恋人編

EX1 新生活

更新遅れて申し訳ありません……!


別作品の書籍作業と、本業の方がありえないぐらいに忙しくなったりと、色々なことが重なって長らく更新できませんでした……!


一応、本業の方は落ち着いているのでまたぼちぼちのペースで更新していければと思います。


そしておまたせしました。『恋人編』です。

おまけ的なお話なのでサブタイトルのカウントが「EX」になってます。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――――モテたい。


 男子高校生にとって、これほど健全かつ切実な願いは他にないだろう。


 いや、もしかしたらあるのかもしれないけれど、少なくとも俺こと月代雄太つきしろゆうたにとっては、『モテたい』こそが、全日本男子高校生願望ランキングで堂々の一位を飾っている。


「どしたの、ゆーくん。なんかすっごくバカっぽい顔してるけど」


「残念だったな。俺が考えていたのはこの世の心理だ」


「わー。バカっぽーい」


 俺がこの世の心理について思考していたとも知らず、可愛らしい声でくすくすと笑うのは天堂陽菜てんどうひな。朝日を受けてキラキラと輝く長い金色の髪。新雪のような美しい肌を天上院学園の制服で包み込んでいる。

 小柄な体格ながら胸は育っており、制服を下から押し上げている。本人曰く「重くて邪魔」らしく、周りの男子共がこっそりと視線を送っていることにも気づいているらしい。


 実家は天堂グループという世界的にも有名な大企業。つまりはそこのご令嬢というわけなのだが、どういうわけかご令嬢が朝からいるのはごくごく普通の庶民である我が家のリビング。テーブルの上に並んだ色鮮やかな和食を前に、黄色い卵焼きをもぎゅもぎゅと愛らしく頬張っている。


 なぜ、ご令嬢であるところの陽菜が我が家のリビングで朝食を摂っているのか。

 これには海のように深くもなければ広くもない理由がある。

 単純な話だ。陽菜は俺の幼馴染であり、両親が仕事の都合で引っ越しをすることになったので陽菜だけは月代家に越してきたというだけのこと。


 元より陽菜はことあるごとに我が家にお邪魔してきた前科がある。それこそ朝食を作ったりなんてことも珍しくなく、この家に引っ越してきたところでぶっちゃけ大して変わらない。それぐらいこいつは俺の家に遊びに来ていた。


 そう。つまり、陽菜が引っ越してきたところで俺の日常はそう変わることはない。


「んー♪ 甘くておいしー♪ 今朝の卵焼き、けっこー上手に出来た自信があるんだよねっ。どうかな?」


「そーだな。甘さの加減も丁度良くて結構好きかも」


「でしょー? ゆーくんならこれぐらいの甘さが丁度いいかなって思ってたんだー。これでカノジョからお嫁さんにステップアップした時の予行演習はばっちりだねっ!」


「――――っ……」


 陽菜が引っ越してきたところで俺の日常はそう変わることはない。


 ……と、いうのは少し前までの話。

 具体的に言うと『幼馴染の陽菜』だった頃の話。


 今の陽菜と俺は――――恋人関係にある。

 わけあって、それはもう色々とあって、俺たちは付き合うことになった。

 そのすぐ後に俺の家に引っ越してきたもんだから、こっちとしてはまだ色々と頭の中が追い付いていない。


「お、おぉ……そう、だな……」


 恋人。

 まだその言葉に慣れず歯切れの悪い返事をしてしまった。


「――――♪」


 陽菜はその隙を逃すまいとばかりに、にまーっとした幸せそうな笑みを浮かべている。


「えー、なになに? もしかして照れちゃってる? ゆーくん、照れちゃってる?」


「うっせぇな。悪いかよ」


「悪くないよー。えへへ。そっかぁ、照れてくれるんだぁ」


 …………かわいい。

 そう思ってしまうのは恋人としてのひいき目なのだろうか。


「ゆーくんママ、今日含めて三日間は町内会の旅行でいないもんね。晩御飯も任せてよ」


 陽菜は朝から随分とご機嫌だ。

 俺としてはまだこの関係に慣れておらず、適応するのに精いっぱいだというのに。


 ……うん。思えば陽菜とはずっと『幼馴染』だった。それ以上でもそれ以下でもなかった。いや、もしかしたら心の奥底では『それ以上』だったのかもしれないけど、少なくとも『幼馴染』という認識で接してきた。


