♰07 特別試験。



 宿屋の部屋で、ベルベットウルフのベストを着た私は、長くなった髪を後ろに束ねる。


「よし」


 気合いを入れて、特別試験とやらに挑みにギルドへ戻ろうと道を歩いていた。


「ロイザリン・ハート! ハート! ハート!!」

「はい!?」


 連呼されたから、驚きながらも振り返る。

 人混みを抜けて、駆け寄って来たのは、ダークエルフの少年。


「ロイザリン・ハートの妹か? それとも娘?」

「あれ? あの時の少年じゃん! 王都に来たんだ?」


 はねたような白銀の短い髪と褐色の肌。アメジスト色の瞳。

 初めて会った日とは違い、怪我はしていない。

 紫のハイネックシャツに黒いズボンを合わせた今時の少年っぽい。

 私より視線が高い。そんなアメジスト色の瞳が、不思議そうに私を見た。


「私に妹も娘もいないよ。ロイザリン・ハート、本人だよ」


 私は笑って見せる。


「精霊の森の若返りの秘薬を飲んで、この姿になったの」


 この姿で人が困惑するのは楽しいけれど、すぐに教えた。


「グラーティアスの森の悪戯の水を飲んだのか? ……それで、精霊持ちに……?」

「え?」


 アメジスト色の視線が、上に向く。

 次は、私が困惑させられてしまう。

 何を見ているの?

 視線を追いかけたが、宙には何もいない。


「? 違うのか?」

「え、精霊がいるの?」

「知らなかったのか?」


 そうか、ダークエルフも妖精種だから、精霊は見えているのか。

 いやそれよりも、私のそばに精霊がいることが問題だ。

 どう考えても、精霊の森からついてきたに違いないし、むしろ、私を若返りさせた精霊かもしれない。


「なんでまた精霊が私についてきたのかな?」

「オレが知るわけないだろう」

「私は見えないけれど、君は見えるんでしょう? 話してみて」

「話す気はないらしい」


 少年から理由を聞き出そうとしたが、宙を見つめる少年にも話してくれないらしい。


「ま、いっか」

「いいのかよ」

「害はないでしょう?」

「まぁ……そうだな、気に入られているんだろう。若返らせたのが証拠だ」


 呆れ顔をした少年は気を取り直したように私と向き合った。


「お礼を言いたかったんだ。助けてくれて……その、ありがとう」

「うん、どういたしまして。なんでも売買組織も芋づる式に捕まえることが出来たらしいよ? 警備騎士にもお礼をもらちゃった」


 とてもぶっきらぼうな「ありがとう」だったけれど、王都まで来て言いに来てくれたのだ。

 素直に受け取っては、おちゃらけたように笑ってみせる。


「それはすごいな……」

「君の名前、聞いてないや」

「あ、オレはイクト」

「イクトくん、ね」

「いや、オレこう見えて五十年生きているから、くん付けはやめてくれ……そのままでいい」

「あら、それは失礼した。じゃあ、イクト」


 五十年生きていて、まだピチピチの少年の姿か。羨ましい種族である。

 まっ! 私は若返ったのでいいけれどね!!


