♰20 言ったじゃん。



 さっきポーションを取り出した時に、雷の魔剣も取っておいた。

 初めて魔力を注いだが、雷を生み出したように発光して、周囲が感電。

 再び、一網打尽だ。

 だいたい、二軍なんかに負けてたまるかって。

 私はデュランの兄を見据え、短剣を支えるようにナイフを構えた。

 吹っ飛ばされたロウィンも戻ってきて、唸りを溢す。

 デュランも私が置いておいた氷の魔剣を突きつけている。

 おしまいだ。

 勝負は、ついた。


「兄貴。俺は殺したくないけれど、止めるためなら殺すよ」


 デュランは真剣に告げる。


「ハン!」


 だが、それをデュランの兄は笑い退けた。


「お前が俺を殺すだと!? 出来るわけねーだろ!! お前には出来ず、ただ味方を俺に殺されるだけなんだよ!!」


 デュランを無視して、デュランの兄が闇の両手を振り上げる。


 ドゴン!!


 その巨大な両手が、地面を割った。

 足場を崩されたが、動じることなく私もロウィンも倒れない。

 デュランはーーーー。


「兄貴」


 兄の肩を掴み、向かい合せると、魔剣で貫いた。


「言ったじゃん。止めるためなら、殺すって」

「……ゴフッ」


 胸の真ん中を貫かれたデュランの兄は、血を口から溢す。

 デュランの肩を掴むが、それだけだ。

 そのまま、力尽きたかのように、ただ倒れた。

 その身体は、ゆらりと揺れ始める。黒い炎に燃やし尽くされたかのように、激しく揺れては消えた。


「へぇー……こちら側だと、こう死ぬのか……」


 デュランは兄を見送ると、ポツリと言葉を溢す。

 闇の住人は、死ぬとただ闇に溶けて消えてしまうそうだ。

 しゃがみ込むデュランに、私は歩み寄る。


「……」


 デュランは、きっとこうなると話していた。

 殺すしか、止められない、と。

 それでも、デュランは止める、と。

 実の兄を殺めたデュランに、かける言葉はない。

 救えるような言葉は、かけられないだろう。

 それなのに、そばまで来た。


「覚悟してたけれど……」


 俯くデュラン。地面が、ぽたぽたと落ちる雫を吸う。


「やっぱつらいな」


 頭を抱えたデュランが、どれほど今苦しんでいるか。

 私には、わかりっこない。

 でも、三年前の泣いた時の私と重なった。

 あの時の私は、ただただ泣きたかったのだ。

 一人ぼっちで泣いた。武器を握り締めたまま。


「だろうね。私には、想像出来ないほどつらいでしょう」


 デュランの手から、魔剣を取る。

 魔剣をホルダーにしまったら、私はデュランの右隣に腰を下ろした。

 空は青い。酷いほど、澄んだ空だった。


「それでも、一人じゃないってことが、せめての救いになるといいけれど」


 私は地平線に目を向けながら、そうデュランに言う。

 反対側の左隣に、フェンリルの姿のロウィンがお座りした。

 フフッと、頭を抱えたままデュランが笑う。


「ほんと、ロイザってお人好し」


 空は澄んでいる青なのに、またぽたぽたと雫が落ちる。


「どこがよ?」

「だから、闇の住人にも、幻獣にも、精霊にも、とり憑かれるんだよ」

「我は、とり憑いていない」

「そこは、全否定してくれ」


 ロウィンと私のやり取りを、デュランは肩を震わせて笑う。

 ぽたぽたと、また雫が落ちる。

 ぽたぽた。

 ぽた。




 デュランが立ち上がったから、私も腰を上げる。

 計画していた通り、念のため、周囲の調査をした。

 仕事だから。

 全てがデュランの兄の仕業だと言う確信を得てから、王都メテオーラ・ルナへ、引き返す。

 デュランの兄が殺めた術者は見付けられなかったが、初めから期待はしていない。

 きっと強敵のモンスター相手に使った術者は、そのモンスターの死骸ごと腐っている。

 ロウィンの背に乗ったが、結局十日かかった。

 でも十分、早いだろう。

 真っ先に冒険者ギルドに足を踏み入れると、ギルドマスターに驚かれた。

 応接室に通してもらい、全てを報告する。嘘偽りなく。

 デュランにも影から出てきてもらい、紹介した。

