12.二人のクロガネと脱出劇

 美優と銀子の救出に現れた二人のクロガネは、それぞれ〈イチロー〉と〈ジロー〉という(ださい)コードネームを名乗った。

 勿論、どちらか一方はクロガネに化けた怪盗であり、ニャルラトホテプを撹乱するための作戦らしい。かの邪神にどこまで通じるかは定かではないが、無策で挑むより幾分かマシである。

 クロガネと怪盗の背格好はほぼ同じであるため、怪盗がクロガネの顔に変身してしまったらどちらが本物か判別つかない。事情を知らぬ者が見たら双子だと勘違いするほど瓜二つだ。

(ちらっ)

 銀子はさりげなく、二人の左袖口を確認する。

 クロガネの判別方法は左義手だが、二人とも長袖で手袋をしている上に僅かに袖口から覗く手首には包帯が巻かれていた。これではどちらが本物か解らない。

 美優ならば既に何らかの方法で判別しているだろうが、作戦内容を聞いた以上、銀子に明かすことはしないだろう。

 ちなみに、二人のクロガネは傷だらけの美優を見て一瞬息を呑んだが、それだけだ。

 不謹慎ながら、本物のクロガネであればそれらしい反応をするだろうと密かに期待していた銀子は、少し残念がった。


「美優はこれを使え。使い方は解るな?」

 クロガネ・イチローから手渡された銃を瞬時に検索した美優は、「勿論」と頷いた。

「ベルギー製PDW、P90ですね」

 人体工学に基づいたSFチックな外観が特徴的な銃で、短機関銃サブマシンガンの取り回しの良さと突撃銃アサルトライフルの威力と射程を両立させた個人防衛火器PDWである。

 専用弾である5.7×28ミリ弾は高初速で防弾チョッキなどの剛体を易々と貫通し、人体などの軟体に着弾すれば弾丸が乱回転して対象内部に留まるといった特性からストッピングパワーも高い。

 銃本体も軽量かつ機関部が引き金よりも後方に位置するブルパップ式であるためコンパクト。狭い空間でも取り回しが良く、それでいて銃身が長いため命中精度も高い。装弾数は五〇発と、火力も充分だ。

