一度目の破局

歌子に送ったメールは,

「人に「娘みたいだ。家族だ。」と言っといてから,あんなことを言うのは酷すぎる。反省しろ。」


歌子から長いこと返事は,なかった。


ようやく反応があったのは,その次の日だった。

「しばらく私と一緒にやっている活動をあなたに休んでもらいます。あなたの上司にも,そうお願いした。あなたは,もう私のことを考えなくていい。嫌いなら、付き合わなくていい。」


これを読んで,また驚いた。「嫌い」だなんて言ったつもりはなかったし,たとえ私たちが個人的なことで意見が合わなくても,仕事を休んでもらうとかは,私からしたら飛んだ非常識だった。仕事とプライベートを別のものとして捉えるというのは,私の常識だった。しかし,どうも,会社や組織で働いた経験のない歌子は,自分の言うことが絶対という状況しか知らないようだった。


私の上司も,歌子から連絡をもらって,戸惑った様子だった。


その日,私は,職場だというのに,涙を堪えられずに,ずっと泣いて過ごした。声を上げるのを我慢するだけで,やっとだった。


退勤する時に,上司が廊下まで私を追いかけ,呼び止めた。

「大丈夫?」


私は,自信なさげに頷いた。


「意見が合わなかった?」


私は,また頷いて,少しだけ事情を説明した。


すると,上司がよくわかっている顔で頷いて言った。

「あの人は,ずっと前からこういうことを繰り返して来た。あなただけじゃない。みんな知っている。誰もあなたを責めない。

いつも仲間を数人集めては活動を始めて,軌道に乗り始めたと思いきや,誰かと意見が合わなくなり争って,解散。何度も繰り返している。」


私も,この話は初耳ではなかった。歌子本人からも,いろんな人から聞いて来た話だった。しかし,私の悩んでいたこととは,ズレていた。


「四年前に戻れたら,もう付き合わない。付き合わなければよかった。」

私が言ってしまった。これまで,いくら周りに歌子の悪口を聞かされても,いつだって庇って来たのに,もうとても庇う気持ちにはなれなかった。使い捨てられた身としては,怒りしかなかった。


すると,上司が言った。

「唐さんが元気がなくなるんじゃないかと心配しています。話を聞きますから,また話してください。そして,誰もあなたを責めないから,あの人のことをみんなわかっているから,あまり悩まないでくださいね。」


私は,頷いて,帰った。


しかし,帰ってから,上司への一言で歌子を裏切ってしまったと,罪悪感に苛まれた。自分が先に裏切られたのに,使い捨てられたのに,それでも,裏切りたくないという気持ちは強く残っていた。


そして,この時に初めて気がついた。知らないうちに,歌子のことを本気で母親や家族のように思うようになっていたということに。


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