第5話 腐肉の怪物。



「……………は?」


 それをみた瞬間、私は口からそんな音を漏らしながら、脳がその存在を理解する事を拒絶している事を自覚した。

 それは一言で表すなら肉である。

 まるでケバブ屋でグルグル回る肉が積み重ねられた棒が、全て焼く前に生のまま腐り果て、その層の隙間の至る所から人とモンスターの手や足、そして頭が飛び出している様な、そんな存在が目の前に居て、ひたひたと足音を立ててコチラに向かって来ていた。


「……………秋菜戻れっ! 下に降りろ! 急げ!」


 正気に返った私は叫びながらライフルを構え、ソレに向かって指切りで射撃を始めた。

 アレは見るからにヤバい。死体がただ動いてるゾンビとは訳が違う。

 同じアンデッドでもゾンビは索敵に引っかかるのに、視覚に捉えるまで索敵スキルがまるで反応をしなかったソレは、その存在を捉えた瞬間からスキルが最大限に警鐘を鳴らして、逃げろ逃げろとガナりたてる。

 レベルで言うならおそらく三十前後の化け物だろう。死力を尽くしても勝てないと思い、私は即座に逃亡を選択する。

 秋菜を抱えたまま逃げ切れるか分からない。ならば足止めをして秋菜を逃がしてから私も逃げる。

 そう思ってたのに。


「……お、おねーちゃっ」

「ッッッアァ!? クソがっ! 上等だよやってやるよクソったれぇ!」


 下を見て腰を抜かしている秋菜の視線は、エスカレーターの降り口を囲む様にひたひたと歩いてくる、肉の塊達を見ていた。

 私は秋菜を小脇に抱えると、ライフルを背中に戻して模造刀を抜いた。

 エントランスは塞がれた。しかも複数の化け物に。ならば目の前の一匹を超えて別の出口を探すしかない。


「………ッッッソがぁ! 斬撃無効かよ!」


 どんどん荒くなる私の言葉は、斬りかかったソレの様子を端的に吐き出した。

 斬り裂いた肉がペタっとくっ付いて元通り。なんの痛痒も覚えなかったらしい腐肉の怪物は、腕を緩慢に振り上げて殴りかかって来た。

 出血さえしないソレは、言わば肉を捏ねた粘土の様なモンスターなのだろう。フレッシュゴーレムと言うよりクレイゴーレムの腐肉バージョンとでも呼ぶべきそれは、いくら斬り裂いても、小脇に抱えたままの秋菜が泣きながら小型の電動ガンを撃ち込んでも、ダメージが与えられなかった。


