夜月と茜

「……何しに来たの」


 涙を拭い、鋭い目付きで睨みつける茜。

 その顔には若干痕が残ってしまい、夜月は気づいてしまう。

 だが、気づいてもなお、夜月は知らないふりをした。


「んにゃ、単にクラスメイトとの……親睦を、深めに来ただけですぜ────で、隣座っていい?」


 夜月は臆する様子もなく飄々と口にした。

 だがしかし、ところどころ息が途切れてしまっているのは走って来たからなのだろう。


 その事が分かり、茜は渋々横にズレて一人分の席を確保する。

 茜とて、敗北した相手であろうが最後まで意地悪をするような小さい人間ではない。過度な接触は女としては断るが、そうでなければ席を空ける事ぐらいはする。


「さんきゅー……」


 夜月は空いたスペースに腰を下ろす。

 口から「ふぅ……」という言葉が漏れてしまったのは本当に疲れているからなのだろう。


「皆、急にお前が飛び出していって驚いてたぞ? 戻らないの?」


「……もう少し、ここにいたい」


「ここにいたいって……まぁ、別に問題ないならいいけどさ。俺とて、そこまでぶしつけな真似はするつもりないし」


 ベンチの背もたれに背中を預け、力を一気に抜く夜月。

 その姿を見て、茜は訝しむ目を向けた。


「……本当のところ、何しに来たの? もしかして、負けた私を笑いに来たの?」


「どうしてそう捉えるのか……言っただろ、俺は親睦を深める為に話に来たんだって」


「……話?」


「だって、。これって、嫌われてるって事だろ? だから、親睦を深めて仲良くしようと」


「それは、海原くんが偵察スパイで————」


「嘘つけ。始めから俺の事偵察スパイなんて思ってなかっただろ? それぐらい、あのクラスの連中を騙せても流石に俺————いや、他の人間なら騙せれねぇよ」


 淡々と答える夜月に茜は少しだけ目を見開く。

 そして、観念したのか目を伏せて素直に口にした。


「……そっか。気づいてたんだね」


「当たり前だ。偵察スパイだって疑ってるんなら丁寧に説明なんかしねしねぇよ。全く、ゲームの時もそうだが……お前、意外と詰めが甘いよな」


 ゲームの最中、茜は時折夜月に丁寧に説明している個所がいくつかもあった。

 例えば『アルカナにはそれぞれ特有の効果がある』という事を教えていたりなど。他の生徒であれば当然知っていそうなものだ。その具体的な効果自体は分からないかもしれないが、などは理解しているはず。


 本当に偵察スパイと疑っているのであればいちいち説明したりはしない。

 知っていて当然だと、偵察スパイだと思っているのであればそれを前提とした反応を見せるからだ。


 だが、茜はそうはしなかった。

 ような様子だった。


「まぁ、優しいというのか何というのか……あんまり無理くり理由をつけて騙すのはやめた方がいいぞ?」


「……お説教、だね」


「そりゃ、お前が何を理由に退学させようとしたのかは知らないが、こちとら初日数十分で追い出されそうとしたんだ————少しぐらい説教させてくれ」


 そう口にした後、夜月はハッと何かに気付いて肩を竦める。さっきまでの出来事を思い出してしまったのか、思わず説教みたいな事を口走ってしまった。

 仲良くする為にここまで来たのに失敗したな、と少しだけ後悔する。


「……もう、話したい事はいい? 用が終わったなら、私を一人にさせて欲しいんだよ」


「終わってない終わってない。これで帰ったら仲良くなれねぇだろ?」


「……アルカナを奪われた相手と急に仲良くしたいと思う?」


「お前から仕掛けてきたんだけどなぁ……。まぁ、俺もアルカナが欲しかったし、遅かれ早かれゲームは仕掛けていただろうから何も言わないけど」


 アルカナを集める為に、夜月もいつかはその土俵に立たなければならなかった。

 であれば、いつかは茜と戦っていただろうし、こうして素っ気なくされる事になっただろう。

 だから、その部分で否定の言葉は口にしない。


「…………」


「…………」


 両者の間に無言が生まれる。

 何を口にしていいのか? そういう沈黙ではなく、『話したくない』と『今、何言っても厳しいな』というものであった。


 少し冷たい風が夜月の肌を撫でる。

 噴水の水が絶え間なく流れ、何処からか小鳥の囀りさえも聞こえてくる。


 そんな時、徐に夜月が口を開いた。


「俺さ、ここに来る前ってずっとカジノに入り浸ってたんだよ」


「……急になに?」


「まぁまぁ、仲良くなるには互いの事を知っていた方がいいかなーって。という訳で、俺の出自を————」


「……興味ない」


「おめでとう……お前は見事に俺の心に大きな傷を負わせたぞ」


 好意は向けていない相手といえ、女の子に面と向かって「興味がない」と言われてしまった夜月は、ひっそりと涙を流す。


「……不評なようなので、端的に言うと————俺、実はある女の子と付き合う為にアルカナが欲しかったんだ」


 だけど、この話だけはちゃんとしとかないと。

 そんな事を思ってしまった夜月は、めげずにその話の続きを口にする。


 ……まぁ、心に傷を負ってしまったが為に、大分省略した節はあるかもしれないが。

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