 弾倉交換に癖があるものの、総じて屋内における対『深きものども』用の武器としてはベストな選択といえる。

 イチローは自身が身に着けていたタクティカルベストも脱いで、美優に差し出す。

「これも着けとけ。P90の予備弾倉も入ってる」

「ありがとうございます」

 ベストを受け取った美優は、いそいそと身に着けた。


 一方。

 クロガネ・ジローはホルスターやマグポーチが付いたベルトキットを取り外し、銀子に差し出した。

「白野はこれを。ハンドガンの方が使い慣れているだろ?」

「そうね、ありがたく使わせて貰うわ」

 受け取ったベルトキットを身に着けた銀子は、ホルスターに収まった拳銃を抜き取る。

 ファイブ・セブン。P90用の補助兵器サブウェポンとして同じ弾薬を使用できる自動拳銃だ。装弾数は二〇発と、ハンドガンとしては破格の火力である。


「よし、準備できたな」

「行くぞ」

 二人のクロガネが口々にそう言って先行し、美優と銀子も続く。

 炎上しているシャッター横の壁が、人ひとりが通れるほど綺麗に切断されている。

 そこからショッピングモールを出てすぐの通路で、高周波ブレードを手にした新倉が退路を確保して待っていた。

「来たか」

「ああ、待たせた」

 新倉にイチローが頷く。

「隊列は新倉とジローが最前列、真ん中に美優と白野、殿しんがりはイチローで」

 ジローの指示にすぐさま隊列を編成し、一同は甲板を目指して移動する。



 ***


 五人は進路上に立ちはだかる半魚人を掃討しながら脱出を図る。

 美優が的確な索敵を行い。

 新倉が先制して音もなく障害を薙ぎ払い。

 ジローが援護射撃を行い。

 殿のイチローが後方を警戒しつつ。

 銀子が息を切らせて付いて行く。


 時折、火炎瓶を投げ付けて牽制し。

 怯んだ隙を突いて新倉が瞬時に斬り伏せ。

 美優と二人のクロガネが蜂の巣にし。

 やはり銀子が息を切らせて付いて行く。


「はぁ、はぁ、何か、私達ふたり、の時より、楽に、進んでいって、ない?」

 美優のナビに男達が即対応しているため、移動のペースもかなり速い。

「そりゃあ戦力が段違いですし、当然でしょう。もう少しでゴールですよ」

 息を切らせた銀子の疑問に、涼しい顔で答える美優。

 ここまで順調だが、かの邪神の姿が見えないことに不気味なものを感じる。

 一同は油断せず、向かってくる半魚人を蹴散らしながら進む。


 やがて甲板に通じる扉の前に辿り付いた。

 新倉は耳元の無線に手を添えて通信回線を開く。

「こちら〈ブレイド〉。対象は全員無事、現在甲板の扉前まで来ている」

『――こちら〈ドールメーカー〉。了解、そのまま進んでくれ。退路は既に確保してある』

「解った。全員でヘリまで走るぞ」

 新倉が一度振り返り、全員に目配せしては互いに頷き合う。

 新倉は高周波ブレードを振り被る。

「行くぞ……!」

 扉を切断して蹴り開けた新倉を先頭に、五人は船首の直上でホバリングしている輸送ヘリに向かって駆け出した。


 直後。


「みゃぁあああああああああああッ!」

「みゃぁあああああああああああッ!」

「みゃぁああ「みゃぁあああああああああッ」ああああッ!」

「みゃぁあ「みゃぁああああああああああッ!」「みゃぁあああああああああああッ!」ああああああああッ!」


 一体どこに潜んでいたのか、船の至る所から無数の半魚人たちが現れては踊り掛かってきた!

「こいつら、どこから……!?」

 驚愕しつつも、先頭の新倉は足を止めずに目の前を立ちはだかる者を片っ端から斬り捨てていく。

 後続も自身に近い敵から迎撃しているが、この圧倒的な物量差ではリロードする余裕もない。弾が尽きる前に、ヘリに辿り着くことが出来るかどうか……!



「なんだコイツラ……海から、湧いて来ル……!」

 輸送ヘリの機上から援護射撃をしていたナディアが、呆然と呟く。

 海から無数の『深きものども』が現れては、クルーズ船の外表をよじ登って甲板に向かっているのだ。

 白い船体が、黒い怪物たちによってみるみる塗り潰されていく。

 それはまるで、地面に落ちた砂糖の塊に蟻の大群が一挙として押し寄せ、這い寄り、覆い尽くして貪る光景を連想させた。

「クッソ!」

 手動で排莢と装填を行うボルトアクション式の狙撃銃では援護が間に合わない。

 ナディアは伏射姿勢から身を起こし、傍に置いていたSCAR-H――M24と同じ弾薬を使用するアサルトライフルに切り替えるや、片膝立ちで構えた。

 スコープのレティクルを約三百メートル先、美優の死角から襲い掛かろうとした半魚人の頭部に合わせて狙撃した次の瞬間には、銀子に迫ろうとした別の半魚人の頭を撃ち抜く。

 精確無比な一射一殺でクロガネ達の援護を行うも、不意に強烈な悪臭と気配を感じて顔を上げて見れば――カーゴハッチの端にしがみついた半魚人たちが、機内に這い上がって来た!

「ウソォッ!?」

「――退がれ!」

 出嶋の鋭い声に従って跳び退いた直後、ナディアに手を伸ばしていた半魚人の頭部が、轟音と共に砕け散った。

 出嶋は手にしたセミオートショットガンベネリM4を連射し、至近距離で放たれた徹甲弾の数だけ異形の死体を生産してはヘリから墜としていく。

「――ナディア!」

「OK!」

 最後の一発を撃ち切って下がった出嶋に代わり、ナディアのライフルがヘリに近付く半魚人を次々と撃破していく。

 再び乗り込まれないよう、船上から半魚人の手が届かないギリギリの高さまでヘリが上昇した。これ以上高度を上げようものなら、連中はクロガネ達に狙いを絞るだろう。少しでも狙いを分散させるためにも、ある程度はヘリも狙われた方が良い……