「私、これからランク上げの試験を受けるから、行くね。また会えたらいいね」

「え? ああ、うん……そうだな。またな」


 短い髪を掻いたあと、はにかんだ笑みを浮かべて、手を振った。

 私は少し早足で、冒険者ギルドに入る。それから列を横切って、隙を見て受付嬢に「特別試験を受けるのですが」と伝えた。

「奥の実技会場で、ギルドマスターがお待ちです」とにっこり笑って、通してくれる。

 廊下に沿って真っ直ぐ奥に行けば、壁に寄り掛かって待っていたギルドマスターを見付けた。


「お待たせしてすみません」

「いいんだよ。オレが試験官として見てるから、思う存分実力を発揮してくれ」


 ぺこっと頭を下げておく。

 ギルドマスターは、片手で扉を開いてくれる。

 扉の先には、腰を下ろして座っている大狼がいた。

 おお、存在感がすごい。

 中は、ちょっとしたグランドになっている。右足を入れて蹴れば、砂埃が立つ。


「ここには結界が張ってあるから、音も威力も気にせず魔法を使っていいぜ?」

「そうですか、わかりました」


 結界魔法なんて、一体誰が張ったのだろうか。

 気になるところだが、私はフェンリルと対決するために、両剣を抜いて中に入った。


「ロイザリン・ハート。以後お見知りおきを」

「フェンリルのロウィン」


 幻獣なので敬意を示して一礼して見せると、純白の毛に覆われた大狼フェンリルは低い声を放つ。

 青い瞳は鋭利でいて、大きな口からはグルルッと唸りを溢す。

 パタン、と後ろで扉が閉まる音がしたが、フェンリルのロウィンも私も互いから目を放さなかった。

 もう戦いは、始まっている。


「”ーー障壁をも砕け、氷結の雨、散れーー”!!」


 相手が強者だというなら、手を抜かない。初めから全力だ。

 ベルベットウルフの群れを仕留めた氷属性の広範囲魔法を行使。

 天井一面から、降り注ぐ氷柱の雨。


「”ーー烈火轟音ーー”!!!」


 両剣を右に構え、大きな炎を纏わせる。赤い炎を両剣を振って、火炎放射のように放つ。

 氷柱と炎がぶつかり、辺りは濃い霧が生じて何も見えなくなる。

 これでは終わらないんだろう? フェンリル!

 フェンリルの出方を待つ。

 立ち込める霧の中から、青い眼光を見付ける。

 全く無傷のフェンリルが、飛び掛かってきた。

 私はその巨体をくぐるように、前に飛び込み前転し避ける。

 すぐさま振り返ると、フェンリルも方向転換していた。

 同時に、咆哮を飛ばす。

 とんでもない咆哮だ。

 思わず、両剣を握ったまま、耳を塞いだ。そうしても、耳がキーンと痛む。

 あのモウスと比べ物にならないな! まさしく、これは攻撃だ!

 異変に気付く。身体が動かない。

 今の咆哮の攻撃で、麻痺を与えられたか!

 動け動け、動け!!!

 震えるだけで身体は動かない。そんな私に歩み寄ったフェンリルはーーーー前足を振り上げては横から殴り飛ばしてきた。

 身体が、地面を転がる。痛いってもんじゃない。

 でも、なぁ……。


「あっっったまくるなぁ!!!」


 声は絞り出せた。

 なら、動け身体! しっかりしろ!


「?」

「手抜きすんな!! 今のはトドメをさすところだろう!? 私はまだ動けるぞ!!?」


 震える腕で、地面に手をついて起き上がる。

 麻痺させたからって、軽く殴り飛ばすだけで終わりって、手抜きにも程がある!

 これで終わらせるものか!

 高い目標を掲げてんだ!

 ここで倒れていられない!!


「……」

「本気出せ!!!」


 今の言葉は、自分にも向けていた。

 まだ麻痺しているが、立ち上がれる。

 震える手で、両剣を握り直した。


「“ーー牙を突き立て、雷鳴、轟けーー”」


 フェンリルは、静かに唱える。

 カッと雷の球体が、出来上がった。バチバチと鳴っている。

 なるほど、雷属性持ちってわけだ。咆哮で麻痺したことに納得した。

 威力は増しているはず。当たったら防具とおニューの服も、黒焦げになるな。


「来い!!」


 私は逆手に持った両剣を交差させて構える。

 雷の球体が、私に向かって飛ばされた。


「風よ(ヴェンド)! 踊れ(ターン)!!」


 風の魔法を発動して、小さな竜巻で自分の身体を飛ばして、天井に足をつく。

 風を纏った速度で、天井を蹴り、フェンリルに向かって落下する。

 雷の魔法を避けられたフェンリルの次の動きも早い。

 またもや咆哮。空中で避けられるはずもなく、爆音のような咆哮を浴びる。


「うっ、ごっ、けぇええ!!!」


 麻痺が回る身体に鞭を打ちつけるように、叫ぶ。

 下に向けた両剣をしっかり握って、そのまま落下。

 フェンリルは地面を蹴って、その場から離れた。


「雷よ(トォノド)」


 雷の魔法を唱えたフェンリル。バチン、と雷が集まり走る。

 どうしても感電させるつもりか。

 私の苦手な雷属性の魔法ばっかり使う。

 こんなにも戦いにく相手は、今までいない。

 ーーーー面白い!


