第19話 見えて来た世界の理。



 ペットボトルと粉のスポドリ、そしてついでに目に付いた栄養剤もパパッと回収した私達はすぐに戻った。


「太郎さん、一箱どうぞ」

「……? ああ、粉末状の水溶剤だね。なるほど、これなら未開封のペットボトルを消費しなくても良い。流石だねココロ君」

「なんなら、その粉末のまま回復出来るかも知れません」

「ふむ、試してみようか」


 結果、魔力回復現象は文字通り“現象”である事がわかった。

 なにせ粉末状のスポドリ水溶剤では魔力は少しも回復せず、試しに水溶剤を水に溶いて飲んでみたら回復したのだ。

 スポドリの成分がどうとかでは無く、この世界がスポーツドリンクに魔力の回復効果を定めた、そう考えるしか無かった。


「完全に世界がゲーム化したくらいに思った方がいいかも知れませんね」

「そうだね。モンスターはリポップするみたいだから、アイテムは世界に既存の物を使ったのだろうか。するとアイテムが詰まったこの場所はさしずめ、ダンジョンと言ったところかね?」

「……とりあえず腐肉のダンジョンとでも呼びましょうか。今はダンジョンの仕様よりスポドリの検証した方が良いですし。今は流石に無理ですけど」

「成分が同じでも粉と液体では明確に区分されているみたいだからね。スポーツドリンクとその他の境界線と定義を探る必要がある。上手く行けばポーションを自作出来るかもしれないのだからら」

「多分、浸透圧とミネラル、アミノ酸とかですよね。浸透圧だけでいいなら水と塩で作れるのに」


 他にも、条件を満たしているなら濃縮したり水溶剤追加して効果を増幅出来るのか、自分たちが気が付いてないだけで他のポーションだってなかったのか、なんて事も重要だ。


「太郎さん、お酒は何か効果有りました?」

「……今考えると物凄く効果有りそうではある、が、不明だね。酔っていたから。私としては栄養剤か酒のどちらかがHPポーションだと思っているのだがね」

「あー、お酒って命の水とか言いますもんね。そっか、無傷の状態で飲んでも効果がわからないですよね」

「帰ったら試してみよう」

「……残ってるんですか?」

「ふっ、ヘソクリくらいはあるのだよ」


 そんなこんなでショッピングモール改め腐肉のダンジョンを脱出。

 舎弟二人と中学生四人が二人ずつタンカーを運び、残った私、秋菜、雪子、春樹、太郎さん、中学生二人が周囲警戒、サーチアンドデストロイの役目について、看護師はタンカーに乗った親子の点滴を自分で持って高さを維持して、お医者さんは親子の容態を移動しながらもチェックして処置を施している。


「助かりそうですか?」

「ええ、まぁ。皆さんが急いだお陰でしょうね」


 私は周囲を確認しながら医者に聞く。

 超感覚が使えないから目視と聴覚くらいしか索敵に使えないので、目を見て会話と言うものが出来ない。

 もしかして、これは相手が腐肉だからではなく、ここがダンジョンだから索敵系スキルが阻害されているのだろうか?


