♰10 祝いと反省会。



 一時間前、警備騎士舎にて。

 レオナンドは、リュートに命じて取りに行かせたロイザリンの情報を読んだ。

 ロイザリン・ハート。

 デヴォルの町出身。十八歳の時、冒険者登録。

 一年後、シルバーのランク3へ。

 二十歳以降、同業の冒険者を幾度も助けた功績がある。

 それは本人の自己報告ではなく、助けられた冒険者達の報告によるもの。中には死を免れた冒険者がいて、感謝を込めて報告したとのこと。

 デヴォルの冒険者ギルドは、再三ランク上げの試験を受けるように促したが、当本人にその気はないらしく試験を受けることはなく今に至る。

 危険なモンスター討伐の依頼は、ほぼロイザリン・ハートが遂行。

 二十七歳の時。ベルベットウルフの群れを発見し、討伐。

 報告を聞き、ギルド職員が現場を見ると、三十近くのベルベットウルフの死体を確認。

 町が群れの襲撃を受けた場合、死傷者は多かったはず。

 町を救った功績を讃えようとしたが、本人は拒否。流行り病で両親を亡くして喪中だったことが、大きな理由だと推測。

 それ以降、目立った功績はなし。

 ただし、不確かな情報によれば、報告以上に冒険者だけではなく町民も多くの人々を助けた模様。

 以上、ギルドマスターが仕入れたロイザリン・ハートの情報だった。


「……」

「すごいですね。話からして、多くて二十のベルベットウルフの群かと思ったのですが……三十ですか。不意打ちで広範囲魔法を行使しても……私なら多くのベルベットウルフを仕留め損ねてしまうでしょう」


 先に情報を読んだリュートは、レオナンドが読み終えたことを見越して、口を開く。

 自分より先に読んだことに関して、特に何も思わないのか、レオナンドは無言のまま紙を机の上に置いた。


「ギルドマスターは、特別試験でハートさんの広範囲魔法を見たそうです」

「特別試験……フェンリルのか」

「ええ、氷属性の広範囲魔法と火属性の魔法で霧を生み出して目眩しをしたそうですよ。応用がすごいですよね。それから互角の戦いをしたとか。見学したかったですね」


 柔和に笑うリュートに対して、レオナンドは無表情を貫く。


「つまり、合格か」

「それどころか、気に入ったようですよ? 幻獣フェンリルのロウィンも、彼女を」


 リュートは、言葉を続けた。


「面白いことに主従契約を拒んだそうです」


 口元に手を当てて、くすくすと笑う。


「精霊も幻獣も、気に入るわけですね。人をたくさん助けたというのに、自分では報告しない。町一つを救った功績さえも、なんてことないみたいに話していました。聖女みたいなお人ですね」

「……今まで生まれ育った町にいたのに、何故今王都に来た、か」

「直接尋ねたらどうですか? 今日は冒険者業お休みだそうです、さっき会いました」

「そうか……」


 リュートに適当に言葉を返し、レオナンドは自分の中で予想を立てる。


「デートに誘ったらどうでしょうか? 来たばかりですし、王都を案内するとか」


 にこにことしながら、リュートは言い出す。

 レオナンドは何も言うことなく、立っているリュートを見上げる。

 普通の警備騎士なら、レオナンドの眼差しに顔を青ざめているところだ。そもそも、そんな軽薄な発言はしない。


「なら、私がデートに誘ってもいいですか? レオナンド総隊長だけではないのですよ。ロイザリン・ハートさんに興味を持っているのは」


 変わらない物腰柔らかな口調で、リュートは告げた。


「デートに誘うのに、オレの許可が必要なのか?」

「いいえ。言ったみただけです」


 レオナンドは、仕事に戻る。

 それを見て、リュートも部屋をあとにしようとしたが、足を止めた。


「そうだ。今日レイネシア学園で交流会をやるそうです。なんでもアゲハ夜間学校という学校が頼み込んだそうで、色取り合戦を生徒十人対十人でやるそうですよ。懐かしいですね、色取り合戦。私もレイネシア学園でやりました。レオナンド総隊長、久しぶりに学園に足を運んで、交流会を見学しませんか? 弟のキングスが圧勝すると息巻いていました」