「……つっても、キリがないナッ!」

 倒したそばから新たな半魚人が押し寄せて来るのだ。いっそのこと、フルオートで一気に薙ぎ払いたい衝動に駆られるナディアだったが思い留まる。頭以外を撃ち込んでも致命傷に至らず、ライフルの装弾数よりも敵の数が圧倒的に多いのであれば無駄弾でしかない。

「――待たせたな!」

 残弾があと僅かというところで、出嶋が新たな得物を手に戻って来た。

「ワオッ……!」

 ナディアは思わず驚嘆する。

 出嶋がヘリの奥から引っ張り出してきたのは、分隊支援火器M249ミニミである。発射速度毎分一一〇〇発、突撃銃M16の十二倍の火力を有する重量七キロ超えの大物だ。それをアンドロイド端末である出嶋は軽々と引っ提げ、二百発のベルトリンクを収納するボックスマガジンを二本も携行している。

 出嶋はカーゴハッチの端に立つと、異形の大群に向けて無造作に引き金を絞った。

 まさに弾丸豪雨だ。

 轟音と共に吐き出された弾幕を右へ左へと広範囲にばら撒き、半魚人たちの身体をズタズタに引き裂き、薙ぎ払った。

 ある種の爽快感すら覚えるその火力は、味方だと頼もしくある。

 だが。

「オイッ! クロ達まで巻き込むんじゃねーゾッ!」

 出嶋のすぐ後ろでナディアが叫ぶ。

 騒音の中でも声を拾ってくれるヘッドセットがあるとはいえ、ミニミの騒々しさは相当なものだ。

「――解っているとも! 僕はヘリの防衛に専念するから、君はクロガネ達の支援を続けてくれ!」

「ああ了解ッ!」

 喉も破れんばかりに大声で返答し、ナディアは手早くリロードを済ませてライフルを構えた。

 スコープ越しにグロテスクな魚面を捉えるや、引き金を絞る。

 ミニミの騒音に銃声が掻き消されるも、確実に銃弾は発射され――頭からどす黒い血を噴き出した怪物がスコープから消えた。



 ***


「ぁ、あああ……ああぁあああ……」

 ふらふらとゾンビのような覚束ない足取りで、船内の通路を歩く男が一人。

 首はあらぬ方向に折れ曲がっており、明らかな致命傷を意に介さず、彼は歩く。

 理性を失い、

 言葉を失い、

 人間と半魚人の中間のような異形の姿で、

 呪詛のような呻き声を上げつつ、

 彼は、『恋人の仇』が居る場所へと向かう。

 彼に残されたものは、

 その虚ろな眼に宿っているものは、


 憎悪しかなかった。



「随分とイイ感じに馴染んだようだな」



 頭からつま先までベタ塗りの黒に染まった存在、『黒い男』――邪神ニャルラトホテプの化身の一つが、彼の前に突然現れた。


「そろそろ仕上げといこうか。これを持っていけ」


 ぽい、と無造作に拳大ほどの大きさのあるブラックダイヤモンド――『宵闇の貴婦人』を投げ渡す。


「う、ぅう……?」


 彼は咄嗟に両手で受け取った『貴婦人』を不思議そうに見つめると顔を上げた。


「ぅ?」


 目の前に居た筈の邪神は、忽然と姿を消していた。

 だが、頭の中に直接声だけが響き渡る。


 ――持っていれば、使い方はすぐに解る――

 ――そろそろ行くと良い。貴様が望んだ『破滅』は、すぐそこだ――


 その言葉の意味はよく理解できなかったが、「先に進め」と言われたことだけは理解できた。


 ふらふらと、男は再び歩き出す。

 今にも殺したい仇が居る場所へ向かって、歩き出す。

