第2話 修羅。



 終焉から一週間たった。

 未だにショッピングモールへは行けていないが、周辺地域にあるコンビニエンスストアから物資を調達するだけでも、結構な量が確保出来た。

 生き残りが居ても接触は控えて、ただひたすら物資とモンスターを探す生活。

 モンスターはあれから、ゴブリンの他にも数種類確認している。

 それぞれをゴブリンの様に物語から引用すれば、毛むくじゃらでブヨブヨした猪の化け物がオーク。人型で頭部に角が生えた、赤い肌の筋骨隆々な化け物はオーガ。そして、空高くを飛び回っている西洋竜ドラゴンに、前足が翼になっているタイプの翼竜ワイバーン

 この周辺に居るモンスターはだいたいそんな感じで、もう一つ挙げるとするなら、点々と転がっている人間の死体が起き上がり始めたゾンビも、モンスターに含んでいいものなのか。

 元が人間である事に疑いは無く、人間がモンスターになってしまう事を認めるのは、違えることが許されない常識に罅が入る気がした。


「…………バッテリーは充電出来るけど、弾が少なくなって来たし、今日はショッピングモール行こうかな?」


 増えた独り言はきっと精神安定の為の自己防衛。

 今日もジャージを着て、電動ガンのライフルと模造刀にナイフ、そしてバックパックを装備して家から出た。

 生鮮食品は既になく、拾ったマウンテンバイクに跨りながら齧るのは朝食代わりのカロリーメイツ。

 予想以上に人が減っているのか、漁ったコンビニは豊富に物資が残っていて、三件回れば二件が手付かずの状態だった。

 その中でもパッケージが小さく嵩張らず、栄養価が高く食べやすい、保存の効く食料としてカロリーメイツは非常に有難かった。

 コンビニだと棚に結構な量が平積みしてあるし、裏に回ればカートンで残っている事もあり、かなりの量が確保出来ている。

 他にもカップ麺や缶詰も、根こそぎ集めて回ったので、現時点でも半年は一人で生きられそうだ。


 比較的マトモな道路を選びながらショッピングモールを目指すと、徒歩ならば一日かかっただろう距離が二時間で済んだ。マウンテンバイク様々だ。

 瓦礫に満ちた道路でも何とか走行出来て、物資を持ち帰るのにも徒歩よりずっと都合がいい。


「…………あれ、占拠されてない?」


 辿り着いたショッピングモールは、予想と違って生き残った人間に占拠されていなかった。

 大型駐車場に乗り込んで適当なトラックを見つけると、その荷台にマウンテンバイクを乗せて隠し、ショッピングモールの様子を伺う。


「………あー、広すぎて占拠に失敗したのかな。バリケードの残骸がちらほらと……」


 ホームセンター程度なら、十人も居れば十分に占拠可能だろう。超大型の店舗ならまた話は違って来るが、せいぜいコンビニ十個分くらいのホームセンターなら可能だろう。

 だがショッピングモールを占拠するにはどれだけの人手が要るのか分からない。

 恐らく手が足りずにモンスターの侵入を許し、モールの中で阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されたのだろう。


「だとすると、中はモンスターがうじゃうじゃ居そうだなぁ。ゴブリンとオークなら余裕だけど、オーガが居たらちょっとキツいかな……?」


 ライフルは百二十発入りのマガジンが三本。ほぼ最後の弾である。

 このショッピングモールにはホビーショップがあり、そこにはエアソフトガン関係の商品も大量にあった記憶がある。

 基本的にBB弾は一袋に数千発単位で弾が入ってるので、ほんの少し物資が残っているだけで大分助かる。

 そもそも、この極限状態でわざわざ持っていく物資に玩具銃を選ぶアホが居るとも思えないが、もし自分と同じように射撃スキルを手に入れた誰かが居るなら、根こそぎ持って行かれている可能性もある。

