クリスマスの秘密 ~サンタクロース代行人~

オトブミ

第1話

21XX年、時は鎖家の時代。


鎖国の間違いじゃないかって?ううん。閉じているのは国じゃない。家なの。


大昔のこの国では、「鎖国の時代」と呼ばれた他国と一切の外交を絶っていた時期があったみたいだけど、わたしたちから言わせれば、そんなに贅沢に開かれた世界なんて、夢のまた夢だ。


今から100年くらい前、全世界で新型ウイルスが大流行した。感染力が異常に高くて、致死率も50%を超える恐ろしいウイルス。大気中に浮遊するそのウイルスのせいでたくさんの人が亡くなった。頭の良い人たちがどれだけがんばって研究を重ねても、結局、空気感染するそのウイルスの流行を止める方法は見つからなかった。


そこで、世界中の偉い人たちが集まって会議をして、地球一重要な決断をくだした。彼らは、全世界の誰もが家から出ないという未来を選んだのだ。


今、この時代を生きる人たちは、基本的に自分の家から出ることは許されていない。大抵の人は、生まれてから死ぬまで、閉ざされた狭い空間の中で一生を終えていく。


もちろん、友達や恋人に直接会うのだってご法度。対面するのは必ずバーチャル空間の中になる。


そんなんで恋だの愛だの生まれるかって?


それがね、意外と大丈夫みたい。バーチャライズシステムって呼ばれる装置ーーヘルメットタイプやスーツタイプ、手袋タイプとか色々あるーーを使えば、手が触れた時の感覚や、抱き合った時の温もりとかは遠隔でも伝わるから、問題ないんだって。まあわたしにはそんな相手いたことないからよくわからないけど。


そんな風にして愛を育んだ恋人たちは、結婚する段階になって初めて、直接顔を合わすことが許される。そこで彼らは決めなきゃならない。これまで生活してきた家を離れて、相手と、新しい家でこれからずっと一緒に生きていくのかどうかを。一世一代の大決心をして、晴れて同居が決まると、ほとんどの人にとって人生で最初で最後の外出となるお引越しを迎える。そうして、育ちの家を去っていく。


もしかしたら、この状況を昔の人はかわいそうって思うのかもしれないけど、わたしたちにとっては生まれた時からこれが当たり前なんだから別に違和感はない。移行期間を経験しているひいおばあちゃんたち世代は直接顔を見れた時代を恋しいって思うみたいだけど。


まあともかく、今はそんな時代。


でも、こんな世の中でも、家の外へ出ていくことを許された特別な存在がいる。それが、媒介者って呼ばれる人たち。彼らは、ウイルスの抗体を持ち、10万人に1人の確率で生まれてくる。何を隠そう、わたしも媒介者の1人なのだ。


*


「はーークルムはいいよねえ」


画面の中で、ユニとキコが声を揃えてため息をついた。


「なにがよ」


わたしは、ポテトをつまみながらーー正確には、画面の中にあるバーチャルポテトをつまむジェスチャーをしながらーー答えた。


ちなみに、画面の中のレストランで食事をしていてもバーチャライズヘルメットやバーチャライズスーツを通じて匂いや味、咀嚼した時の音などを感じることができるから、意外と虚しくない。もちろん実物じゃないから食感はないしお腹は膨らまないけれど。


「宅配していろんなお家回って、出会いに困らないじゃん」


「いやいやいや。あのね、男の人側もそう思ってるわけ。どうせ俺以外の男とも仲良くしてんだろって言われて振られた媒介者って多いのよ。わたしたち、全然もてないの」


ユニの言葉に対し、少なからず妬みも混ぜてわたしは反撃を繰り出した。


「だいたいさあ、2人は彼氏いるんだからいいじゃん!わたしなんて生まれてこの方誰とも付き合ったことないんだからね!もう18なのに!」


画面内の2人のアバターに向けてケチャップ付きのポテトを投げつけてやる。


「いやけどさ、生の男の顔見る機会なんて普通ないじゃん。わたしなんて、まだ彼氏のほんとの顔見たことないし」


キコが巧みにポテト攻撃をかわしてしれっと言った。


「え、キコまだ顔合わせてないの?もう2年くらい付き合ってるでしょ?そろそろいんじゃない?」


「いやでもわたし彼氏と会う時のアバター結構かわいい感じに盛っちゃってるんだよね。ほんとの顔見てがっかりさせるのはいやじゃん」


「キコ美人なんだから絶対大丈夫だよ、早く顔見せたほうがいいよお互い」


「いやでもやっぱこわいよ。初めて会った時、『アバターかわいいですね』って話しかけられたんだもん。今でもその言葉が頭から離れないの。わたしもユニみたいに全身スキャンして、この顔のままのアバターで出会っとけば良かったかな」


