04

 パルシファル宮殿の二階にあるテラス。

 噴水と色鮮やかな花々に彩られた美しい庭の中、チルリルは一人佇んでいた。


「きゅ~」

 モケが心配そうに鳴き、黙ったままのチルリルの足下に体を寄せる。

「……モケ。慰めてくれてるのだわ?」

 しゃがんでモケに目線を合わせ、ふっと微笑む。

 相変わらず何を考えているかわからないが、そののっぺりとした顔を見ていると少しだけ傷ついた心が癒される気がした。


「……また失敗しちゃったのだわ。それもあの子の前で」


 モケをひと撫でして立ち上がり、テラスの外に広がる景色に目を向ける。

 一面に広がる青空――遥か彼方にある故郷に思いを馳せる。

 自分たちは彼の地の救済のためにこの中央大陸に派遣されてきた。その使命を全うするため全力を尽くす、その覚悟に嘘偽りは一切ない。だが、チルリルにはもうひとつ、心に誓った目的があった。

 クラルテの出現に端を発した西方大陸での冒険。その決着により様々な問題にケリがついたが、それでもその目的はいまだ揺るぐことはない。


(あの子に少しでも楽しい時間が増えたらいいって思ったけど……)

「チルリルがぶち壊してしまったのだわ……」


「そんなことないさ」


 突然背後から声がし、驚いて振り返る。

 いつの間にかアルドが、そして他の参加者たちが背後に立っていた。


「みんな!? どうして……」

「チルリルに言いたいことがあるらしくてさ。聞いてやってくれないか?」


 アルドがそう言って振り返ると、後ろに控えていた参加者たちを代表してアナベルが歩み出た。


「チルリルさん。この懇親会を開いてくれたこと、感謝しているわ」

「……ふえ?」

 突然礼を言われ、チルリルが呆けたような表情を浮かべる。

「おかげで久しぶりにとても楽しい時間を過ごせたわ。仕事の疲れも吹っ飛んでしまうくらいに」

「うむ。拙者もみたらし団子の魅力を世界中に広めたいと考えていた故、ちょうどいい機会でござった。このような素晴らしい会合を思いつくとは、チルリル殿は慧眼の士でござるな!」

「数々の極上スイーツが奏でる妖艶なる調べ……深淵なる味覚を持つわたくしのイービル・タンも満足していますわ! 誉めてあげてもよくってよ!」

「たまにはこうして思いっきり羽目を外すのもいいものね。次があるならぜひまた呼んでちょうだい」

「わたしも楽しかったよん。舞踏団のみんなにも自慢しなきゃだね~」


「――っ!」


 参加者たちの温かい言葉にチルリルは一瞬顔を歪ませ、こみ上げる感情を振り払うように首を振る。


「……みんな、ありがとうなのだわ」


 チルリルはその役割上、人から感謝されることには慣れていた。

 教会にいた頃は笑われたり陰口を叩かれることも多かったが、旧教会圏の信仰厚い人々や、中央大陸に派遣されてきてから出会った人々はみな優しく、たとえチルリルが思うような成果を残せなかったとしても、「ありがとう」と微笑んでくれる。

 だが、今回は事情が違う。

 自分が企画し皆を集めておきながら、自分のせいで迷惑をかけてしまった。それなのにこんな風に言葉をかけてくれる彼女たちの優しさが、そしてそれが嘘偽りない彼女たちの本心だとわかるからこそ、沈んでいた心に温かく染み入ってくる。


 しかし――それでも、チルリルに笑顔は戻らない。


「チルリルもみんなとお喋りできてとっても楽しかったのだわ。でも、パーティはもう……やめておくのだわ」

「チルリル……」


 チルリルがここまで落ち込んでいる理由にはアルドも察しがついていた。きっと自分たちの言葉だけでは足りないだろうということも。

 もし『剣持つ救世主の生まれ変わり』を救うことができるとしたら、それは――


「いつまでそんな暗い顔をしているつもり?」


 別の人物の声。

 全員が振り返ると、テラスの入り口にメリナが立っていた。


「メリナ……?」


 動揺するチルリルをよそに、メリナは他のメンバーの間を通り抜けるようにして前に出ると、正面からチルリルに向かい合った。


「人々に希望を与えるのが私たち宣教師の使命なのよ。いつも騒がしいくらい元気なあなたがそんなしょぼくれた顔をしていたら、皆が不安に思うでしょう?」

「う……そ、そんなの言われなくてもわかってるのだわ! ひとつ階級が上だからって偉そうにお説教しないでほしいのだわ!」

 チルリルがむきになって言い返すが、メリナは涼しい顔で受け流す。

「ふふ、元気が出たじゃない。それでいいのよ」

「む……むきーーっ! なんなのだわ!? わざわざそんな皮肉を言うために来たのだわ!?」

 メリナは首を振る。

「私がここに来たのは〝仕事〟を全うするためよ」

「仕事……?」

「あら、忘れたの? 私はあなたの主張……『美味しいお菓子が世界に平和をもたらす可能性』を判定するために来たのよ」

「――っ!」


 チルリルの顔が強張る。判定の結果など聞くまでもなく明らかだった。


「結論から言うと――あなたの主張は認められないわ」

「お、おいメリナ……」

 アルドが慌てて制止に入るが、メリナは構わずに続ける。

「魔物をおびき寄せる危険性については当然として、中毒性が強すぎるのも否定材料ね。さっきみたいに争いを生む原因になりかねないわ」

「そんなの……言われなくてもわかってるのだわ」


 チルリルが消え入りそうな声で言う。

 メリナはそんなチルリルをしばしの間じっと見据えていたが、やがてこう続けた。


「ただ……味に関しては、悪くなかったわ」

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