 実現した闇の住人。その襲撃未遂。

 デュランの兄で、ちゃんと止めたこと。

 包み隠さず、報告をした。


「オレ言ったよな? 討伐も確保もやめてくれって」


 怒っているようだが、静かにギルドマスターは口を開く。


「私も言いました。やばいと直感した時は戻りますと」


 やばい時に戻るとは言ったが、約束はしていない。


「本当の子どもじゃないんだから、言い訳しないでくれ。なんで出ていく前に報告してくれないんだ? 王都の危機に、事後報告なんて……ロウィンも止めろよ」


 人の姿になったロウィンを、ギルドマスターは睨んだ。


「我が主の命に付き従ったまでだ」


 ロウィンは、平然と返す。

「ロウィン……」と厳しい目付きになるギルドマスター。


「ギルドマスター。事後報告については謝罪します。申し訳ありません。私は言われた通り、調査してきました。調査の報酬だけをください」

「……はぁ……とんでもない冒険者に投資しちまったもんだな」


 反省の色を見せつつ、真面目に言う私の前で、ギルドマスターはため息をついて肩を竦める。

 私はにっこりと笑みを作って、両手を差し出す。


「調査の報酬だけください」

「……それだけでいいのか?」

「どういう意味ですか?」


 調査の報酬以外にもらえるものなんてあるのだろうか。

 私は首を傾げる。


「王都を救ったんだ。王家から巨額の謝礼金も、もらえるだろう」

「え、いらない」

「えっ」

「え?」


 なんでギルドマスターがそんなに驚くの。

 私の方が驚いたわ。


「巨額はちょっと……収納に困ります」

「そこなのか? 問題は」

「王都に実害はなかったのだし、いいじゃないですかー。お偉いさんとかに報告せず、ギルドマスターのところで事実を留めてください」

「そういうわけにもいかないんだよ……」


 ギルドマスターに飽きられてしまう。


「頼みますよ、ギルドマスター。私はのびのびと自由に冒険者やりたいだけなんですよ。お偉いさんに目をつけられると、いちいち護衛の仕事を押し付けることもあるって噂で聞きました」

「否定はできないが……そうそうないぞ? 王都の貴族は大抵騎士をつけているしな」

「レオナンド総隊長を超える冒険者になりたいですが、窮屈は困ります。よろしくお願いしますね」


 私はギルドマスターの元で留めてほしいと、釘をさしておく。満面の笑顔で。


「ほんと、とんでもない冒険者に投資しちまったもんだな……」


 また同じようなことを呟くギルドマスターだった。

 天井を見上げたが、すぐに思い付いたように言い出す。


「ああ、それなら、リュート殿下を後ろ盾にしてみたらどうだ?」

「リュート隊長さん?」


 後ろ盾、か。


「この前、ハート様を捜しに来てたぞ。会ったついでに頼んでみればいい」

「殿下に頼むなんて、そんな……」


 第二王子の後ろ盾を得れば、のびのびと自由に冒険が出来る。

 欲しいとは思うけれど、リュートさんに悪い。


「じゃあ、オレから相談してみる。警備騎士に用があるついでに」

「んー……」

「話してみるだけだ」


 しぶる私に、ギルドマスターは笑いかける。

 もう怒りはおさまってくれたようでよかった。


「一つ、確認しておきたいんだが」


 ギルドマスターは一頻り笑うと、私の右隣にいる出来るデュランに目を向けた。


「デュランと名付けたその闇の住人は……これからどうするんだ?」


 私は肩を竦める。


「それが……闇の住人は一度出てくると戻れないらしく……」

「えっ、じゃあ! ずっと一緒なのか!?」

「はい……」

「うん、ロイザと一生、一緒だね」


 デュランは、ご機嫌に私の肩に凭れた。

 すぐさまロウィンが、デュランの頭を押し退ける。


「究極の闇の魔法は、そりゃ扱いが危険で使う人はごく稀だからな……闇の住人なんて、オレも初めて会ったが……」

「そうそう、出てくるのも苦労するんだよね。術者と同調しない限り、出てくるのは困難って聞いた。けど、ロイザは上手い具合に集中してくれたから、俺はすんなり出てこれたんだ」


