第7話 いざ、本読みを

「本を読みに来ました」

 アルバート様の私室に戻ると、不機嫌な顔をした王子様はカウチソファに片肘をついてぼんやりしていた。


「怒っていなかったか?」

 私の手の中にある【アーヴィン夫人の情事】に物憂げな視線を投げて、ぼそりと言う。


「ちょっとした勘違いです。私の仕事は『本を読むこと』なのだと理解しました。アルバート様がお望みの分だけ、本を読んで差し上げます。とお聞きしましたので、お勉強はそれで十分なのですよね」

 ミスター・カワードから「文字が読めない」と聞いたことは、直接言わなかった。あまり人には知られたくないことかもしれないから。 

 少し間を置いてから、アルバート様はぶっきらぼうな調子で独り言みたいに呟いた。


「その本はまだ聞いたことが、いや、読んだことがない」

 だから読んでほしい。

 内容を知らないから、知りたい。

 自分の部屋にあった以上、知っていなければまずい内容が書いてあるかもしれない。

 たった一言から、アルバート様の焦りが伝わってくる。 


(ご自分のお考えを、素直に言葉にすることができない方なんだ)

 拗ねたような目をして、じっと見つめてきている。


「わかりました。お読みします」

 たとえ未婚女性が口にするのはいささか憚られるような内容であろうと。

 ましてや、見目麗しい年下王子様の面前であろうと。

(これが、私の仕事なのだから……! クビになったらここまで育ててくれた両親に、美味しいものを食べさせることもできない! お給料……!)


 決意して、うつくしく金文字の押された表紙をめくり、タイトルを見つめる。

 一枚、二枚、ページをめくってみて、無言で文字を目で追った。


「……………………」

 無言になった私に、アルバート様が冷ややかに言い放った。


「読めないのか?」


(読めてはいるんです……! いるんですけど、これを音読するのは無理があります!)

 ぱらぱらとページをめくってみる。全編濡れ場という触れ込みに誇張なし!


 ──からだが熱くなってきましたわ

 ――あッ……おやめください

 ――そんな、いきなり激しい

 ――こ、こんなところで、誰かが来たらどうしますの

 ――き、気持ちいい、もっと……! そこ、あんっ


(そこってどこですかーー!?)

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