「風よ(ヴェンド)!!」


 私はありったけの風を巻き起こして、走る雷を相殺する。

 噛みつこうと大口開いたフェンリルが飛び込んだが、予測済みだ。

 問題は身体が動くかどうか。いや、動かすんだ。

 ボォ、と火を纏う左手を振り上げる。ぎこちないが、動いた。

 顔を背け、フェンリルは避ける。


「踊れ(ターン)!」


 続いて、間に小さな竜巻を起こす。

 私も吹き飛ぶ威力にしたから、互いに後ろへ飛んだ。

 麻痺の影響で着地に失敗して、後ろにゴロンと回るが、なんとか体勢を整えた。


「はやっ!」


 私が転がっている間に、駆けて後ろに回ったのだ。


「い!!」


 だが、こちらも反応に関して、早いと自負している。

 回し蹴りをして、大きな顔を蹴った。氷属性も付与したから、ピシッと凍り付く。

 やっとまともなダメージを与えられた。

 しかし、雷属性には、凍傷なんて大したことないだろう。


「“ーー螺旋爆風ーー”!」


 螺旋に吹き荒れる風の塊を放つ。

 顔についた氷を振り払ったフェンリルは、咆哮で相殺。

 そして、真っ直ぐに向かって来た。

 右手の短剣を投擲。避けるために右に飛んだフェンリルは、突進する勢いで来る。

 まぁ、刺さるとは期待してなかった。本命はこれだ。


「“ーー純黒ーー”」


 ザン、と左の短剣を地面に突き刺した。

 これで短剣の間にフェンリルがいる形にある。


「“ーー染まれーー”」


 短剣を軸に、闇属性の魔法を発動。


「“ーー静寂の帳ーー”!」


 闇属性とはいえ、単に対象の視界を黒くするだけ。

 しかし、視界が真っ黒になるのは、不利になるものだ。

 フェンリルの鼻はあるけれど、明確な位置を把握できるわけではないはず。

 そのまま突っ込むフェンリルを、拾った短剣で喉を掻き切ろうとした。

 しかし、バチンッと感電して、手が勝手に短剣を離してしまう。髪も逆立つ。

 雷属性を身体に付与して突っ込んできたか……!

 だが、目は見えていない。

 このまま、必殺技級の火属性魔法をぶつけてやる!!!

 ボォッと、空いた両手に炎を纏わせる。

 火力全開でーー!


「はい! そこまで!!!」

「!?」


 バンッと扉が開かれて、ギルドマスターが声を上げた。


「もう十分実力はわかった!」

「っ!」

「その炎、収めてくれ」


 グルル、と唸りたくなるほど、私は興奮している。

 火力全開で放とうとした魔力をどうしたらいい?


「ほら、その怖い目やめてくれよ、可愛い顔してんだからさ」


 ギルドマスターは、笑いかける。

 怖い目と言われても、自分がどんな目をしているかわからない。

 いや、ギルドマスターを睨みつけているか。

 ムゥ、と唇を尖らせながら、手に纏う火を消す。


「ロウィンにかけた闇属性の魔法も解いてやってくれ」


 じっと立っているフェンリルを振り返る。


「……」


 左手を振って、フェンリルのロウィンの魔法を解除した。

 ぱちくり、と青い瞳が瞬く。もう視界は、回復しただろう。


「で? 合格ですか?」

「も、もちろん」


 自然と尖った声を放つ私に、コクコクと頷いて見せるギルドマスター。


「それにしても強力な魔法を連発するなぁ、お前さん。ロウィンの咆哮を二度も受けて、あの動きはすげーな」

「……どうも」


 ギルドマスターに褒められても、ロウィンには全然ダメージを与えてない。

 もう終わりなんて、納得いかない。


「まだ機嫌悪いなぁ」


 苦笑を溢して、ギルドマスターはガシガシと頭を掻いた。

 すぐに視線はロウィンの方に向く。

 純白の光が舞う。いや、散りばめられているのは、純白の毛?

 フェンリルの姿が消えた。でも、代わりに人が現れる。

 ふわりとした純白の髪をした和服の男性。いや、耳がついている。獣耳。

 長い睫毛の下に、青い瞳。

 幻獣の人型化?

