二人目・蔡望の肉骨茶とマンドラゴラ餅

 蔡望のキッチンでは、なみなみと水を張ったタライに排骨スペアリブ(骨付き豚肉)が沈められていた。こうすることで血抜きされ、生臭さが取れるのだ。


「骨付きのお肉は、たいそう見応えがあってよろしいですわね」


 ニコニコと人食い伯爵令嬢がコメントした。ちなみに彼女は外科医でもある。

 他の食材はアブラナ科マンドラゴラの大根、セリ科マンドラゴラのニンジン、玉ねぎ、しいたけ、ニンニク、ショウガ、そしてスパイス類だ。

 蔡望は手際よく、マンドラゴラたちの声帯を切除していく。


「根菜類はどちらもマンドラ種であり、無毒化される組み合わせですね。片方が非マンドラ種だったら、毒が消えないところです」


 と料理研究家のコメント。


「へへっ、オレの料理はそれだけじゃないぜ! こっからが本番だあッ」


 蔡望は元気よく土鍋に水を入れて湯を煮立たせる。そこに下処理したスペアリブと野菜を入れてスパイスを加えた。今回は丸ごとホールの黒コショウと花椒かしょう、シナモンスティック、スターアニス、クローブだ。

 アクをすくいながらじっくり煮こむ間にもう一品。


「こいつの主役は蘿蔔だいこんでいっ!」


 蔡望は聖剣をかかげるように、真っ白なマンドラゴラ大根を持ち上げて見せた。手際よく声帯を取り除くと、皮ごとフードプロセッサーですりおろす。


「まずは干しエビッ。こいつが旨味と香ばしさを生み出すぜ」


 鮮やかな桜色の乾物が、大根おろしのボウルにバサッと贅沢に投下される。


「そして猪牙花粉ッ!」


 リナイが「片栗粉ですね」と解説を入れた。これらのタネを混ぜ合わせるが、混ぜすぎてはいけないのがポイントだ。


「しかし、大根だけではマンドラゴラの毒が消えないぞ?」


 植民大尉がいぶかしんだ瞬間だった。


「忘れちゃいけないのが、こいつだあッ!」


 蔡望は先ほど取り除いておいた、マンドラゴラニンジンの声帯をすり鉢に入れた。すばやくすり潰して液状にし、大根に注ぎ入れる。

 リナイが仰天してマイクを握った。


「おーっとこれは大胆な無毒化だ! 声帯は猛毒のため、少しでも量を誤ると毒が消えきりません。一歩間違えれば中毒必至! それほどまでに配分に自信があるのでしょうか? これはなんともデンジャラスだ――ッ」


 ここでVTRが過去の映像に切り替わる。それは二年前、中国国内の料理大会で、蔡望が同様の方法で毒消しを行った時の映像であった。彼の食材と毒の配分は完璧で、審査員は実食時も、その後も毒にあてられることはなかったのである。


「恐ろしい方……」


 伯爵令嬢は賞賛とも戦慄ともつかない声をもらした。

 こうして混ぜ合わせた特製のタネを、ごま油をひいたフライパンで両面をカリッと焼き上げる。とはいえ、焼くタイミングは先ほどの鍋が完成する少し前だ。

 蔡望は鍋に塩、中国醤油、カキ油(※オイスターソース)を加えると、更に煮こんだ。その間にマンドラゴラ大根のタネを焼き上げる。


「よしっ! 最後に鍋に蔡家特製五香粉ごこうふんとクコの実を入れりゃあ……出来たぜッ! マンドラゴラ肉骨茶にくこつちゃとマンドラ餅・風茄糕ふうかこうだ! 糕には特製ダレも用意してるぜ!」


 香ばしい脂とスパイスの風味豊かな中国料理が出現した。

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