極寒の『やきゅうけん』

第5話 『やきゅうけん』ですって?

 窓の外は猛吹雪だ。しかし、ここは暖房が良く効いていて温かい。

 温泉旅館にいたはずの美冬は、何故かどこかのビルの中へと召喚されていた。そこはちょうど、ショッピングモールのような場所で、アパレル関係の店が並んでいた。


人型機動兵器トリプルD搭乗者の出雲美冬いずもみふゆ様ですね」


 突然背後から声をかけられてビクッと立ちすくむ美冬だったが、ゆっくりと後ろを向く。


「驚かせたようですね。申し訳ございません。私はこの度、美冬さまのお世話をさせていただく者でございます。名はローラと申します」


 恭しく礼をする女性。

 小麦色の肌と黒髪だが顔の彫りは深くラテン系を思わせる。長身で紺のスーツが似合っているものの、胸元ははちきれそうで、巨乳が収まっていなかった。


「ローラさん。初めまして。私、どうしてここに呼ばれたのでしょうか?」

「まだご存知なかったのでしょうか? それぞれのチームには案内役の天使様が付いていると聞いたのですが?」

「そうなのですが、その天使が私たちのメンバーの一人に恨みをもっていたようでして、結局その天使に騙されてこちらにやってきたのです」

「つまり、何も知らされていたのかのですね」

「はい。温泉ツアーだと聞いておりました。しかし、人型機動兵器や戦車なども一緒に呼ばれたのです。何の事なのか、私たちは全然理解できなかったのです」

「なるほど。では私から簡素ではありますが今回のイベントについて説明させていただきます」

「よろしくお願いします」

 

 ローラは美冬の言に頷きなが説明を始めた。

 ローラによると、この世界では、神々の対立が根深いのだという。神と神の戦いは非常に長い時間がかかる。それは数万年から数億年という気の遠くなるような時間だ。そこで、神々は人間を駒として使いゲームを行う事を考えた。そして、その結果に従うとの盟約を交わしたと、そう言う事らしい。


「つまり、私は駒として呼ばれたのですね」

「はい。ただし、何と言いますか、人間においては“ゲーム”を楽しむ感覚でよいとの事でございます。例えば“殺し合い”であったとしても、会場では実際に殺し合わねばなりませんが、その結果は神々のゲームの勝敗として記録されるのみであり、当事者、即ち駒は自身の能力のみを提供する事になります。たとえ殺されてもゲームが終了すれば元通りの生きた姿のままで戻って来れるのです」

VRヴァーチャルリアリティの世界で戦うような事なのでしょうか?」

「結果としてはそうなります。しかし、当時者同士は実際に戦い、そしてその味わう痛みや苦痛は実際と同じと言われております」


 美冬は当然のように不安感が増した。神々の戦いに駒として参加するのだ。その例として挙げられたのが“殺し合い”であり、それは美冬の不安を余計に煽っていた。

 しかし、一つの事実が美冬を勇気づけた。それは、このゲームに呼ばれたのはオルレアンであり、彼女はその登場者なのだという事実であった。それならば、ここで行われるゲームが何なのか確認する必要がある。例えば、荒野での決闘、殺し合いというようなゲームであれば、オルレアンに乗る美冬は絶対的に有利ではないかと。


「ローラさん。では私は何をすればよいのでしょうか。ここで行われるゲームとな何なのでしょうか?」

「はい。非常に簡単な競技です。一般に『やきゅうけん』と呼ばれるものです」

「野球拳?」


 美冬は目を見開いてローラの顔を見つめる。

 殺し合い、決闘、そんな殺伐とした死のゲームを予想していた彼女には拍子抜けするものだったからだ。


 野球拳とは、じゃんけんをして負けた方が一枚服を脱ぎ、裸になった方が負けるというルールだったはずだ。当然相手がいるはず。相手が……キモイ親父だったらどうしたらいいの!!

 

 青ざめてしまった美冬にローラは笑顔で頷いていた。


「対戦相手が誰か気になると思うのですが、相手は……15歳の女性、高校一年生ですね」


 その一言に安堵した美冬だった。

 ローラは引き続き『やきゅうけん』のルールを説明した。

 専用のタグが付けられた衣類を身に着ける事。ただし5枚以下。それ以外の衣類を身に着けた場合は失格となる。その衣類はショッピングモール内の衣料店で入手可能。もちろん無料。入手時に美冬専用のタグが取り付けられる仕組みだ。

 じゃんけんは携帯端末のアプリで行う。端末に表示される「グー」「チョキ」「パー」のどれかを選択するが時間以内に選択しないと遅出しとなり、その回は負けとなる。

 会場は屋外の氷床の上にある。気温はマイナス50度程で常に吹雪いている。氷の下は海であり、戦車などの重量物で侵入した場合は氷が割れて水没する。


 美冬はなかなか厳しいルールだと思った。これではオルレアンの圧倒的なパワーでごり押しすることができないからだ。


「あの……質問があります」

「何でしょうか?」

「靴下は、一枚ですか二枚ですか?」

「靴下は左右ペアで一枚とカウントします」

「セーラー服のネクタイは?」

「カウントしません。セーラー服とネクタイを同時に脱衣してください」

「カイロとかの暖房は?」

「使用可能ですが、枚数には含めません。必ず衣類に貼る事。つまり、貼ってある衣類と同時に脱衣する事になります」

「靴、靴は?」

「こちらも左右ペアで一枚とカウントします」

「じゃあ、下手したら氷の上で素足でって事になるの。何か、毛布とか敷いちゃいけないの?」

「敷物に関しては、ルールには記載されておりません」

「なるほど……」


 美冬は周囲を見まわした。衣類や履物などは豊富にそろえてあり、何でも手に入りそうだった。

 

「あと90分でゲーム開始となります。遅刻しますと失格ですのでご注意ください。開始5分前までにはこの場所にいらしてください」

「分かりました」


 ローラの説明に頷く美冬だった。

 美冬は自分が何を着るか、寒風をどうやって防ぐか、氷床上で温かく過ごすために何をすべきかを必死で考えていた。

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