 それがいきなり『恋人』という名札に変わったことで、どう接せばいいのか掴みかねているというのが正直なところで。


「どしたの? ゆーくん。もしかして卵焼きにはマヨネーズ&いちごシロップ派だった?」


「そんな混沌カオスな派があってたまるか。いや……なんつーか、お前はいつも通りだなぁ、って」


「???」


 意味がよく分からない、と言わんばかりに陽菜は首を傾げている。そんな仕草すらかわいいなぁちくしょうとか思ってしまう俺はやっぱりおかしい。


「だから、ほら。俺たちはこっ、『恋人』になったわけだろ? なのにこっちはまだそれに照れがあるっていうか……急に『幼馴染』が『恋人』になった変化に、対応しきれてないっていうか。なのにお前の方が余裕があるような気がして……」


「何を今更。あーんなに情熱的な告白をしてくれたのに」


「…………情熱的ではなかっただろ」


「えー? そうだっけー?」


 陽菜はにこにことしながらも、俺の投げかけた話題に対して考え込む。


「なんていうか……私の場合ってさ、今はまだ嬉しさの方が大きいんだよね」


「嬉しさ?」


「そ。ずっとずっとずぅ~っと前から、ゆーくんのことが好きだったんだもん。だから念願かなって超ハッピー! みたいな感じなのかも」


「そ、それはそれは……よかった、な?」


 俺が言うべきものなのだろうか。


「いやもうほんとにね。散々苦労してきたわけですよ。それはもう、たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん……」


「………………………………」


「たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさん……た~~~~~~っくさん! 苦労してきたんだからねっ!」


「そこまでじゃないだろ!?」


「そこまでのことだったよ!」


 流石にそこまでじゃないだろと思っていい返したが、迫真の表情で言い返された。


「ゆーくんったら、ほっといたらすぐフラグを建設して! こっちがどれだけやきもきしてたと思ってるのさ!」


「知るか! 俺が一体いつどこでそんなもん建てた!」


「そーいうとこだよっ!!!!!」


 また迫真の表情で言い返された。物凄い切実な感じだ。


「下手に言及して浮気されても嫌だし、詳しくは言わないけどさぁ……これからは他の女の子に接する時は気をつけてよね」


「なんかお前、結構束縛するタイプの彼女っぽいぞ」


「ゆーくんじゃなかったらこんなこと言わなかったよ」


 解せぬ。


「まぁ、別にいいけどさ。こっちは元から浮気なんかするつもりないし。俺はもう陽菜に骨抜きにされてるから」


 卵焼きに続きお味噌汁も美味しい。これぞ日本人の味だ。


「…………そーいうことをしれっと言っちゃうんだからなぁ」


 陽菜が何やら、もごもごと言っている。ただ事実を述べただけだというのに。


「んー……まぁ、少し話を戻すけどさ。ゆーくんがまだこの関係に慣れないのなら、せめて学園の中ではこれまで通りにしてみる?」


「これまで通りっていうのは……学園では『幼馴染』として振る舞うってことか? 恋人になったことを周りに隠して」


「そ。私もちょっと照れくさいってのもあるけどさ。……ほら、二人だけの秘密って、なんだかドキドキするでしょ?」


 頬をほんのりと赤く染めながらはにかむ陽菜。

 差し込んでくる朝日よりも、この世のどんな光よりも眩しくて、つい視線を逸らしてしまう。これはもう反射的な行動だった。そうでなければ俺の頭がとっくの昔にゆでだこになっていたことだろう。


「……分かった。ひとまず当面は、それで」


「やったー♪ ふふっ。こーいうの、ちょっと憧れてたんだよねー」


 足を可愛らしくぱたぱたとさせる陽菜。


 学園では今まで通りの『幼馴染』。

 だけど内側は今までとは明確に違う。決定的に違う。


 そんな俺たちの新しい生活が、始まろうとしていた。




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