 ふらふらと、男は歩いていく。


 手にした黒ダイヤが、ことに気付かないまま。



 ***


 異変は唐突に起こった。

 半魚人たちの動きが一斉に止まり、棒立ちとなったのである。

「? 何だ?」

 一同は思わず銃撃と足を止めて警戒する中、新倉は最寄りの半魚人に向かって高周波ブレードを振り下ろす。

 斬り付けられた半魚人は、無抵抗のまま泡となって消滅した。

「何にせよ、好機だ」

「そうだな、このままヘリに乗り込もう」

 新倉に頷いたクロガネ・イチローは、ヘリまでの最短ルート上に棒立ちしている半魚人たちを拳銃で撃ち抜いた。他の者も彼らに倣い、最寄りの障害を排除しつつ駆け出そうとして――


「みゃぁあああああああああああッ!」

「みゃぁあああああああああああッ!」

「みゃぁああ「みゃぁあああああああああッ」ああああッ!」

「みゃぁあ「みゃぁああああああああああッ!」「みゃぁあああああああああああッ!」ああああああああッ!」


 突如として、半魚人たちは船内に向かって一目散に駆け出した。


「! 固まれッ!」

 

 新倉の鋭い指示に一同はすぐさま密集隊形を作ると、二人のクロガネは同時に前へ出る。そして進路上、正面衝突しそうな半魚人のみを次々と撃ち倒した。

 他の半魚人はクロガネ達に目もくれず、彼らの両脇を走り抜けていく。

 振り向いた美優と銀子が、半魚人たちが向かう先、船内に通じる扉の前で佇む男の姿を捉えた。

「……出目治」

「生きていたの……?」

 人間の面影を殆ど失い、半ば怪物と化した出目の手には、見覚えのある黒い宝石があった。

「あれは……」

「まさか、【宵闇の貴婦人】か?」

 異形の激流を何とか凌ぎ切り、二人のクロガネも出目を見据える。

 出目の前に押し寄せた半魚人たちは、突然その身が弾けて黒い泥となり、出目を飲み込み渦を巻く。

 そして黒い渦の中心には、【宵闇の貴婦人】が妖しい金色の輝きを放っていた。


 ドクン……ドクン……。


 その光はまるで心臓のように一定のリズムを刻んで明滅し、離れた位置に居るクロガネ達の耳にも不気味な鼓動音が届く。

「一体、何が……」

 起ころうとしているのか?

 銀子の問いに、答える者は――


「あの男の復讐と破滅、ついでに『ダゴン』の招来さ」


 ――いた。


「!」

 横合いからの突然の声に、全員が一斉に身構える。

 声の主――ニャルラトホテプは、クロガネ達の鋭い視線と銃口を意に介さず、話を続けた。

「お前達が【宵闇の貴婦人】と呼んでいる宝石、あれの真名は【トラペゾヘドロン】。元々は私を召喚するための道具であり、私を崇拝する教団の祭具でもある。それを少しばかりいじって、『深きものどもディープワンズ』と融合する機能を付け加えた」

 【宵闇の貴婦人】改め【トラペゾヘドロン】を核に、半魚人たちと溶け合い、一体化し、肥大化する出目にニャルラトホテプは人差し指を向けた。

「以前からあの人間には興味があったんだ。恋人を失った『悲哀』が、恋人を死に追いやったお前達への『怨恨』と『憎悪』となり、やがて全てを壊す『狂気』へと転じる様は見ていて実に滑稽でね。ただの逆恨みがどこまでのことをしでかすのか気になって、ほんの少し手を貸してやったのさ。その結末がアレ……『ダゴン』の招来という『破滅』だ」

