とりっぷ

 寒い時は身体を動かすに限る。鋭い風切り音が鳴るほどの拳速、その身のこなし。それはこの少女が、魔法の力抜きにしても相当な実力者であることを意味していた。


「オイルダラー! 日アサでやってたの見てたぜ! いやあ、あの『わかめ増殖大作戦』で悪の人類をやっつけた最終回! あれには俺様も心奪われちまったよ!」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふ〜ん」


 その身のこなしを、歴戦の猛者であるケンヤは見定めていた。

 膝上丈のチェックのミニスカートはほとんど裾がはためいていない。どっしりとした重心と、拳速に合わせたフットワークが両立している証だ。逆に、汗で透けているブラウスの中で揺れている胸部については無頓着みたいだった。


「そういや! さっきの炎技、ピンクバーンだろ!? 俺様、昔はよく真似してたぜ! 拳に灯油かけて、空気摩擦でファイヤーってな!!」

「あらあらあらん♪ こんな可愛い子ちゃんに応援してもらえて、僕ちん嬉ちいよん★」

「スパーしようぜ! スパー! 俺様も強くなったんだから!」

「いいわよ」


 十分温まった。高月あやかが拳を握って重心を落とす。スパーリングとか言っておきながら思いっきり右ストレートの構えだ。多分言葉の意味を勘違いしているだけだろう。

 ケンヤもどっしりと構える。拳を握る。体格差の優位は明らか。そして、マーシャルアーツのスペシャリストである彼は、技術で劣るとは思っていない。


「先、どうぞ」


 見開いた双眸に、赤黒い炎が揺れる。溢れんばかりの憎悪が渦巻いていた。

 殺気にも似た闘気を正しく感じ取ったか、高月がその身を震わせる。それは、武者振るいであったが。


「ああ――――行くぜ」


 踏み込み。ほとんど水平移動の、滑るような猛加速。全身の力伝え、右拳に乗せる。そして放つインパクト。

 その下腹に、ケンヤの丸太のような蹴りが突き刺さった。


――――やーきゅうーすーるなーら


 真っ向勝負のつもりだった高月は、完全に虚をつかれる。骨も内臓もグチャグチャにするようなクリーンヒットだった。ケンヤの口から歪な嘲笑が漏れる。


――――こーいうぐーあいにしゃんしゃんせー


「⋯⋯ああ、こういうこと⋯⋯しちゃうのね」

「はははぁん♡ お前みたいなイキった雌豚たんをぶっ壊すの、さっっっついこおう!!」


――――アウトーセーフーよーよいのよい!


「リロード、リペア!」

「⋯⋯⋯⋯んん?」


 内臓も、骨も、肉も。異音を上げながら再生していく。彼女の有する『増幅』の魔法で自然治癒力を引き上げたのだ。


「⋯⋯⋯⋯んー、まあ、ここにいる以上ただのクソジャリではないとは思ったけど。ほら、さっさと脱げよ。ストリップはメスの仕事だろ」


 冷ややかに吐き捨てた唾が、立ち上がろうとした高月の短髪にかかった。露骨な挑発に、少女のこみかめに青筋が立った。


「っっってもおお!!? まだションベン臭いクソジャリのお着替えちゃんじゃああ!!? ぜっんぜん勃たないんスけどねええええ!!!?」

「上等だあコラああ!! せくすぃしてやるぜゴラああ!!?」


 高月がお辞儀するように身体を倒す。大きく空いたブラウスの胸元から胸の谷間が覗いていた。下着は取っ払った後なので、肌色一色だ。その先が見えそうで見えない絶妙な位置で顔を上げ、潤んだ上目遣いで見上げてくる。


「ウッフーッン!」


 なんか言い始めた。

 それはさておき、両手がミニスカートの内側に入る。スカートの左右が大きく捲り上がり、筋肉のついた太ももが大きく露出。内股になりながらもぞもぞ。情熱の真っ赤な紐がはらりと落ちた。


「アァッハーーン!」


 まだなんか言ってる。

 内腿を擦り合わせながら紐を引っ張って、少しずつ小さな布切れを下ろしていく。扇情的な色合いのおパンティがはらり。


「オッホオーーーン!」


 声は戦場的だった。

 紐を摘んでくるくる回す。炎上した下着を遠心力で金髪碧眼のお兄さんにお届け。


「始炎」

「うぎゃあ!!?」


 ノーパンノーブラ女が熱さに飛び退いた。


「なんでえ!?」

「下着の色は合わせろ! 舐めてんのか!?」

「そこぉ!? ほんとにそこぉお!!?」


 汗と水滴に濡れて色々大変なことになっている少女に、ケンヤは無言で炎を投げた。単純にムカついた。


――――やーきゅうーすーるなーら

「いや! でも俺様のお色気もんもんだったよな!?」

――――こーいうぐーあいにしゃんしゃんせー

「ほぅらスカートぱたぱたー! すけべだろ、ほら!」

――――アウトーセーフーよーよいのよい!

