目の病


ある時から目に違和感を感じるようになっていた。外を歩いていると,晴れや曇り関係なく,いつも眩しくて,あまりの辛さに目を開けていられなくなっていたのだ。


町の眼科クリニックに行ってみたのだが,いろんな目薬を使っても,治らず,「助けられなくて,すみません。」とクリニックの先生に頭を下げられ,大きな病院への紹介状を渡された。


大きな病院でも,診断ができず,大学病院で精密検査を受けることになった。検査結果は,特殊な角膜炎だった。治療するためにこの病院に通い続ける必要があると言われた。最後に,角膜を削られ,眼帯をつけられて,痛み止めを渡され,帰された。


角膜を削られた痛みで,一人で家まで帰るのはおろか,短時間,目を開けることすら,困難だった。


ところが,大学病院は,私が住む町から電車で二時間以上離れた場所だったし,私は,一人だった。一人で電車に乗り,帰るしかなかった。


幸いなことに,大学病院は,私が留学した町にあったので,よく知っている場所だった。この町から,現在住んでいる町までの路線図や電車乗り継ぎ情報は,何度も通った道なので,頭にしっかり入っていた。


そのおかげか,ホームに降り立ち,次どの電車に乗れば良いか確認する時だけ,無理やり目を開け,あとは,目をつぶったまま状態で,何とか無事に自分のアパートまで帰られた。


しかし,痛み止めを飲んでも,ほとんど効かず,とても耐え難い痛みに煩わされた。


目を開けて過ごすのは,まず無理だったし,アパートの電気をつけると,耐えられない痛みを感じる。電気を全て消し,暗がりの中で過ごすしかない。


この状態じゃ,料理も何も出来ない。そう判断し,歌子と奏に助けを求めた。気がついたら恋人になり,交際をしていた三十代の教師も,助けると言ってくれた。


次の日から,奏と歌子が毎日お弁当を届け,暗がりの中,一緒にお昼ご飯を食べてくれた。


夕方は,交際相手の男性が来て,ご飯を作ってくれた。


また目を開けて過ごせるようになるまで,この生活を一週間以上続けた。電気をつけて過ごせるようになるまで,もっとかかった。


症状が改善し,久しぶりに外に出て,陽射しを浴びた時の感動を一生忘れない。涙が出るほど,嬉しかったのだ。


また外出できるようになると,最初に足を運んだのは,奏の家だった。奏の歌子のジャズ練習を久しぶりに聴けた感動も,大きかった。


全快するまで,数ヶ月大学病院へ通い続け,治療を続けることになったが,無事に回復出来た。


今では,歌子と奏と今の旦那さんと一緒に暗がりの中,お弁当を食べたのは,とても良い思い出だ。


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