 デュランが、言葉を続ける。


「こちら側に出たあと、戻った闇の住人がいない。聞いたこともない。戻れないんだよ」


 闇の住人は、戻れない。

 そう聞かされたのは、調査中だ。

 いつ帰るのか、と尋ねたら、ケロッと死ぬまで戻れないと言われた。

 デュランは、私に顔を向けて、微笑んだ。


「一人じゃない」


 そうは言ったけれど、まさか一生一緒なんてね。

 乾いた笑いを漏らしてしまうけれど、しょうがないなと微笑み返す。


「ロイザリン・ハート」


 私の傍に膝をつくロウィン。


「どうか、我もそなたの一生、そばに居させてほしい」


 左手を取り、懇願した。


「それとも、また再戦するか?」

「もういいよ。私が折れる。主じゃないって言うのも飽きたしね」

「では!」


 ロウィンの獣耳が、ピンと立つ。


「我が主になってくれるのだな」

「うん。契約を受け入れる」

「……ありがとう」


 ロウィンが顔を綻ばせて、お礼を伝える。


「こちらこそ、ありがとう。これからよろし」

「よろしくー!」

「うわ!」


 背を向けたデュランが突撃したものだから、ロウィンの方へと飛び込む形になる。

 デュランとロウィンに、挟まれた。苦しい。

 また、心強さを感じた。


「闇の住人と幻獣を従わせる冒険者か……これで精霊と契約したら、誰も止められそうにないな」


 笑うしかないと言った風に、ギルドマスターが言う。

 精霊か……。

 全然現れようとしないなぁ……何故かな。


「おめでとう、正式に主が決まったな。ロウィン」

「よっこらしょ……そう言えば、ロウィンってどこに住んでいるの?」

「ここだ」


 デュランを退かして、起き上がって座り直す。

 あっさりとロウィンは答える。


「冒険者ギルドが、家!?」

「居候だ」

「そうだったの……」

「これからは、主のそばにいる」

「……え? ちょっと待って。私、宿屋暮らしなんだけど?」


 確かに従獣としてロウィンを受け入れた。

 けれど、私と一緒に暮らすだと!?

 デュランなら影に入れておけるけれど……。

 人の姿ですら、大きな男と暮らすとなると……。


「宿屋暮らしはしまいにして、家でも借りるべきだな」


 ギルドマスターは言った。


「今泊っている宿屋の看板娘ちゃんにもすすめられましたよ……王都だと高いじゃないですかー……」

「いや、三人分を毎日払うよりは安いだろう? それにこの調子で働いていれば、手頃の家を買った方が断然いい」

「……買うしかないですね」


 デュランとロウィンを交互に見てから、私は決めることにする。


「冒険者向きに、管理者のいる家やアパートなら紹介できるぜ?」

「あー宿屋の看板娘ちゃんにも紹介してもらえるみたいなので、先にそっちを見せてからでいいですか?」

「看板娘ちゃんって、まさか、またたび宿屋のヘニャータちゃんか?」

「ああ、そう言えば、ここで紹介されたんでしたっけ。そう、ヘニャータちゃん」

「なら、紹介するのは、あそこだな」


 見当はついているようで、ギルドマスターは一人で納得をした。

 冒険者ギルドで紹介してもらったのだから、ギルドマスターも知っていてもおかしくないか。

 それほど有名なのかもしれない。いい看板娘ちゃんだもの。


「正直ヘニャータちゃんの宿屋は心地いいですから、億劫なんですよね。……家賃も生活費も割り勘だからね、デュラン、ロウィン」

「俺も!? ロイザの影の中に入るだけで、割り勘を要求されるのはどうかと」


 デュランは、嫌そうに座っているソファーにダレた。 

 確かに、デュランは生活費を割り勘されるほど、必要としていないか。


「でもデュラン。ご飯食べたいでしょう?」

「……冒険者業を手伝うってことで、手を打とう」

「あははっ」


 ここ数日干し肉ばかりを食べていたが、露店で食べたことを気に入っているみたいだ。

 それがなんか可愛くて、笑ってしまう。


「どんな生活になるのやら」


 正直、ワクワクしていた。


「それでは、ギルドマスター。今回の報酬をください」

「了解した、ハート様」


 私が立ち上がると、ギルドマスターもソファーから腰を上げる。


「王都を救ってくれて、ありがとう」


 きっちり調査の報酬をもらい、私はデュランとロウィンを連れて宿屋に向かう。

 けれども、思いついて、私は言う。


「デュラン。お風呂ってある? デュランの故郷には」

「ないよ。濁った水浴びならする」

「じゃあ、入りなよ。ロウィン、一緒に入ってあげて」

「……お湯が真っ黒になるわけではないな?」

「ロウィン、失礼にもほどがあるよ……」


 デュランがお湯に浸かって感動する姿を想像して、私は笑みになりながらも、入浴場へ足を向かわせた。




 ◆◇◆




 一時間後。

 警備騎士舎。総隊長の部屋にて。

 ギルドマスター・ゼウは、ロイザリンの報告をした。

 総隊長のレオナンド・グローバー。そして、一番隊の隊長リュート・ルナ・メテオーラ。


「……闇の住人の進撃を止めた。けれども、それは隠せ、か」


 報告を全て聞いたあと、レオナンドは、静かに口を開く。


「オレを超えるため。自由に冒険するため、ね。……クックッ」


 そうして、口角を上げて、笑い出す。


「ロイザリン・ハートは、自由にしていた方がいいだろう」

「それって警備騎士総隊長としての意見か? それとも、個人的な意見なのか?」


 呆れ顔で笑い、ゼウは一応確認した。


「どっちも同じだろ」


 レオナンドが、そう言い放つ。

 ゼウは、肩を落とす。


「ロイザリン・ハートの自由は、オレが守る」

「いえ、私が後ろ盾になります」


 二度もギョッとしたのは、その発言を耳にしたゼウ。

 にこりとしているリュートと、無言で視線を送るレオナンド。

 バチバチと火花が散りそうな空気を察知した。


「それは、ハート様本人に決めてもらおう! なっ!?」

「……」

「……そうですね」


 すまん、ハート様。修羅場を送ることになった!

 ゼウは心の中で、全力で謝った。



 

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