第4.5話 女子達の質問攻め

 わたし、田野たの美咲は人生で初めてクラスメイトに囲まれるという経験をしています。

 これまで何人かの女子に詰め寄られて掃除当番や日直の仕事をお願いされたことは何度もありますけど、こんな状況は初めてです。


 道玄坂どうげんざかくんが他の部活に勧誘されそうだったので思い切って大声を出してしまったのが意外だったのでしょうか。それとも、実は道玄坂どうげんざかくんみたいにみんなボランティア活動に興味があってきっかけを得たのでしょうか。


 とにかくこんな風にクラスの中心になることが初めてなのでドキドキしてしまいます。


「やっぱり初めては痛かった? 血ぃ出た?」


 初めての経験というものは誰だって緊張するものです。痛みやケガが伴う可能性があればなおさらです。特に篠原しのはらさんは先生に何度注意されてもネイルやメイクをやめないほどのオシャレな方です。

 綺麗にお手入れした肌に傷が付くかという点はとても気になると思います。


「初めての時は(手が)痛かったかな。でも、慣れたらだんだん(綺麗になるのが)気持ちよくて。やっぱりゴム(手袋)を付けないと(草で切れて)血が出ちゃうかな」


「やっぱ(腰)痛いんだー。あたしも自分でする時はたまに気持ち良いかなって思うんだけどさー。これ以上やると(膜が破れて)血が出るかもって思うと恐いんだよね」


 篠原しのはらさんはうんうんと頷きながら納得してくれたみたいです。見た目が派手で「ちょっと苦手なタイプだなって思っていたのですが、こうしてお話してみると親しみやすいです。

 

「待って田野たのさん! 初めては生でしたの!?」


 驚きの声を上げたのは沼倉ぬまくらさんです。やっぱりお掃除を素手でやるのは少数派みたいですね。ゴム手を持っていなかった道玄坂どうげんざかくんによく聞かせてあげなきゃ。


「しなくて平気かなって思ったけどやっぱりダメでした。二回目からはちゃんとしてますよ?」


「すごい。田野たのさんって実は大胆だったんだ……」


 ゴム手袋を付けないのは沼倉ぬまくらさんにとって衝撃的だったようです。今となってはわたしはしっかり装着する派なのでその気持ちはよくわかります。


道玄坂どうげんざかくんはいつもゴム(手袋)しないって言ってたよ」


「あの大人しそうな陰キャが……人は見た目によらないってマジなんだ」


 沼倉ぬまくらさんだけでなくみんなが驚嘆の溜息を吐きました。そこまで驚くことだったんなんて意外です。あまりお掃除のことについて話す機会がなかったので勉強になりました。


「いつもどこでやってんの? お互いの部屋?」


「昨日は第一校舎と第二校舎の渡り廊下のあたり。いつもはもうちょっと人通りが多いところだけど」


「マジ!? チャレンジャーじゃん」


「(ごみが)多いところじゃないとやりがいがないし、(ごみ拾いが)終わったあとの爽快感があるよ」


「ごめん。あたし、田野たのさんのこと誤解してた。これからは師匠だと思うから」


 篠原しのはらさんはごめんねのポーズしながら頭を下げました。わたしの活動について何か誤解をしていたのかもしれません。だけど、こうして言葉を交わして理解してくれたのなら何も気になりません。


「師匠だなんてそんな。わたしは鈍臭いからみんなの役に立てる方法がこれくらいしか思い浮かばなくて」


「……まさか道玄坂どうげんざか以外のやつとも?」


「ううん。いつもは一人で(ごみ拾い)してて、道玄坂どうげんざかくんとは昨日が初めてで」


「ひ、ひとり!? そっか。普段は一人なんだ。あたしもまだ一人でしか経験ないし。ちょっと親近感。でも、もしかして一人でしてるところを誰かに見られたり?」


「そう……かな。最近はそれが当然みたいになってて、本当はみんなも一緒に(ごみ拾いを)やってくれると嬉しいんだけど。その前に簡単に(ごみを)捨てるのをやめてほしいかな」


田野たのさん(ヤリ)捨てられてるの!? マジ最低じゃん」


「本当は注意できたらいいんだけど恐くて……」


「そういうやつって見た目がいかついからね。もし不安だったらあたしらが加勢すっから」


 内心では篠原しのはらさんみたいな派手なタイプがポイ捨てしているクセになんて思ったりもしました。もし過去がそうであっても、今はこうして一緒に憤りを感じてくれている。わたしの活動が少しでも人の心を動かしたのだとしたら無駄ではなかったと思えて自然と涙が溢れてきました。