「んーそうねえ。でもアバターで惹かれ合ってるって、中身見てくれてるってことじゃん、そっちのが素敵だと思うけどなあ、わたしは」


ユニとキコの会話を聞きながらわたしはぶーたれたい気持ちになる。こっちからしたら彼氏の悩みがあるだけうらやましいっての。


「もうすぐクリスマスじゃん、このタイミングで顔見せちゃえば?キコ」


ユニのその言葉を耳にしてはっとした。そうか。もうすぐクリスマスか。急に仕事のことを思い出して憂鬱な気分になる。この時期はわたしにとって、一年で一番忙しい季節だ。


わたしは郵便配達員。抗体を持つ媒介者たちは、基本的に人に直接会う必要のある仕事に就くように定められているんだけど、医者をはじめとする医療関係者や、荷物を手渡しをする必要がある配達員になるのがわりと一般的。媒介者専門学校で一緒だった頭の良いエリートたちはみんな医者になったけど、わたしみたいなお勉強苦手勢は基本配達員をやっている。


50年ほどまでは、役者やスポーツ選手も媒介者の仕事だったけど、今はもうこういう人たちもバーチャルの世界でのみ生活している。運動神経には自信があるから、本当はスポーツ選手になりたかったのにな。残念。


正直なところ、配達員なんて宅配ロボットに任せればいいのにってわたしは思うけど、誰でもいいから直接人に会いたいって願う人はけっこう多くて、そういった人たちのために、今でも人間の配達員が残されている。医師の直診察が必要になるような大病やケガをしない限り、家族以外の人間と顔を合わすことのできないのが今の世の中だから、対面で人に会うっていう非日常をお手軽に、安全に味わいたいってことなんだと思う。わたしたち配達員は、人類最後の「誰でも会える生身の人間」ってわけなのだ。


「じゃあわたし、明日仕事早いからこの辺で落ちるね」


そう2人に声をかけて画面の電源を切り、バーチャライズヘルメットを外す。


1人きりの部屋でホットココアを飲んで一息入れてから眠りについた。


*


次の日の朝。いつも通り、眠い目をこすりながら郵便配達をしていると、仕事用の通信デバイスが振動し、電話がかかってきたことを伝えた。


表示された名前はアルダ。世界郵便局本部のG地区長だ。渋々電話を取る。


「…はい」


「クルム、あのね、ちょっと頼まれて欲しいことがあるのだけど」


「いやです」


「まだ何も言ってないじゃない!」


「アルダからのお願いって嫌な予感しかしないもん」


「じゃあ、お願いじゃなくて命令だからやってくれる?クリスマスのサンタクロースの代役」


「は?」


唐突なリクエストに思わず間抜けな声を出してしまった。


「それって何、サンタクロースのコスプレをして配達しろとかそういう」


「ばかねえ、違うわよ。サンタ一族のサンタクロースとしてクリスマスイブに世界中の子供たちにプレゼントを届けてほしいのよ」


「はあ?!」


ますますわけのわからない話にすっとんきょうな声をあげてしまう。


サンタ一族。毎年12月24日のクリスマスイブに子供たちにプレゼントを届ける媒介者の一家。赤いコスチュームを身にまとった彼らはサンタクロースと呼ばれる。サンタ一族は血縁を大切にするらしく、代々一族の人間しかサンタクロースにはなれないっていう噂。その正体は割と謎に包まれている。


