第40話 頼れる所

眩い光が消え失せたかと思うと、目の前の狐は宙に浮き、その目は白く発光している。


鷲の物の怪は、本能で身を丸めた。


見てはいけないものだ、そう思ったのだ。


「物の怪よ、心して聞くが良い」


狐は今までとは違う生き物の様だ。生き物というより、まるで生き物ではない、そういったしがらみから解放された、極上の存在の様な気がしてならなかった。


地獄に住まい、生きながら物の怪となったこの身には見るのも耐えられない。


「お前の子は既に次の世に向かっている」


世界が止まった気がした。

狐は何と言った?


「お前が心配する事は何もない、心して今生を終えるが良い」


そう言うと狐は脱力し地へ落ち大きな音を立てた。

倒れている様だ。


子は、既に生まれ変わった?

地獄へは来なかった?


恐る恐る、数歩歩いて狐の元に行った。


どうしようかと見ていると、狐はゆっくり目を開けて体を起こした。


「やれやれ…」


何か言いたげに口を開き、こちらを向いた。


「子がどうなったか、聞いたか」

「聞いた」


物の怪は答え、涙を流した。


「生まれ変わっておると、そう言っていた」


物の怪になった子は、てっきり地獄に来ているとばかり思っていた。


「地獄へは来ていなかった…」


鷲として一人前になれず、物の怪になり、人間に殺され、固められ、見せ物のように飾られ、どれほどに辛い一生であった事か。


地獄で苦しんでいるのかも知れないと探し、しかし見つからず、あの時目を離さなければと後悔し、どうにも出来ずに日々を過ごした。


しかし子は、もう生まれ変わっていたのだ。

今度こそ、しっかり守られ幸せに生きて欲しい。

その存在が自分でない事は悲しくもあるが、そんな事はよい、既に生まれ変わっている、それを知れただけで、もういい。


「あとは私の生を終えるのみ」


そう言うと、羽を広げ天を仰いだ。

そして同時に固められていた人間達がとき放たれる。


固められていた体が溶け出し、目に光が戻っていく。

人間達は皆、この状況がなんなのか、わかっていない様子だ。


琵琶に操られたきり、自我など無いままであったのだから無理もない。  


本来であれば、人間に悪さした物の怪は捕らえてしかるべきなのだが、鷲の物の怪が全て諦めた事で良しと山ギツネはした。

鷲の物の怪がこれ以上人間達に手を出す事も無いだろう。


あとはこの人間達を町に戻したい所ではあるが、まだ琵琶奴がいる内は帰せないな、と思った。



その頃、子供天狗と天人の男は白竜に乗り町に向かっていた。

今度は白竜に吸われはせず、天人と共に白竜の背中乗っかっている。


玉に映る山ギツネを見て、「なんとか無事に鷲の物の怪を説得出来たようだし、あとは町の物の怪だね」、と天人の男は言った。


町の物の怪。

人間に悪さする物の怪。


「うん?」

先を見ていた天人の男が何かに気づいた。

「何かいるなあ」


まだ町は遠いが、天人の男は先に見えているらしい。

子供天狗も負けじと天狗の目で見ようとするが、

靄が邪魔してやはりはっきり見えない。

天人に負けたような気がして少し機嫌が悪くなつまた。


「何がいるんだ?」

「ううん、鬼かな?ツノは無いけど」


角のない鬼など、鬼丸ではないか。


「鬼丸か!?」

「山ギツネの言っていた鬼の事だね?そうかも知れないね、なんだか物の怪と対峙しているし」


「物の怪とか!」


子供天狗は勢いあまって天人に寄りかかっている。

少し迷惑そうではあるのだが、そんな事は全く気にしない。


「君も耳は聞こえるんじゃないかな?」


言われるまま耳を澄ましてみると、確かに何やら声が聞こえてきた。


「物の怪しらんかぁ!」

「…なんじゃぁ」


鬼丸の声と、女の声だ。

鬼丸は声を荒げて、女も機嫌が悪そうだ。

しかし何か事が起きている様には思えず、話にもなっていないようで、一体何が起きているのか。


「何しているんだろうね?」

天人もわからない様子で呟いた。


そうしていると、天狗の目を使わずとも町が見えはじめた。

相変わらず靄がかり、上空には赤紫の渦が巻いている。


「おかしいね、鷲の物の怪は改心したと言うのに」


赤紫の渦は、地獄から見ている者の目なのだと言っていた。

もう一方の物の怪はもう見る必要がないというのに、まだあるという事は、他にも地獄から見ている者がいるということ。


「どういう事だ?まだいるのか?物の怪が」

「ううん、どうなんだろうねえ。とりあえず行ってみよう」


天人の言葉で白竜は下降していき、町の中に突っ込んで行く。


靄のある辺りで物の怪の界に衝突したのだが、白竜は気にもせず進もうとし、軽く突破してみせた。


琵琶を持ったか弱い女と、鬼丸が見え、鬼丸は頭を支えているようだ。


「鬼丸ー!」


鬼丸はこちらに気づき、叫んでくる。


「耳さ塞げー!琵琶の音聞いたらだめだぁー!」


咄嗟に両耳を塞ぐ。

天人を見ると、同時に合わせて耳を塞いでいた。しかし相変わらず笑みをたたえ、どこか余裕そうである。


鬼丸達の近くで飛び降りると、それを見た女がいっそう不機嫌な顔をした。


「何じゃぁ、お前らは、蛆虫うじむしのように沸いくるな」


耳を塞いでいるので聞こえてはいないのだが、天狗の力で聞こえてしまう。


「琵琶の音を聞いたら操られるぞー!」


鬼丸が空気を震わす程の大声で言う。


物陰に小さな生き物が見え、天人はそちらに気を取られているようだ。


女は不機嫌そうに琵琶を奏でる。


べべん。


すこんっと意識が飛んだ。


ぱちん。


はっきりと目が覚めた。


「??」


何が起きたか理解出来ない。

琵琶とは別のもう一つの音で我に帰った。

琵琶の女は不機嫌そうな顔でまた琵琶を鳴らす。


べべん。


ぱちん。


意識が飛んで、目覚める。


「???」


べべん。

ぱちん。


べべん。

ぱちん。


女の顔は見える度に恐ろしいものになっていく。


「お前天人あまびとか」


女は細切れそうな声で話す。

言われた天人はにこりとして、両手は胸の前で合わせている。

琵琶の音の後にならされていたのは、天人の男の手を叩く音たった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る