 弾切れをおこしても斬撃と打撃が有るので戦えるが、有るか無いかで言えば有った方が断然良い。


「残ってて欲しいなぁー?」


 そう願いながら、私はこっそりショッピングモールへ潜入した。


 …………。


 モールの中には、相当数の人間が逃げ込んだのだろう。それに誘われたモンスターを排除しきれず、安全な拠点を形成出来なかった事が分かる。

 夥しい数のゾンビとゴブリン、そしてそこそこの数のオークがモール内を闊歩している。


「…………さすがにこの数を殺しながら物資の確保は至難の業なんだけど?」


 両親の仇は出来るだけ殺したい。

 だが殺す事を優先して死んでしまえば、その時点で復讐が出来なくなる。


「目的のホビーショップは三階の吹き抜けら辺だっけ」


 考える。

 ひとまず入口付近のテナントに隠れて様子を伺うが、エントランスホールだけでも百近いモンスターが居る。コレをどう捌いて殺すか。

 弾倉は百二十発入りが三本。ワンショットワンキルを徹底すれば弾倉一本で事足りる。

 が、ここはまだエントランスホール。内部に侵入してすぐ弾倉を一本使い果たすのは、果たして安い消費だろうか?


「…………諦めて、専門店でも探すか?」


 自分がここしか知らないと言うだけで、エアソフトガンの専門店など他にもある。

 だが、地形すら変わってしまったこの世界で、何処にあるかも分からない店を探し当てるのと、このショッピングモールを攻略する事の、どちらがマシか分からない。


「……んー、あっ、まずい」


 悩んでいると、オークの一体がフゴフゴと鼻を動かした後、ハッキリとコチラを見た。

 匂いでバレたらしい。すぐにオークの脳天を電動ガンでぶち抜く。

 エントランスに居る他のオークとゴブリンは、突然死んだ仲間に騒然とし、ゾンビは変わらず呻いている。

 一体が気付いたのだ。他のオークも同様に気が付くのも時間の問題だ。

 決意した私は八体ほど居るオークだけを狙って狙撃し、確実に絶命せしめると物陰から飛び出した。

 敵の数はゾンビが六十ほど、ゴブリンが三十ちょっと。BB弾を節約するなら全員斬り殺すしかない。


「上等だっ、るぁぁぁああああああっ………!」


 まず目の前のゾンビ。次にゴブリン。模造刀を斬撃スキルで振るって首を刎ねる。模造刀なら打撃の方が強いけど、爆散した血肉で視界が遮られるのは命に関わるし、爆散しないように手加減すると殺し切れるか分からない。なら首を刎ねる選択は絶対に間違っていない。間違ってないなら勝つしかない。