 巨大な魚人と化しつつある出目治だった存在を眺め、邪神はケラケラと愉快そうに嗤う。

 出目の恋人だった結婚詐欺師・青葉信子。

 自業自得とはいえ、探偵たちが彼女を死に追いやったと見なした出目が逆恨みの末に発狂したという。

 そしてその狂気に付け込んだ邪神によって、これ程の惨事と災厄を引き起こした。

「狂気に染まり切った人間が、ヒトとしてのカタチを捨て、ココロを捨て、自滅し破滅する様は実に面白い。そう思わないか?」

「いや全然」

「理解できないし、したくもない」

 クロガネ・イチローが即座に否定し、ジローも吐き捨てるように続く。

「アナタのように人間の心を弄ぶ存在は、断じて容認できません」

 毅然とした美優の否定に、「失礼な」と邪神は大仰に肩を竦める。

「これでも私は人間が大好きなんだよ。愉快な玩具が全滅したら困る程度には」

 銃声。

 銀子の、怒りに任せて放った銃弾が邪神の胸に命中する。

「今すぐ死ねッ! このクズ野郎ッ!」

 険しい表情で睨み付ける銀子に、邪神はニタニタと嗤う。

 心臓を射抜いた筈の銃弾は、内側から押し出されて甲板の上に転がる。

 既に傷は塞がっていた。

「私は死なないさ。この世には愉しいことが有り余っているのだから。差し当たってまずは……」

 パチン、と邪神は指を鳴らした直後。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」


 出目治だったもの――巨大な魚人が大気を震わす雄叫び――否、産声を上げた。

「この状況を必死に足掻いて、私を愉しませてみせろ」

 その声に魚人から視線を戻すと、かの邪神は煙のように姿を眩ませていた。

 厄介事と狂気の種を蒔いた上に場を引っ搔き回して傍観する、本当に性質たちの悪い存在である。

「クソッ!」

 誰が漏らした悪態か、一同は巨大な魚人――『ダゴン』と対峙する。


 船橋までも丸ごと取り込んだのか、魚人の大きさは上半身だけで十メートルは優に超えている。そして人間のように五指を備えた腕は太く筋肉質で、巨大かつ鋭利なヒレを生やしていた。

 船体に張り付いていた『深きものども』と融合を果たしたのか、クルーズ船の三分の二は魚人の下半身として一体化している。

 もはや、船そのものが『ダゴン』という名の怪物と化してしまった状態だ。


「どうするのよ、コレ……」呆然と呻く銀子。

 客観的に見ても、只の人間が立ち向かえるような存在ではない。

「……美優と白野はすぐにヘリへ向かえ。新倉は二人の護衛。俺とジローは陽動だ」

 イチローが拳銃の残弾を確認しながらそう指示を出すと、ジローもP90のリロードを行う。

「出嶋とナディアは三人の援護をしつつヘリに収容したら、すぐに離脱しろ」

「それは……!」『クロ、ダメダ!』

 美優と通信のナディアが同時に異を唱えた直後。

 魚人は赤く不気味に光る双眸を、甲板に居るクロガネ達に向けた。

 そして腕を振り被り、その腕に生えた鋭利なヒレが月光を受けて鈍い輝きを放つ。

「「行けッ!」」

 二人のクロガネはパーティーから離脱し、魚人との間合いを詰める。

 魚人は接近する二人に狙いを定め、腕を振り抜いた。

 二人が咄嗟に身を投げ出した直後、背後で轟音と共に甲板が粉砕し切り裂かれ、パーティーと分断された。

 衝撃の振動で真っ二つにされた甲板は傾き、銀子は思わず足を取られてしまうも、すかさず美優と新倉が両側から支えて事なきを得る。

 だが甲板の前半分が船体から分断されて今にも沈没しそうだ。

 ヘリが高度を下げ、カーゴハッチを可能な限り船首部に寄せる。

「――早く乗り込め!」

 出嶋が珍しく焦った様子で叫んだ。

 美優と新倉は銀子を半ば引き摺るようにしてヘリに向かう。

 彼らの背後で銃声と大きな衝撃音が響いた直後、再び大きな振動が襲う。

「待って! 黒沢たちは!?」

「今は脱出が先だ!」

「きっとクロガネさんにも考えがある筈です!」

 足をもつれながらも、三人は転がるようにして乗り込んだヘリは急上昇する。

 安堵する間もなく、美優と銀子は同時に振り向いた。

 彼女たちの視線の先には。

「クロガネさん……」

 迷いなく『ダゴン』に立ち向かう探偵と、その隣には。

「あれは……ユーリ?」

 銀子の助手で見覚えのある金髪に変身した怪盗の姿があった。

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