「この仕事が終わったらな」

「それでは、午後二時から始まるので、行きましょうね」


 約束を取り付けると、リュートは今度こそ部屋をあとにする。

 少しの間、仕事の書類に目を通していたレオナンドは、再びロイザリン・ハートの情報に目を戻した。




 ◆◇◆




「ロイザリン・ハート」


 威圧的な声に呼ばれたので、視線を向けるしかない。


「こっちへ」

「はい」


 クイッと人差し指で招かれたから、レオナンド総隊長について行って、訓練場を出た。


「何している?」

「……遊んでました」

「学生と?」

「……ちょっと事情がありまして」

「オレを超えるはずだろう?」

「……ぐぅー」


 それしか声が出ない。

 穴があったら、入りたい。そのまま埋めてくれ。


「……。特別試験に合格したと聞いた」

「な、何故それを……!」

「ギルドマスターとは友人関係にある」

「ギルドマスターめ……!」


 そういう情報を明かしてもいいものなのか。

 いやまぁ、別にいいんだけれども。


「フェンリルのロウィンと互角に戦ったとか」

「互角ではないです! 勝負はまだついてません! 次は勝つ!!」


 カッとなって声を上げる。

 すると、ポンッと頭に手が置かれた。


「その意気だ。あまり遊び呆けるなよ」

「……は、はい……」


 お、おう……。

 三十路なのに、頭に手を置かれると、その、なんだ。

 動揺が止まらない。

 けれども、狼狽えるのは、堪えておいた。


「……警備騎士舎から近いですけど、わざわざ交流会を見に来たんですか?」

「リュートに誘われた」

「リュート殿下に、ですか……」


 弟のキングス王子から聞いて、見に来たってところだろうか。

 やっぱり恥ずかしいなぁ。子どもに混じって遊んでいるところ、見られて。


「リュート殿下、なんて……今朝みたいに“リュート隊長さん”でいいですよ」

「わっ」


 リュート殿下が出てきた。

 初めて会った時に、王族と名乗らなかったのはわざとだろうか。

 流石に王都と同じ名前を聞けば、王族だって気付けたのに。

 わざとなのか。田舎町から来た私に気を遣ってくれたのかも。萎縮してしまわないように。


「えっと……じゃあ、リュート隊長さん」


 優しい人だな、と思いつつ、はにかんで呼ぶ。

 リュートさんは、微笑んで頷いた。


「はい、ハートさん。今日はお休みだって言ってましたが、これからお時間空いてますか?」

「明日ランク上げの筆記試験なので、これから勉強をします」

「……おや、そうですか」


 シュン、と残念そうな声を出す。柔和な笑みまでなくした。

 ん? もしかして、何か用があったのだろうか?

