第六回 ミストレイル・イブリル・ヒストリカ

 正直なところ、彼女のことはあまり語りたくない。けれど、それはただ単に彼女が嫌いというわけではなく、何というか個人的な事情が絡んでくるのが一番の理由であったりする。

 というのも、ミストレイルというキャラクターをメイキングする際に、自分が幼少期から二十代前半まである人物に対して常に抱いていた負の感情を参考に彼女という人格をつくった経緯があり、それを思い出そうとするとトラウマが呼び起こされ一気に気分が悪くなってしまうのだ。

 だがこのエッセイを書こうと思ったとき、やはりミストレイルのことは書かなきゃだよなぁ……とは当初から考えていた。書いたら書いたでこの胸の内に滞った泥のような澱も少しは軽くなるのかも知れない、そう思うと少々の勇気は必要なのだろう。


 なので今回は少し趣向を変えて、ミストレイルの話をする前に自分と美沙子の話を語らせてもらおうと思う。あまり気分の良い話ではないけれど、お付き合いいただけたら幸いである。


 美沙子は自分こと菱河ナカヒトの実母である。三人兄弟の真ん中、長女として生を受けた自分は兄伸生と弟輝一の間に挟まれ、何かと苦労する役回りを負う羽目になる。どちらかが自分に協力的であったなら、美沙子との間にあった茨の棘のような確執とは、まるで無縁の人生を歩めただろうとは今でも思っている。


 美沙子は良く云えば感情豊か、悪く云えば感情の起伏が激しい激情家である。


 そんな彼女が自分をあからさまに目の敵にしだしたのはまだ四歳ほどの頃で、当時の自分は何故母が顔を真赤にして自分に辛く当たるのかがまるで理解が出来なかった。

 当時の事を思い返しながら推察してみると、恐らく美沙子は夫である元春が自分を溺愛しているのが気に食わなかったのではないかと思う。美沙子の夫であり、自分にとって父に当たる元春はそれはそれは目に見えるぐらいに自分を溺愛してくれていた。

 それを間近で見ていた美沙子は、まるで夫を娘に盗られるようにも見えて危機感を抱いてしまったのではないかと自分は考えているのだが。

 仮にそれを当人に聞いたとて強く否定されるのがわかるので、今更問いただすつもりはあまり無い。


 まあそういった訳で、美沙子は怒り狂い何か事がある度に躾と称し、伸生や自分や輝一に殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたり、ガムテープで口と鼻を塞いで窒息させようとしたりするようになる。手が出ないときは存在自体を否定するような罵詈暴言をひたすらに吐き続ける鬼女と化していた。


 伸生や輝一は成長するにつれて美沙子の躾から徐々に解放されるようにはなったが、自分にはそれが全く無かった。暴行は目に見えて減ったが、その代わりに罵詈暴言は日増しに増えていったのである。死んでこいと言われる度、身体を売って家に金を入れろと言われる度に、自分は何故生きているのか疑問に思った事は数え切れない程ある。

 美沙子にいまいち愛されないまま日々が過ぎて、二十五歳になり一つの転機が訪れるまで、自分は美沙子の召使のように息をひそめながら毎日を生きていた。


 ミストレイルは自分の美沙子に対する恨みや憎しみ、自分を愛してほしいという感情が具現化したような存在である。

 古今東西ありとあらゆる呪いをその身に宿し人柱として祀られている彼女は、自身を呪いの受け皿に仕立て上げた藤條が憎くて憎くて仕方がない。だからこそ散々苦しめて後悔させてから殺してやりたいと願う彼女は、ある意味では鏡合わせの存在のように思えてしまうのである。


 そんなどす黒い憎悪と怨嗟の象徴であった彼女が番外編を経て、藤條に対して『親友だと思っている』と云うまでには彼女なりの心境の変化があったのではないだろうか。

 自分は未だに美沙子を心の底から許せていないので、ミストレイルの器の広さには感服せざるを得ない。きっと精神力が違うのだろう、見習いたいものである。


 チョコレートとブラックコーヒーをこよなく愛する彼女に敬意を評しつつ、今日のところは筆を置かせてもらう。次回はいよいよあの男の話をしようと思う。お楽しみに。

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