「だったら弾けろ馬鹿野郎!」


 模造刀のスキルを斬撃から打撃に切り替えた私は、凪払われる腐肉の腕に合わせて打ち込んだ。

 ボキュッと変な音がして、ゴブリンよりもオークよりもスキルの通りが悪く感じた私の攻撃は、それでも腐肉の怪物の腕をハンドボール程度の量だけ爆散させた。

 恐らくはレベル差でスキルが通りにくくなっているのだろう。やはりこの腐肉は格上に違いなかった。

 斬撃と射撃が効かず、打撃も思ったより通らない。なら何だ、魔法でも持ってくればいいのか。どうすれば殺せるんだ。


「おねーちゃ、てっぽう!」

「だから効かねぇーって!」

「ちがくて、ばーんってするの!」


 そりゃ鉄砲はバーンってなるだろうよ、そんな風に考えた一瞬後、私は模造刀を鞘に戻してもう一度ライフルを握った。


「秋菜おまえ天才かよっ!」


 今度は指切りなどせず思いっきり引き金を引く。

 弾倉の残弾を全部くれてやるつもりで吐き出したBB弾は、秋菜の考え通りの結果をもたらした。

 斬撃が効かず射撃も通らず、模造刀で打撃してもちみっとしかダメージを喰らわない。ならばそう、秋菜はライフルで打撃スキルを使えば良いと提案したのだ。

 BB弾一発一発は大した威力を発揮しないが、フルオートで吐き出される大量の弾が打撃スキルを伴って腐肉を襲い、やっと銃撃らしい銃撃を食らわせることが出来た。


「やったぁー!」

「ほんと秋菜良くやった! ご褒美はカロリーメイツのチョコ味二箱な。一人で食べていいぞ」


 勝ち筋を見出した私は、さっさと目の前の肉をぶっ殺して、下階の肉も相手してやろうと気合いを入れた。

 すると私の気合いに反応したとでも言うのか、緩慢だった腐肉の動きが加速しやがるのだ。


「……ッ!? コイツ、肉が減ると早くなるのかよっ!」

「おねーちゃ、あきなポイってして! てっぽうとけんどっちも使って!」


 下階からエスカレーターを上がってくる腐肉と、目の前で加速した腐肉から攻撃を受けない様に秋菜を降ろして、願われた通りに弾倉を交換したライフルと刀で武装する。


「秋菜、周りよく見てろ! 絶対にモンスターの不意打ちは食らうなよ!」

「わかった!」


 素直に元気良く返事をした秋菜は、とてとてとその場を離れて、背を壁に預けた上で見晴らしの良いポジションを選んで大人しくなる。

 機転も利いて素直で従順。なかなか良い相棒が出来たかも知れないと思いながら、私は打撃スキルを使った刀とライフルで目の前の腐肉に襲いかかった。

 タイムリミットは追加の腐肉がエスカレータを登り切るまで。

 それまでに格上の腐肉を倒して逃げなくてはならない。

 むしろ目の前の腐肉は最初から無視して、急いで逃げるべきだった。肉が減って敏捷が上がった腐肉相手にはもう逃げる選択肢が選べないが、最初なら逃げ切れた筈だ。


「私のばっかやろ………!」


 剣術スキルの効果もあって、格上らしい腐肉と至近距離でやりあえてる。

 だけど肉を削る度に速度が上がる怪物は、仕留める頃にはどれだけの速度になっているのか、果たして私はその速度についていけるのか、そう言った心を蝕む想像は全て憎悪で焼き払う。