 首を傾げた私は、用件を聞こうとしたが、口を開く前にアゲハ夜間学校の生徒達もぞろぞろと出てきた。


「ほら、おいとまするよー。失礼します、警備騎士様方」

「あっ、失礼しますね!」


 フェイ校長に背中を押され、怯えたクインちゃんにしがみつかれながら、長く広い廊下を進んだ。

 何に怯えているのかと思えば「総隊長。怖い」とのこと。子どもに、あの威圧感は怖いだろうなぁ。


「勝利のお祝いパーティーしようか? ご馳走するよ!」


 フェイ校長が歩きながら告げるから、生徒達は大喜びした。


「フェイ校長は、他に仕事あるんですか?」

「なんだい、藪から棒に」

「なんだか、お金に余裕がある振る舞いをしているので、気になりまして」


 ハルから服までもらっていると話に聞いたし、フェイ校長はぶっちゃけ孤児を面倒見ている状態だろう。

 ゲッカ達がブロンズ冒険者として、学費を稼いで払っていても、微々たるもの。安いってフェイ校長自身が言っていたし。


「フェイ校長は、冒険者じゃないんですか?」

「僕はずーっと教職者だよ。アゲハ夜間学校を創る前は、この学園の教師だったんだ」

「えっ……」


 驚いたのは、私だけではない。

 王都一の学園の教師なんて、鼻が高かっただろうに。


「それで取り付けられたんですねー、交流会。それにしても、なんで辞めちゃったですかー? クビですか?」


 ハルがからかうように笑いかける。


「夢を実現しただけだよ」


 フェイ校長はそう笑い返すと、先を歩く生徒達を押して、学園を出た。


 ご馳走は、ニホン露店通りの食べ放題。

 好きなものを好きなだけ買ってもらい、アゲハ夜間学校に持ち込んで食べた。


「それにしても、ゲッカはよく負けなかったねぇ。メイサだっけ? あの子、かなり武道派で強かったよね。なんで私のとこ来たんだか」

「……司令塔のキングスがやられて、お前を優先するべきだと判断したんだろ。オレから逃げて、お前に向かってった」

「ゲッカは追いかけなかったの?」

「敵の妨害にあった!」


 から揚げを口の中に放り、咀嚼する。

 ちょっとご機嫌斜めなゲッカ。いや、いつも私に怒り気味か。


「ロイザ」


 お? 私を普通に呼んだ。初めてだな。


「ノルマを達成出来ず、すまなかった」


 頭を下げて謝罪。


「あ、それなら、ワイも! 果たせず申し訳ない! 堪忍して! ロイザちゃん!」


 手羽先のから揚げに頬張りつつ、ハルも腰を曲げて頭を下げた。

 その手羽先、美味しそう。私も食べたい。


「いいよ。謝らなくて。私だって、ノルマは達成出来なかったし。ただの目安だったし、結果勝ったのならそれでいいじゃん。よくやったよ、皆」


 手羽先のから揚げを見つけて、一つ手にする。それから、かじり付いた。

 うま。


「オレは一つも取れなかった……」

「ゲッカは、メイサを止めていたから上々よ。もしもゲッカや私が引きつけてなかったら、もっと色が取られてたに違いない。メソメソすんな」

「メソメソはしてねぇよ!!」


 怒った怒った。


「大体、作戦を立てたからって、皆して私に謝らなくていいんだよ? リーダーはゲッカでしょう?」

「あ〜もうっ! わかんねぇのか!? お前を頼ってんだよ!! 全員、お前がリーダーだって認めてんだ!!」

「ええ?」


 ゲッカがヤケクソのように言ってきたものだから、一同を見てみる。


「ゲッカは確かに今まで一番強いから、リーダー的存在だったけど、力バカだけじゃあリーダーは務まらないだろう?」

「誰が力バカだ!」

「あいてっ!!」


 ハルがにへらと笑うと、ゲッカのチョップが頭に落ちた。


「頼れるリーダー、ロイザちゃん」


 隣のクインちゃんが、もっちりと伸びる焼き餅を食べながら、笑いかける。

 異論はないように、他の生徒も笑顔。


「……私、三十路だし、正式な生徒じゃないよ?」

「三十路ってまだ言うの?」


 ケラケラとハルは笑った。


「一緒に戦った仲だろうが、もう仲間だ!」


 ゲッカが言い切ったその言葉は、とてもムズムズする気持ちにさせる。

 仲間、か。

 欲しいとは思っていたが。

 ……こんな風に、いつの間にか手に入れてしまうものなのか。

 アゲハを肩に乗せたフェイ校長が、頬杖をついて微笑ましそうに見ていたものだから、なんか悔しくなり。


「そう。私、勉強するから」


 本を取り出して、素っ気なく声を出して顔を隠す。


「あ、照れてる照れてる」

「ハル、引っ叩くよ?」

「堪忍してーな」


 賑やかな空気にいることは、悪くはなかった。



 

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