「今更ですけど、この親子は学校の避難所に預けて良いのでしょうか?」

「もちろんです。避難所は避難する為の場所ですよ。たとえそれが衰弱した要救助者だとしても」

「でも、なんか病院が稼働してたんですよ。あっちに預けなくて良いんですか?」

「何ですかソレ詳しく」


 舎弟二人は病院の事を伝えてなかったみたいだ。

 食いつかれた私は事の顛末を交えて事情を教えると、敵対しかけている事を聞いた医者がアチャーって顔をする。


「まぁ、うん。しょうが無いですよね。時世が時世ですから」

「ですよね。武装した不良に初対面から良識を求めるとか無茶ですよね。この終末の世界を舐めてるのかって話ですよ」


 思いの外医者との会話は盛り上がった。彼はこの世界がヤバい事を理解している医者である。だって現在形でヤバい場所に居るのだから。

 途中現れた腐肉は風炎斬でブチ殺し、舎弟二人はあの時私が病院で暴れていたらどうなっていたかを知って震えていた。


「狩場、滅ばないみたいですね」

「純魔法使いの養殖には良い場所だね」

「増やすんですか?」

「まさか。避難所で一応の権威を手に入れたのに、捨てる様な事をすると思うかね?」


 エントランスを超えてトラックまで辿り着き、大量の布を並べて救助者を寝かせ、諸々準備したら発進である。

 今回もガソリン給油出来なかったなと思いながら、救助者の負担にならないように微速運行だ。

 戦闘員はトラックの周りで周囲警戒、ただ頑張った夏無し親子だけはトラックの荷台でお休み中だ。運転は太郎さんが担当している。助手席は私。

 ちなみに腐肉のダンジョンで役に立たなかった舎弟二人は、流石にレベル一桁とは言えゴブリンなら相手に出来るはずなので、戦闘員扱いだ。


「そう言えば舎弟A。アンタ達これからどうすんの? 病院帰るの?」

「いやぁ、流石に遅いんで、誰か寝床貸してくんないっすかね」

「今ウチの拠点、レベル低くてスキル足りないと物理的に出入り出来ないから無理だよ。どうしてもって言うなら太郎さんに相談してね」

「あ、私達とココロ君達は拠点が違うのだよ。その辺の事情は分かっているのかね?」


 即応出来るように窓全開にした扉越しに舎弟と喋りながら学校へ。舎弟二人は学校に一泊してから帰る事になった。

 太郎さんクラスの信用が有るなら自宅にも泊めるけど、ほぼ初対面の不良を二人も家に招きたくない。

 私も十七歳だし、雪子だって二十九歳なのだ。まだまだ男性の欲望を刺激する年齢だと思うし、実際雪子はとても若く見える。

 救助したばかりの時は酷い見た目で、絶望の中でもがいていたせいで老けて見えた事もあったけど、今では若奥様と言っても問題無い容姿である。

 なので信用出来ない狼を二匹も招く事は出来ない。うちのメンバーは春樹以外全員女の子なのだ。にゃんにゃんなのにゃん。


「これも今更なんですけど、あのダンジョンもしかして、まだまだ生存者居るんですかね」

「うーむ。“居た”と言うのが正しいように思うね。今回は流石にレアケースさ」

「もう終焉から二ヶ月ですもんね。相当な量の物資を持ち込んで籠城出来てないと、難しいか」

「見つけた時は荼毘に付す事くらいはしようじゃないか」

「そですね」


 話していると学校についた。

 そう言えば昼にしか来たことが無かったが、やはり電気は灯って無い様で、チラッと見える明かりは蝋燭の火だった。

 今は深夜二時くらいだろうか? 日が昇るまであと数時間。

 文明の光は殆どが消え去って、この辺りでは自宅拠点と病院しか電気が生きている場所を知らない。

 レベルがあってスキルがあって、既存の物品に不思議な能力が追加され、姉妹にはダンジョンがあってボスまで居た。 腐肉の巨大団子をボスっぽいと称したが、あれは本当にボスだったのだろう。

 なるほど確かに、この世界はゲームになったのだろう。我ながら正鵠をぶち抜いた発言だった。


 ただ、この世界がゲームだと言うなら、ゲームにはエンディングがある物だ。


 たとえオンラインゲームであっても、サンドボックス系のフリークラフトゲームであっても、音ゲーですらエンディングが用意されている物がある。

 ましてやこんな、コテコテRPG風の世界であるなら、我々人類、いやプレイヤーが成すべき何かが世界に用意されているのだろう。


「モンスターはリポップする可能性が出てきた。家の周りですらまだゴブリンを見掛ける。この世界がこの世界である以上、モンスターは無限に湧いてくる」


 それは許せない事だ。

 私の優しかった両親を袋叩きにしてグチャグチャの挽肉にしてくれたゴブリンだけですら滅ぼせ無いなんて、そんな事は間違っている。

 何があってもモンスターは根絶やしにする。たとえ友好的なモンスターが居ても絶対に殺す。

 私はそのために生きているのだ。それが許されないなら生きている意味が無い。


「太郎さん、では私も帰ります」

「ふむ。ここで一泊して行っても構わないのだが、まぁ設備が雲泥の差だからね。しょうがないか」


 太郎さんに挨拶をして、中学生達にも手を振って、舎弟二人にジト目を送り、お医者さんと看護師さんのは頭を下げてからトラックに乗り込んだ。

 私は助手席、私の膝の上には秋菜、運転席に雪子、雪子の膝に春樹。いつものスタイルだ。


「疲れてるのに悪いね雪子」

「いえいえ。ココロさん程じゃ無いと思いますよ」


 帰り道。

 全員スポドリを飲んで、ある程度魔力を回復してはあっても、レベリングからボス戦、探索、生存者の救出と今日一日で大忙しだったのだ。全員が大いに気怠い心持ちである。


「ねえ雪子」

「なんでしょう?」

「この世界ってさ、もうまるっきりゲームじゃん?」

「まぁ、そうですねぇ」

「スポドリがMPポーションだなんてさ、それも丸っきり子供がごっこ遊びでやりそうな設定じゃない? 魔法もさ、面白い仕組みだとも思ったけど、今思うと声の大きさと語気で効果が変わるって、これもやっぱり子供みたいな設定だよね」


 もはや見慣れた瓦礫と廃墟の街。

 揺れるトラックから見る景色も、何だか稚拙な気がしてきた。


「何が言いたいんです?」


 雪子にしては胡乱気な、私に向けるには珍しい表情だった。


「なんかさ、起きた出来事はどれもコレも超常現象なのに、それぞれに明確なルールがあって……。どう見てもこの世界さ、人の手が入ってると思うんだよね」


 聞かれたので結論を口にする。

 もしかしたら、みんな薄々気付いてて、見ない振りをしているだけなのかも知れない。


「……ココロさんはじゃぁ、世界の終焉が、人災だったと?」


 それは確かめる様で、窘めるような、不思議な声色だった。

 ちなみに膝の上のお子様達はもうぐっすりである。疲れていたのだろう。


「人災なんて“優しい”呼び方はどうなんだろうね。私は本当にソイツが居るなら、こんなのはただのテロだと思ってる。世界規模のね」

「……でも、こんな事出来る様な存在は、それは、本当に人ですか?」


 雪子の言う通りだろう。

 ただの人間が世界を根本からブチ壊して作り替えるような真似が出来るなら、そもそも今の世界でも人はもっと生き残っている。


「何でもいいんだよ。人でも悪魔でも神様でもさ。重要なのは、意志を持ってこの世界をブチ壊してグシャグシャに作り替えたクソ野郎がどこかに居るのかって事。もし居るなら、居てくれるんならさ……」


 車の窓から空を見る。

 終わってしまった世界でも、月だけは何も変わらずそこにあった。

 四月の初めに終わった世界も、もう二ヶ月。

 世界が無事であったなら、もうひと月したら、両親と七夕で月を見たのだろう。


「私はソイツを殺したい」


 月を見る事すら出来なくなった両親の仇が、この世界のどこかに居るなら。

 私はソイツを殺したい。殺さなければならない。


「絶対に、殺したいんだ」


 月に想いを吠えると、私の中の修羅も、応援してくれる気がした。


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