第36話 鬼丸の見た、べべん

町の入り口まで来ると、鬼丸は変わった威圧感に足を止めた。


町の中は普通の町だ。

町の外も、普通だ。


一応ぐるりと見回してから、町に足を踏み入れる。

特に何も起こらない。気のせいだった様だ。

しいて言えば、腰につかまって引きずられている旦那どのが気になるくらいだろうか。


「止まるんだ!この…!」

何か言おうとしてはやめる。


この…、なんだろうか?何を言おうとしているんだろうか?

考えようとする頭を、考えないようにした。


「物の怪ってのはどこにいるんだぁ?」

旦那どのは答えず、ただ止まれ止まれと言い続けている様だ。


旦那どのから話は聞けそうにないと思った。


視線を前に戻す。

町を歩いている人間がいないのは、物の怪のせいなのか、それとも自分のせいなのか。


事態を知ってか知らずか、家から出てきた町人と目が合う。


町人は体を震わせ、走って遠くへ逃げて行く。

あれは自分を恐れている姿だ。


旦那どのが言う、感謝がしたいというのは、本当なのだろうか。


感謝がしたくて、しかし実際目にしたら怖くて逃げてしまった、そうであって欲しい。


鬼丸の脳裏に、婆ぁと別れてからの出来事が蘇っては流れる。


通りの端っこにいる、小さな生き物が目に止まった。

それは一見、裸の人間の童の様に見えたが、違った。

腹が異様に膨らんでいて、手足は短く、頭に角が一本、髪の毛に隠れているのが見えた。


それは人の目につかない物陰を好んでいる様で、鬼丸の後をついてくるのだが絶対に通りの真ん中の方へ出ては来ない。


何だか気になるものだから、鬼丸もちらちら見る。


小さいそれは、何やら頻繁に口を動かしている。

声は聞こえないが、絶対に何か言っている。


腰に引っ付いていた旦那どのが走って離れて行く。


何をそんなに慌てているのか。


逃げて行く旦那どのを少しの間見た後、進もうと前を向いた。


目の前には、綺麗な人間の女が立っていた。

通りの真ん中に陣取って、こちらを見ているその顔は笑っている。



女は口を動かしている。

何かを言っているのではないかと思うが、声が聞こえない。


そうしていると、女はだんだんと不機嫌そうに顔色を変えていった。


相変わらず口を動かしているがそれも段々大きくなる。


女は両手で抱えていた琵琶を奏でようと構える。


「なぁ、物の怪を知らないか?」


女は撥を取り出して、すかさず絃を弾く。


…。

女は何も答えてくれない。


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