 両親の仇を討ち続ける。そのために世界が終わったあの日から血を浴び続けてるんだ。

 こいつは殺す。殺し続けるために殺す。殺す為に生き残る必要が有るから絶対に殺す。


「おねーちゃん! きるのとバーンってするの、いっしょにできないのっ!?」


 確実に押されてきている私の耳に、そんな秋菜の声が聞こえて来た。

 秋菜はまだ幼い。十歳にしても幼く感じるのは、地獄の一週間のせいで精神が後退でもしているのかも知れない。

 だから慌てて伝える言葉も拙く、正しく読み取らないと意味が分からない。


「……ほんと天才かよ」


 だけど正しく伝わってしまえば、こんなに愉快な事は無い。

 一瞬、斬るのと撃つのを同時にやれと言われたのだと思ったが、そんな事はたった今一生懸命やっている。

 だから別の事を言いたいのだと理解して、斬るのが斬撃、バーンが打撃を表すなら、斬撃と打撃のスキルは同時に発動出来ないのか、そう秋菜は問いたいのだと分かった。

 そしてそれは私も試した事が無かったけど、出来ると確信していた。

 だって、剣術スキルを使いながら斬撃も打撃も使えたのだから、斬撃スキルを使いながら打撃スキルだって使えるはずだ。


「それに、射撃に打撃でも良いはずだよな?」


 右手に握る刀に斬撃と打撃をブチ込む。

 左手のライフルに射撃と打撃を叩き込む。

 いつもスキルを使うような滑らかさは無く、そこそこの反発を感じたけど関係ない。出来なきゃ死ぬんだからやるしか無いのだ。


 -【修羅】が発動します。

 -スキル進化条件達成。【剣術+斬撃+打撃=???】【索敵+射撃+打撃=???】

 -獲得スキル名称未設定。使用者情報代入、名称設定。

 -スキル獲得。【ココロ・スラッシュ】【ココロ・シュート】

 -スキル抹消。【斬撃】【射撃】【打撃】

 -【修羅】が発動します。

 -スキル獲得。【斬撃】【射撃】【打撃】【心眼】【不屈】

 -【修羅】が発動します。

 -スキル進化条件達成。【剣術+心眼+不屈=上級剣術】【索敵+心眼=超感覚】

 -スキル獲得。【上級剣術】【超感覚】

 -スキル抹消。【剣術】【索敵】

 -【修羅】が発動します。

 -【修羅】は使用者を支援します。

 -【修羅】は使用者を応援します。


 ほんの一瞬、文字通りの刹那にそれは起こった。

 どうやら効果もよく分からなかったスキルがやたら発動して私を強化してくれて、支援して応援してくれるらしい。

 ただ一部のスキル名が納得出来ないけど、その力を使って【修羅】が私に修羅となれって言うなら、是非もない。


「ココロ・スラッシュ……」


 上級剣術とやらで、さらに深く剣の道を理解出来てしまった私は、腐肉の動きを読んで合わせながら、致命の一閃にそのスキルを乗せた。

 使った瞬間、ごっそりと体力が持って行かれた感覚があり、その代わりに、放った私の一撃は腐肉の怪物の体を半分程も消し飛ばして見せた。


「ココロ・シュート」


 またもごっそり体力を代償にすると、左手のライフルからロボットアニメで使われる様なレーザービームが放たれて、残った腐肉を消し飛ばし、さらに射線上にあったテナントも壁も廊下も天井も一切合切をズタズタに破壊して見せた。

 ほっほぉ、なんて言う威力でしょうか。そしてなんて言う燃費の悪さでしょうか。

 せっかく立ち塞がっていた腐肉を消し飛ばしたのに、後ろの腐肉から逃げられるか心配になるほど疲労困憊になってしまった。

 感覚としては、防御をブチ抜く力はココロ・スラッシュの方が上で、範囲と射程はココロ・シュートに軍配が上がるのだろう。

 今回はココロ・シュート一発で良かったのに、威力も分からないからイケイケでどっちも使ってしまった。


 私がぜひゅぜひゅと荒い息を吐いていると、まるで本物のプリティでキュアキュアな美少女戦士たちを目撃した子供のような顔で、キラッキラの瞳をした秋菜が私に抱き着いてきた。


「おねぇぇぇえちゃんカッコイイぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「……そぅ、ありっ、がと」

「あ、おねーちゃんコレにのって!」


 気が付くと、秋菜はどっかのテナントから手押し台車を拝借して来たらしく、そこに私を乗せて運ぼうと言うのだ。

 本当に機転が利く相棒だ。素晴らしい。ご褒美のカロリーメイツは四箱に増量だ。


「心のっ、底から……、ナイスッ……!」

「えへへぇ……」


 秋菜の手を借りて台車に乗った私は、十歳の女の子にそれを押させてショッピングモールを駆け抜けた。

 ガラガラゴロゴロ騒音を立てながら移動する私達だが、そんなにも騒がしくしているのにモンスターは姿を見せない。

 もしかしたらあの腐肉が生き残ったモンスターを殺したのだろうか?

 ゾンビとモンスターは敵対する様子も見せなかったが、あの腐肉は材料が人とモンスターである。ならモンスターを餌として狙っても不思議じゃない。

 ただそうすると、困った事になった。


「………くそっ、やっぱそこら中に腐肉がいやがる」

「またよけるねぇー? おねーちゃんどうするの? たべもの集めるの?」

「ここまで来たら少しくらいは、回収したいけど、無理して死んだら、意味がない……」


 スキルに持って行かれた体力を回復させながら、息を整える。

 今ならココロ・スラッシュで真芯を捉えるか、ココロ・シュートで周りごとぶっ飛ばせば腐肉も倒せる。が、今の体力だと一発撃ったら気を失う自信がある。


「逃げながら、目に付いた物資は、持っていこ。でも逃げるの、優先……」

「分かったー!」


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