐさで転がりぶつかっていったボウリングの球が、手前の一本目を倒す際にその力をいなされ、奥の一本に掠ることも出来ずに残してしまう、といったよくある光景が浮かんでくる。


 だがそうだとして、自分の手球を犠牲にして的球ジャックが場外に行くのを避けるっていうその効果についてはぴんと来ねえものがある。例え的球は場外に出てもあの十字印の位置まで戻されるだけだ、いま現在もそこにある位置に。対して手球は弾き飛ばされたら弾き飛ばされたでその位置で続行。下手して場外に転がり出ていっちまったら無効。


 「壁」にするメリットは何だ?


 むしろ逆……「的球の真後ろに自分の手球を張っつける」方が、手球がそこに残る率は高くなるんじゃねえか……? 違うのか? 俺の考えていることは全く違うのか?


 わからねえが、この思考の「揺さぶり」こそが野郎の狙いだとしたら……? いや駄目だ。どうしても色々なことを考え過ぎちまうぜ、シンプルに集中、シンプル集中だ。


 言うてまだ序盤戦、読めないジトーの投球もうまいこと自分の味方につけて突っ切るしかねえ。さっき考えた「的球のどてっぱら寄せ」……やっぱそれだ。それを今この局面でやっておく。


「……」


 深く安定してきた呼吸を意識せず、自分の赤球をひとつ掴み上げた俺は、先ほどからの投球フォームに倣い、角度を気持ち右方向に向けつつ、もう一度意識して肩の力を抜いて「場」を俯瞰するように眺めた。体育館の薄茶色の床板と、区切り貼られた白いテープの色のコントラストがやけに鮮やかに目に届いてくる。そういや、物事も何事も、こうまで真っすぐに見つめる、見据えるなんてことついぞやってなかったな……みたいな思考は流し流して後頭部のさらに後ろにうっちゃって集中を高めていく。


 狙いは定めた。あとはそのイメージ通りに投擲することだけを考えろ。「狙い」、それは……


「……!!」


 的球込みで三度目の投擲。真っすぐ投げることだけなら、だいぶ慣れて安定してきたぜ。そして今回も細かい「力調整」はそこまで必要じゃねえ。「強め」に振るで問題ないはず。なぜなら、なぜならばッ!! 受け止めてくれる「壁」がまたあるからよぉ……


「……」


 俺から見て、わずかの隙間を開けて横に並ぶ白球と緑球。その仲良さげに並ぶ隙間目掛けて、その間に割り込むように。


「……!!」


 俺の思惑通りに転がってくれた。そして捻じり入ってやったぜ……


 フン、とわずかに隣の鉄腕がそんな風に鼻を鳴らしたのが聴こえた。どうよ? いま、ちょいと間違えた信号機のように密に横並ぶ三つの円の色は、左から白、赤、緑。


 てめえの思惑、「隙間あけての白球遮り防御」を崩す、「隙間に手球を嵌め込んで架け橋」だぜ……ネーミングは如何せん締まらねえが。


 このあと繰り出されるはずのJ速球が衝突するのは奴に向かって最前方の「緑」。そしておそらくその力は、接した後ろ二つの球にも伝導するはずだが、ビリヤードのブレイクのようにまた四散するとしてもさっきの「直当たり」ほどじゃねえから、場外まで跳ね飛ぶまでにはいくらあの馬鹿剛腕でも為し得ねえんじゃねえか? そこに賭ける。


 無理とは思ったが、一応二メートルくらい先でぽけーっとただ自分の番を突っ立って待ってるだけの相方に、「次は力抑えろ」みたいな即興のジェスチャーをカマしてみた。しかし何故か巨顔を赤らめ目を伏せられてしまったよこいつの混沌力も生半可じゃねえな……


 会心の投球をしたはずなのに胸にずんめりとした凡夫感が漂い抜けねェ……が、望むところ。


 混沌に、引きずり込んでやるぜぇあッ!!

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