「男ってこーいうのがいいだろぉお!!?」


 ケンヤは無視した。

 そして高月はジャンケンでも負けた。


「ちっっくしょうッ!!」


 今度はやけっぱちにブラウスを投げ捨てる。胸の前で腕を組む豪快な隠し方だった。そして、良い子のカクヨムは全年齢版なのだ。謎の白い光が大事な部分を隠してくれる。


「⋯⋯⋯⋯ほんっと女ってズルっこ。まー弱虫ちゃんだししょうがないか♪」

「⋯⋯よぅし、ぶっ飛ばす」


 高月が両脇を締めて小さく構える。相手の懐に潜り込む構えだ。端末も左脇に挟んで固定する。


「リロードロード!」

(速い)


 少女が動き出したのと同時、ケンヤはアームハンマーを叩きつけた。初速で既に真下まで潜り込んきた高月が肘を跳ね上げる。左腕を壊される寸前に引っ込めた。

 顎下を拳が襲う。顎を下に引いてガード。少女の足の間に自分の足をねじ込み、背中全体で当たりに行く。


「うっは! やっぱ強ええー!」

「⋯⋯クソジャリ!!」


 体当たりで飛ばした小娘に、始炎を投げた。だが、直線軌道の火炎を何度も投げればいい加減読まれる。スケートのように滑るフットワークで回避された。


――――やーきゅうーすーるなーら


 互いにコマンドを入力する。ケンヤが勝てば、このゲームはそれで終わる。ならば彼が取る行動は『待ち』の一択。カウンターで顔面をぶち壊す。

 一方の高月、左右にフットワークをブラしながら接近の方向性を惑わせる。180度から360度へ。摩擦の少ない氷の大地で、残像が見えるほどの速度を発揮する。


――――こーいうぐーあいにしゃんしゃんせー


 が、接近は真正面から。背後の気配に集中していたケンヤを欺く。腹部に重い一撃を喰らうが、筋肉の壁が内臓へのダメージを防ぐ。抱き締められるくらいの距離。ケンヤの膝蹴りを、高月は大きく上体を振って回避する。

 足払い。いや、少女の生足をへし折るローキック。小さく跳ねて避けるも、バランスを崩す。倒れないようにケンヤのピンクバスローブを引っ掴み。


――――アウトーセーフーよーよいのよい!


 グーとチョキ、高月の勝ちだ。


「リロードッ!!」

「ッ!?」


 両足がついた高月がバスローブを掴む両手に捻りを効かせる。ケンヤの巨体が浮いた。


「リロードッ!!」


 足りない膂力は魔法で増幅させる。一本背負い。氷の大地に大男が叩きつけられた。


「さあ脱げよ!!」

「こんの――クソジャリ!!」


 バスローブを脱ぐのがもたつく。当たり前だ。ケンヤは自分の端末をバスローブに仕込んでいた。炎上する前に端末だけ抜き取ろうとして。


「おぅら!!」


 ハイキックでその腕が弾かれる。開かれたスカートの中に全年齢版の光が走る。世界の法則を利用した目眩し。数秒の硬直が致命的だった。ケンヤの端末はバスローブごと炎上した。

 ケンヤの判断は速かった。

 端末が無ければこのゲームには勝てない。


(今すぐ、この、ムカつくクソジャリを、ひっぺ剥がす!!)

「リロード」


 手順を反復。ありえない角度からのハイキックがケンヤの右肩を跳ね上げた。そして、怪物がその二の腕に飛びつく。


「リロードッ!」


 肩をぐりんと回し、氷の大地に叩きつける。関節技サブミッション。警察の逮捕術でも使われるような捕縛術がケンヤの巨体を封じた。



――――やーきゅうーすーるなーら



「やったかッ!?」


 魔法で膂力を増幅する怪物が吠えた。このままケンヤの動きを封じれば彼女の勝利だった。



――――こーいうぐーあいにしゃんしゃんせー



「このままだとこのブーメランパンツごと燃えちゃうぜ? 俺様のヒーロー像をぶち壊した詫び入れやがれ」


 もがくケンヤ。だが、拘束は解けない。


「ほら言えよ――――『パンツを脱がしてください』ってなあッ!!」



――――アウトー!

――――セーフー!



 ケンヤは舌を出した。

 そして言った。


「クソジャリちゃん――――



――――よーよいのよい!




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