「ちょっ! 泣くことねーじゃん」


「ごめんね。(校内美化に努めてくれることが)嬉しくてつい……ところで篠原しのはらさんは(掃除しているの)自分のお部屋でですか?」


「うんうんうんうん! 自分の部屋以外でそんなことする勇気ねーし。さすがに学校とかじゃちょっと……」


 篠原しのはらさんはものすごい勢いで首を縦に振りました。わたしもボランティア活動を始めた頃は人目が気になって勇気を振り絞ったのをよく覚えています。


「そうだよね。やっぱりちょっと恥ずかしいよね。でも慣れたら絶対に気持ち良いからいつか篠原しのはらさんとも一緒に(ボランティア)やりたいな」


「あ、あたしは遠慮しとくわ。興味はあるけどまだ高校生だし……みたいな」


篠原しのはらビビってんのかよ。ウケる」


「そういう沼倉ぬまくらはどうなんだよ」


「うちは……例の部屋もアリかなって思ってる。高校生のうちにしか経験できないと思うし」


「うっわ! えぐ」


田野たのさんがそういうことしてるって知ったら、うちもこう……スイッチが入ったっていうかさ」


「嬉しい! みなさんも興味あったらぜひ声を掛けてください」


 鈍臭いわたしが少しでもみんなの役に立って、輪の中に溶け込めたらいいなと思って始めたボランティア活動がこんなにも受け入れてもらえるなんて夢にも思ってみませんでした。

 これはきっと道玄坂どうげんざかくんが土下座までして活動に加わってくれたおかげです。思い切って大きな声を出してみて本当に良かった。


 今日中にでもお礼を言いたいのと、正式にボランティア部に入ってもらうために絶対に声を掛けなくては。

 でも、今はみんなとお話するのも楽しいです。放課後になったら絶対に道玄坂どうげんざかくんを捕まえます。


「ねえねえ田野たのさん。これからも道玄坂どうげんざかとヤルつもり?」


「うん。わたしは道玄坂どうげんざかくんを(ボランティア部に)入れるって決めてるよ」


「い、挿入れる!?」


 道玄坂どうげんざかくんをボランティア部に入れるのはそんなに驚くことなのでしょうか。

 他の部に所属していてすでに大活躍をしているとか? 

 そうだとしたら、そちらの迷惑にならない程度に活動を抑えてもらっても全然構いません。


「ちなみになんだけどさ、それどっちから誘ったの?」


「きっかけは道玄坂どうげんざかくんの土下座だよ。そのあとわたしが誘って、絶対に(ボランティア部に)入れたいって思ったの」


 おお! とみんながどよめきました。本物の土下座をされたのは初めての経験です。そんな反応になる気持ちはよくわかります。


「やっぱりさ、(挿入が)うまくいかない事もあったりする?」


「その時はわたしも土下座(して部長にお願い)かな」


「土下座で変わるもんなの?」


「最後は気持ちだからね。絶対に伝わるって信じてる」


 今、わたしはそれを実感しています。必死な行動は相手の心に届くことを。

 それに道玄坂どうげんざかくんの見事な土下座を見たのでイメージは出来上がっています。部長も予想だにしないことでしょう。わたしが綺麗な土下座を決めるところなんて。


「マジで田野たのさんすげーわ。よかったらまた話聞かせてよ」


「もちろん。いつか一緒に(ボランティア活動)やりたいな」


「まさか三人で!? さすがにそれは……」


「もしかして篠原しのはらさんも男子と一緒だと緊張しちゃうタイプ? わたしもだけど、道玄坂どうげんざかくんはあんまり緊張しないで話せるタイプだから安心して」


「まあ、それは何となくわかるけど(男として見るには頼りないから)」


「ふふ。わたし、篠原しのはらさんのこと誤解してた。いつも男子と楽しそうにお喋りしてるから慣れてるって思ってたよ」


「話すのとそういうのはやっぱ別じゃん? 意外な一面を見ることになるっつーか」


「うんうん。わかる。実際にやってみるまでわからない事もたくさんあるからね」


田野たのさんマジでオトナだわ。言葉を超えた理解をしてるじゃん」


「そんなことないよ。わたしなんて(いつもごみ拾いばかりで活動が)マンネリ気味だし。もっと他のことにもチャレンジしたいよ」


「すでに日常と化している!? ああ! 興味あるけどやっぱこえー!」


「ふふ。わたしはいつでも大歓迎だから」


 こうして休み時間が来る度に今まであまり交流のなかったクラスメイトのみんなと仲を深めることができました。

 そのせいでクラスの掃除をあまりできなかったので、道玄坂どうげんざかくんに声を掛ける前に先にそちらを済ませちゃいましょう。

 幸いなことに川瀬かわせくんと盛り上がっているみたいなのですぐには教室を出ないみたいですし。


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