 それにしても、和服。黒い袴と青い羽織。王都では珍しくないのだろうか。


「ロイザリン・ハート」


 ロウィンは私の名前を口にすると、不可思議なことに私の目の前で傅く。


「そなたに決めた。我が主になってほしい」


 サファイアブルーの瞳は、真剣に告げた。


「やだ」


 私は速攻で断りを入れる。


「……」

「お、おい! 幻獣が契約を持ちかけているんだぞ? 幻獣フェンリルを従えるなんて、普通喜ぶところ……」

「嫌だ!!」


 ロウィンがポーカーフェイスで固まっている横で、ギルドマスターが説得しようとしたが、私は駄々っ子のように、声を張り上げた。


「勝敗はついてないのに、何勝手に負けを認めたようなこと言っているんです? 勝負はまだ終わってない!!」

「いや終わったよ!?」

「終わってない!!」


 終わってない。全然終わってない。


「主従関係を求めている時点で気に入られているし、強者だって認めているわけだ。だから、お前さんの勝ち」

「どこが勝ち!? 全然納得いかない!」


 ギルドマスターが勝ちなんて言うから、真っ向から蹴り飛ばすように否定した。


「ロウィンは自分が認める強者を探して、この通り特別試験を行っていたわけだが」

「断る!」

「ちょっ! ちょっと考えろよ!」

「断るったら断る! 何が強者だ、バカにしやがって!!」

「怒ると怖いなぁー……ロウィン、食い下がるよな?」


 ボソッと言っているけれど、聞こえているわ。

 ギルドマスターは、ロウィンを向く。


「……御意、そなたの意思に従おう」

「えっ? いいのか? お前さん、ずっと主を探してたじゃねーか」


 ロウィンは引き下がるようだ。

 意外そうに、ギルドマスターは驚く。


「我が主に従う」

「主違う!!」


 キリッとした顔で言い退けるロウィン。

 全然引き下がるつもりがないじゃないか!


「私はシルバーのランク3! ゴールドに近い実力のロウィンより強者だなんて認めない! 今度再戦する!!」

「……御意」


 一つ頷くロウィンに、プイッと顔を背けて、会場をあとにしようとしたが、まだ麻痺の影響でプルプルした足が絡んで、転倒してしまった。

 無様に転んだ。かっこよく退室したかった。


「クソがっ!」

「意外と口悪い……」

「我が主……大丈夫か?」

「主違う!!」


 手を差し伸べるロウィンだが、それを振り払って自力で立つ。

 収納魔法を開いて、ポーションを一飲みする。まっっっずい。

 ポーションでは麻痺を治すことは出来ないから、気を引き締めながらその場をあとにした。

 何が最強の冒険者になるだ!

 ゴールドに近い実力の幻獣に、まともにダメージを与えていない。

 クッソ弱っ!! 私弱っ!!!

 それなのに、現時点で最強の冒険者本人に宣戦布告みたいなこと言っちゃって、恥ずかしい!!

 ああーっ!! もう!!!

 イライラがおさまらない私は、王都の周りを全力で一周しようと決めて、飛び出した。




 ◆◇◆




「なんであの実力でシルバーのランク3止まりだったんだろうな?」


 会場に残ったギルドマスターは、ロウィンに話を振るが答えてはもらえなかった。

 別に気にしない。


「あの殺気立った目、自覚ねーみてぇだな。ありゃ、どう考えても強者の目だ。主に選ぶのもわかるぜ。しっかし、火と氷を付与していたな。珍しい組み合わせの属性持ちだ。雷属性は苦手みたいだが、闇属性で弱体化させるとは、恐れ入った。田舎でもあんな魔法を駆使する冒険者はいるもんだな」


 首の後ろをさすって、ギルドマスターは言葉を続けた。


「風の魔法で天井まで飛んだのはびっくらこいた。デヴォルの町から、早く情報こねーかな」

「なんの話だ?」

「レオナンドに頼まれてんだよ。あのロイザリン・ハートの冒険者としての功績を調べろってさ。出身がデヴォルの町ってところで、そこで活動していたらしいから、情報を要求した」

「あやつも興味を持っているのか」

「そうそう。お目が高いな、レオナンドも、ロウィンも」


 付け加える。


「精霊も、か」


 ギルドマスターは、頭の後ろで腕を組んだ。


「精霊が一番に目をつけて、若返らせたんだもんな」

「……」

「精霊と幻獣持ちの冒険者にでもなったら、すげーよな」


 ギルドマスターが笑いかけるが、ロウィンは笑い返さなかった。



 

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