 背後を取られたら死ぬ。足元を取られても死ぬ。一度に物量で押し込まれても死ぬ。

 剣術なんて知らないが、足の運び方と配置取りだけには気を張って偽物の刀を振る。


 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬る。


 自覚は無かったが、極限まで集中していた様で、気が付くと戦闘が終わっていた。


 -スキル獲得。【剣術】【修羅】


 何やらスキルも獲得したようだ。

 血臭が漂うエントランスから逃げるように、隠れていたテナントに舞い戻って呼吸を整える。

 自分はこんなに動けたのか。百近いモンスターを単身斬殺出来るほど運動能力があったのか。


「…………そんなはずない。さすがにおかしい」


 だとすれば、心当たりは一つしかない。

 終焉が始まってから今日まで、既にコツを掴んでるソレを意識して呼び出す。


「ステータス」


 【ココロ:Lv.12】

 【スキル:射撃-打撃-斬撃-剣術-修羅】


 レベル。

 恐らくコレが原因だろう。

 今朝の時点でまだ八だったレベルは、今の戦闘で三つも上がって現在十二。

 この数字が上がるほどに身体能力が上がっていくのであれば、ショッピングモールの中も敵を殺しながら進んで自己強化して、模造刀だけでも戦えるかも知れない。

 正直、今の戦闘で敵を殲滅出来ると思っていなかった。

 適当なところで逃げ出し、ショッピングモール攻略は一旦諦めようとさえ考えていた。

 だが、モンスターを殺せばレベルが上がり、レベルが上がればモンスターを殺しやすくなると言うのであれば、是非も無い。


「…………作戦続行。このまま推し通る」


 新しく手に入れたスキルは効果が分からないが、レベルさえ上がれば戦える事が分かった。

 私は少し休んで体が回復した事を自覚すると、テナントから出てショッピングモール攻略を開始した。


 ……………。


 一度意識すると止まらなかった。

 戦えている。殺せている。ついでに瞳孔が開いてる気がする。

 一人でも問題無い。囲まれても問題無い。

 手に入れた剣術の効果か、修羅の効果か、刀を振るえば振るうほど剣戟が滑らかになっていき、戦いを掌握出来る様になって来た。

 途中オーガとも遭遇したが、それまで戦闘を避けていたそのモンスターとも、一騎打ちにて圧倒する事が出来た。

 ショッピングモールの一階から始まり、三階の目的に辿り着くまで一時間も掛かってしまったが、電動ガンやアタッチメントなどほぼ手付かずで残る店まで来れた。

 店を漁るのは後回しにして、周囲の敵影を完全に殲滅する。


「目的の物資も手に入って、モンスターも殺せて、今日はいい日だなぁ………」


 ここまでで分かったことがある。

 あくまで感覚的な話しだが、モンスターの強さをレベルで表すと、ゾンビがレベル一か二、ゴブリンが三か四、オークが七くらいで、オーガは十前後。


 【ココロ:レベル16】

 【スキル:射撃-打撃-斬撃-剣術-修羅】


 現在ここに来るまで、遭遇したモンスターはオーガを含め全て排除してまたレベルが上がっている。

 今日だけで千に近い数のモンスターを殺しているが、あまりポコポコ上がる数字じゃ無いらしい。


「………さて、漁りますか」


 周囲を徹底的に殲滅した私は、ホビーショップのエアソフトガンコーナーの物資を片っ端から鞄に詰め込み始める。

 到底一度では運び出せない量なので、駐車場の適当なトラックまで往復して根こそぎ確保しつつ、トラックで行ける所まで帰ってそこからまた家と往復しようか。

 自宅からショッピングモールまで何往復もするよりずっと楽だ。

 車の運転など経験が無いが、終わった世界に道交法も何も無い。どんな形であれ家の近くまで行ければ良いのだ。

 そうと決まれば、早速駐車場まで戻ってトラックを吟味して、どうせだから食料品等も根こそぎ奪ってしまおう。

 まだちらほら見かけるモンスターを斬殺しながら駐車場まで行くと、終焉の影響で乗り捨てられた車が結構な数見受けられる。

 その中から輸送用の鍵付きトラックを見付けた私は、トラックのコンテナに物資を降ろすとショッピングモールに戻る。

 まずはホビーショップのエアソフトガン、BB弾、アタッチメントパーツにカスタムパーツ、バッテリー、ガス、充電器、周辺アイテムを根こそぎトラックへ積み込み、別のテナントも探して缶詰、カップ麺、菓子類、ドライフルーツ、調味料各種に簡単な野菜の栽培セットと種、更にはシャンプーやコンディショナー、ボディーソープに石鹸なんかの雑貨も目に付く限りトラックに積み込んでいく。


「……………一台じゃ足りない可能性」


 さすがに大型ショッピングモールの物資を一人で本当に根こそぎ確保するのは無理だったが、それでも相当な量が確保出来た。


 そうして、なかなか上機嫌になった私は、まだ何か有るかとモンスターを殺しながらモール内を探索すると、とある物を見付けてしまった。


「………うわぁ、生存者でしょコレ」


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