一族が全員で何人いるのか。どうやって一日で世界中を回っているのか。一族全員が媒介者になんてなれるものなのか。普段どうやって生計を立てているのか。


その辺りは誰も確かなことを知らない。


「いや、無理でしょそんなの。だいたいサンタクロースってサンタ一族の人間しかなれない決まりって言われてるじゃん」


「サンタ一族が後継者不足に陥ってるってことは聞いたことあるわよね?」


「はあ、それはまあ。」


「人手不足が深刻化してきて、今年初めてサンタクロース業をアウトソーシングすることになったらしいのよ」


サンタクロースも外注する時代か。どこもかしこも人手不足は深刻な問題だ。


「それで、白羽の矢が立ったのがあなたってわけ」


「はあ?なんでよ」


「けっこう体力使う仕事みたいだから若いほうがいいって」


「やだよ絶対そんなの」


「それに、うちの支部でクルムが一番飛行能力長けてるじゃない。」


アルダが言う飛行能力というのは文字通り、配達員の空を飛ぶ能力のこと。たいていの配達員は車やバイク、船を使って移動するんだけど、広い範囲をスピーディーに回るためには、空を飛べる配達員が必要になってくる。もちろん人間がそのままで空を飛ぶことはできないので、ジェットスーツっていう飛行用の特殊なスーツを着るんだけど、こいつがなかなかのくせモノ。これを着てバランスを取り、30センチ浮くのを1分間続けられるようになるまで、だいたい1年かかるって言われてる。


ただ実務上では上空3メートル程度を半日以上飛べないと話にならない。たぐいまれなバランス能力や反射神経のほか、高さ耐性とスピード耐性も持ち合わせている必要があるから、飛行型は全配達員の中でもほんの一握り。


そんなたぐいまれな能力を持っているうちの1人がこのわたし。媒介者専門学校時代、勉強は全然できなかったけれど、ジェットスーツコントロール試験ではいつも一位だった。


「サンタクロースってみんな空飛べるの?」


少し顔を覗かせた競争心からそう聞くと、


「そうなんじゃない?昔の書物にはトナカイが引っ張ってるそりに乗って空を飛んでいるイラストがあるじゃない」


とアルダは答えた。


「なにそれ、超アスリート集団じゃん」


「興味出た?じゃあお願いね」


「やたやだ。わたしクリスマスイブは家でぬくぬくするって決めてるの」


「だめ。これは命令です。もうサンタ一族に履歴書送っといたから」


有無を言わさぬ圧力。


「このプロジェクトを成功させたら大出世間違いなしよ!」


そう高らかに声を張り上げたアルダの声を聞いた時のわたしの顔は、「苦虫を噛み潰した」と表現するのにふさわしいと思う。


*


「そーゆーことでクリスマスイブは海外勤務することになった…もーやだーー」


愚痴に付き合ってもらおうとユニとキコをバーチャル空間に呼びつけたわたしは、カフェの机、もとい、自宅の机に突っ伏した。


「えーいいじゃん海外なんて!」


「そうだよ、海外の外の世界、写真撮ってきてよね」


わたしのテンションに反するリアクションが2人から返ってきて、不服。


「いや、絶対バーチャルの世界の方が昔の街並みが残されてて異国情緒あるよ?どうせもう今はどこもロボットに管理されてるから見た目なんてこの辺と大して変わらないって」


わたしそう言うと、キコは、


「いーのいーの、海外の外の世界がどうなってるかみてみたいの」


と言う。


「だいたいさ、24日だけ勤務するんだったら百歩譲ってまだ許すけど1か月もサンタクロース研修やるって何?!その間休日ないんだよ?ブラックすぎない?!」


「いやむしろ1か月でサンタクロースってなれるもんなんだね」


キコが妙に感心している横で、ユニがはしゃいだ声を上げた。


「ねえねえ、わたしが子どもの時に来てくれたサンタクロース、まだ現役かな。もし会ったらよろしく言っといて」


2人とも人ごとだと思って完全に楽しんでる。コノヤロウ。


「サンタクロースなんて人によっちゃ一生記憶に残る存在じゃん。そんな大役の代理なんてやりたくないよわたし」


大昔は子どもたちが寝ている間に忍び込んでこっそりプレゼントを置くっていうのが風習だったみたいだけど、ここ数十年で、防犯上の観点から、サンタクロースは昼間に子どものいる家を訪ね、手渡しでプレゼントを渡すことになってる。


「いーじゃん、かわいい子どもたちと触れ合えるんだよ?超うらやましい。ちょっとくらい研修で苦しめばいいのよ」


キコが無慈悲なことを言ってのける。ほんとに人の気も知らずに勝手なんだから。


結局、2人からはなんの共感も得られず、愚痴り会は消化不可に終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る